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第17話 旅立ちと出会い

 

 その日の午後、イグナスとアリオンが別れの挨拶に来た。イグナスは国にアリオンは武大に、それぞれ帰るのだという。


 クリスは見送りに出た。昨夜、体調を急に崩したクリスだったが、原因も分からぬまま、今はだいぶ良くなっている。


「次に会うのは三校交流会かな。王学も今年は油断できないね。君がいるし、レイ・アーセナルも王学だよね」

 レイ・アーセナル。ヒルダと一緒に入学した生徒だ。

「知っているの?」

 クリスが聞くとアリオンは丁寧に答えた。


「レイは帝国出身だよ。帝都師範大学の生徒だった。平民だけど、学年1の剣の腕前だ。僕とも試合したことがあるけど、引き分けだったよ」

 つまりそんな俊才をゼビルはスカウトし、王国の貴族の養子にして王学に入学させたのだ。

「あのゼビルと言う王国の大臣はうちに欲しいくらいだ」

 イグナスが言った。


 そしてイグナスは本当に聞きたかった話題に移る。


「なあクリス。この剣を見てくれ。いい剣だろ」

 シグナスが剣をクリスに渡した。佩刀を渡すのは信頼の証だ。

「すごくいい剣だ」

 七龍剣。龍を斬ったとされる伝説のドラゴンスレイヤーだ。


「君の剣も相当良い剣に見えるが?」

 最初からシグナスは剣に関心を持っていた。鞘は替えてあるし、柄に布を巻いている。それでも分かるのか。

 とはいえ、感心は剣そのものではなく、入手経緯だろう。かつて帝国が所有していた魔剣「蜉蝣」はカーター家に雇用されたセドリックに下賜されたはずだ。

「これは死神セドリックの剣です」


「うむ。聞いたことがある。王国のカーター公とお前の家、ディムランタン公は暗殺合戦をしていた。君がカーター公の騎士、セドリックをやったのか?」

 あの剣の死神を倒せる男がいたのかとずっと気になっていた。ディムランタンの誇る赤獅子ゲーリックは戦場の英雄だが、ああいう手際は彼の得意分野ではない。


 ディムランタン公には表の手練れと裏の手練れがいる、当時そう思った男、それがこの少年か。

「いえ、僕じゃない。ボクの師匠がやった。この剣、帝国に返還しますか?」

「いや、君が持ち主として最適だろう」


 かつてイグナスは帝国の財宝置き場でこの剣を見たと言う。公爵家に養子に行く前だ。

「欲しいと思った。その晩、夢を見たんだ」

 美しい黒髪の女性が別の剣を持っていた。そして……。


「あなたの本当の剣はここにある。いつか必ず持っていくから待っていて」

 そう言ったと言うのだ。

「まさか、それが七龍剣?」

「おお、察しがいいな、その通りだ。それで、この話信じるか?」

「もちろん信じます。だけど、その話に実感をもてるのはシグナスさんとその彼女の二人だけでしょ」


 気にいった。夢に出てきた彼女、その彼女も実感するという発想。夢まぼろしとして彼女を扱っていない。このクリスと言う少年をより好きになれた。


 信じるという言葉にウソはないのだろう。そして彼は彼でそんな信じがたい話を持っているのだ、きっと。

「うむ、君は真理を知っている」

 イグナスが満足そうに言った。


「でも兄さんの彼女は金髪だったから、その話は……」

 アリオンが余計な口を挟む。


「細かいことは気にするな」

 彼らは再会を約束し去って行った。ただアリオンは最後まで未練がましかった。テオドラにつきっきりのソフィとは、結局一言程度しか別れの挨拶を出来なかったのだ。


 兄弟はアヴァロンを後にした。帝国自慢の二騎が駆ける。草原がざわめく。風が強く吹いて雲の動きは異様に早さを増していた。


 ◇◇◇


 フレデリカという女生徒がいる。魔学で学ぶ女生徒だ。秀才だ。

 クリスとそのフレデリカは仲が良くない。事実でなくとも、少なくとも周囲はそう認識しているのだ。

 ソフィは王都に帰り、クリスは残った。


 残ったと言うか、転入した。魔学に。


 もともと大した準備もなく来た二人に荷物など無い。だがなんとなく帰る準備でもしているような体を装うクリスにソフィは言った。

「学院長から入学の許可もらっといたから」

 へ?


「どうせ、姉さんは帰れ、僕が残るとか恰好つけるシナリオだったんでしょ?」

 ソフィが笑顔で言った。姉はお見通しだ。

 クリスは姉がテオドラを守るためアヴェロンに残るつもりだと察していた。その時に出すため用意したセリフは一言一句正確に予想されていた。


「で、でも、そしたら誰が姉さんを守るんだよ」

「生意気言うな。私にはずっと守ってくれてる騎士がいるんだよ」

 急激にクリスの目が潤んだ。ホムンクルスである彼にはシグルドの思念の残滓がある。


「それって、シグルドさんのことだよね。本人が聞いたらどんなに喜ぶか」

「おい泣くな、涙腺の弱くなったジジイかよ」

 姉は汚い言葉で、しかし爽やかに笑い飛ばし翌朝ワイバーンの背に乗って消えた。

 鮮やかに。


 その後クリスはテオドラに付っきりだった。変な下心など微塵もない。彼はシグルドがソフィに対してそうだったように、根っからの護衛騎士なのだ。


 それがフレデリカには面白くない。まるでクリスがメリッサとテオドラの間に割って入ったように見える。

 フレデリカはクリスに冷たく当たった。


 フレデリカは編入したクリスと同級生だ。実力からみれば次期生徒会長だが、彼女はアイシス教皇の娘だ。宗教政治、そこに関するいずれの立場にも与しないのが魔術の最高学府たる魔学の姿勢だ。

 このため、教皇の娘フレデリカは生徒会長候補ではない。


 フレデリカにとってメリッサは尊敬と憧憬の対象だ。だからメリッサが妹のように可愛がっているテオドラに嫉妬し、そのテオドラをメリッサから奪おうとしているクリスを嫌った。


 ある日、フレデリカはクリスを女子トイレに呼び出し、のこのこと彼が来たところで大きな悲鳴を上げた。集まってくる生徒たち。だが、クリスは臆することなく、この場にいる経緯、発生した事実を大きな声で告げた。


 そこへ転倒しながらやってきたのがテオドラだ。彼女は涙ながらにクリスの悪気がないこと、彼が別の意図をもって女子トイレに入る人間でないことを訴えた。


 クリスの顔を上げての堂々たる態度、そして清廉で知られるテオドラの涙の訴え。生徒たちの胸を打ち、拍手が湧いた。


 この件でもっとも傷ついたのはあるいは加害者であるフレデリカかもしれなかった。彼女は生い立ちやそのことにまつわる周囲の反応などの影響を受け、本来の気質とは違った行動をしただけなのだ。


 彼女は決して悪人ではない。


 校舎の屋上、このまま飛び降りちゃおうか。失意の彼女。その背後から精神状態デバフ解除の魔法。


「クリス、テオドラ……」

 我に返る。


「フレデリカ。星がきれいだね」

 クリスが微笑みかけた。フレデリカは目も合わせられない。


「お、お邪魔だったようね……」

 去ろうとするフレデリカにテオドラが声をかける。

「待ってください。クリスはフレデリカさんを心配してここに来たんです」


 そうなのか。でもどうして。

「テオドラは守らなきゃならない。ボクの使命だ。君がどう思おうとも。そして君が死んだらテオドラの心に傷がつく」


 そういうことか。やっぱりお邪魔じゃない。

「言葉が足りなかった。ボクの心にも傷は残る。ずっとね」

 フレデリカは言葉を継げない。それでも絞り出した。


「ごめんなさい……」

「気にするな。友達の事だ」

 小さな声の謝罪は嗚咽に変化した。そして嗚咽がやむころ、彼女は言った。


「ねえ、勝負して」

「いいよ」


 クリスは簡単に返事した。

「そ、それは駄目だよ。クリス」

 テオドラが反対したが、クリスは大丈夫とほほ笑んだ。


 翌日の放課後、許可を取った二人は模擬戦台で対峙した。立ち合いの教授が見守る中、先制はフレデリカ。マジックショットを連射。


 それが全てクリスの眼前で掻き消えて魔力の粒子になる。魔力の粒子はクリスの杖の先端に煙が吸われるように吸い込まれた。


「な、なによ、反撃しなさいよ」

 フレデリカがヒステックに叫ぶ。

「ボクはここで使える攻撃魔法を知らないんだ。本当に」


「じゃあ、なんで勝負を受けたの?」

「いい加減聞き分けなよ。もう分かっているんだろ。君とボクじゃ勝負にならない。受けた理由は納得してほしいだけ。納得しなきゃ打ち解けられない」


 そう。もう理解している。納得だってしているのだ。でももう一言欲しい。素直になれる一言を。

 逡巡、ためらい……。心の中を感情がめぐりに巡る。

「フレデリカ」


 その迷いの最中、クリスの呼びかけはとても優しく聞こえた。別に親しくもして無いのに呼び捨てで。優しい異性の友達から呼びかけられたかのような感情。


「こ、降参です……」

 涙は出なかった。


 しかしその翌日からフレデリカのクリスに対する態度は一変し、周囲を驚かせたのだった。


 ◇◇◇


 王都大路を歩けば男女を問わず振り返る。そこは王宮に至るメインストリート。護衛を連れた王侯貴族も多い。着飾った大貴族のご令嬢様も彼女が通れば色あせる。


 あれは誰かと問いかけて、ディムランタン公令嬢と聞けば、なら仕方ないと諦めもつく。

 王学の制服に身を包んだソフィはどういうわけか美貌に磨きがかかり、いまや議論の余地がない王都1の美女だ。


 顔やスタイルが変わったわけじゃない。元から美しい顔立ちだ。それがしばらく学校を休んでいて復帰したあと、同級生たちは彼女の発する独特の雰囲気に息を呑んだ。


 校舎を歩けば当然、それがたとえ王都大路の石畳でも、彼女が行けば誰もがそこを振り返る。


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