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第15話 霊樹の400年

「馬を借りたお礼に街でお茶を御馳走するわ。お時間あるかしら?」

「もちろん」

 ソフィの言葉にアリオンは即答した。一方イグナスはアリオンの背中で無言。ただクリスの腰の剣の鞘や柄に視線を注いでいた。


 ソフィーティアとクリス。王国の大貴族。ディムランタン公爵家の令嬢と令息だ。

 この貴族がどれほど大きく、また王国内で強い権勢を持っていることはイグナスも良く知っている。相手が簡単に名乗ったのでイグナスも正体を隠さない。


「帝国公爵マケドニアです。武大で学ぶ弟に会いに来ていた」

「あわわ…。マケドニア公爵さま……。私の記憶違いでなければ、たしか帝国七龍公筆頭……あわわ」

 説明っぽく言いながらソフィが大げさに驚いている。


 何を小芝居を……。

 クリスは少し呆れた。


 七龍筆頭のマケドニア公爵の紋章だよ。他国内で大胆にも。この大胆さ、公爵本人かもね。

 クリスは大貴族ディムランタンの執事をするに足る知識を持っている。


 さっきの馬上でこっそりそうソフィに教えたのだ。芝居はしかしあまり意味が無い。ソフィが驚いていないことはイグナスにもアリオンにもすぐに分かった。


 アリオンとテオドラの出会い、胸の治療の話、ソンヌ村を訪ねてきたメリッサたちと出会い。秘密の部分はお互いぼかしながらも、共通の知人の話をきっかけに4人は仲良くなった。


「二人は交流会に出てないの?僕は去年も王都に行ったけど、君たちは見かけなかった」

 アリオンが王学の生徒である二人に聞いた。

「アリオロス、じゃなかった、アリオンは去年の武技交流1位だもんね」

 クリスの一言にイグナスとアリオンがピクッと反応する。


「そうアリオロスだよ、クリス。でも武大じゃ、みんなアリオンって呼んでくれる。君たちもそう呼んでくれると嬉しいな」

「もちろんよ、アリオン」


 アリオンの言葉を素早くソフィが受けた。そしてクリスに視線を移す。

 ジロッ……余計なこと言うんじゃないよ。


「じゃあそろそろ行くね」

 かなり話しこんでしまった。ソフィの言葉にアリオンの表情が少し変わる。彼はまだ話したいのだ。


「ね、ねえ、もしよかったら、また夜一緒にどうかな?今度はこっちが御馳走するから。今日はここに泊まるんでしょ?」

「ああ~そうね、でも夜はメリッサたちと一緒かな?」


 婉曲にことわられたが、この程度ではアリオンは引き下がらない。

「なら僕たちも一緒に、いい?」

「え、ええ、もちろんよ」


 ソフィは仕方なくそう言った。だが、この約束は空振りになった。彼らが魔学に着く直前、テオドラがいなくなったのだ。


「あの子は足が悪いのよ、どうしよう」

 ソフィたちの対応に当たったメリッサが青ざめている。

「手分けして探そう」

 テオドラのことを聞いたクリスがメリッサに言った。


 学内は生徒以外入校禁止になっている。アヴァロンの魔法探知で見つかっていない。街中か町の外か。校舎内にも街中にもいない。だが、こっちにはソフィとワイバーンのドラがいる。ドラに乗って上空から魔法探知だ。


 巨大な魔道具を使ったアヴァロンの魔法探知には引っかかるだろうが仕方ない。そうなれば目くらましも解除される。イグナスにも気付かれるかも。そこだけ覚悟を決めればいい。背に腹は替えられないのだから。


 その覚悟さえ決められたら、あとはそれほど難しくない。


 ここに霊樹がある。魔学を見下ろす山の奥に。霊樹の魔力は水脈、鉱脈、魔脈を伝わって魔法学術都市アヴァロンを潤している。この霊樹が弱くなっている。そう感じていたテオドラは脚を引きずりながら霊樹に向かった。


 静謐な魔力の森。ここに争いはない。凶暴なモンスターもいない。魔力を宿した老木。いや魔力を宿したというよりは、魔力の供給源のようでもある。ここに来るのは何度目か。根を覆う土がめくれて根が剥き出しになり、幹も裂け目がいくつも走っている。

 テオドラ、また来たのね……。


 霊樹から声が聞こえた。初めてのことだ。声がする報告、樹の裂け目。中は大きく空洞になっていて人がいる。女性?いや老婆?木と同化したような人の姿にも見える。或いは木彫りの人間の像。


「私は霊樹。人間が聖樹とも呼ぶ存在。枯れて命を失う寸前、魔人を取り込み、その魔力を利用して生きてきたの。でもその魔人の命も尽きる……」

 この老婆は霊樹の本体などではなく、生命源、養分としてきた魔人だと言う。正確には魔人を取り込んだ霊樹が長い年月の間に魔人と同化したのだ。


「あなたが枯れたら、どうなるの?」

「アヴァロンから魔力が失われ、魔力災禍ソーサリィカラミティを防げなくなる。そしてその後、この地から魔法だとか、そういった魔力に関するすべてが失われる」


 ソーサリィカラミティ。80年に一度ほどの頻度で起きる魔力の災害。巨大な爆発。地震や火山噴火を同時に引き起す。アヴァロンを有する王国はこの災禍が発生したことがない。霊樹の力と伝えられていた。

「そして彼女はやっと解放される。死ぬことが出来る」


 その言葉にハッとする。そうなのだ。そのことは霊樹にも自覚があったのだ。魔人とはいえ、残酷な牢獄、無間地獄ではないか。こんな空間に閉じ込められて。


「でもこれは彼女が望んだことなの。あなたなら同じことができるかしら?幼い聖女様」

 霊樹がテオドラに語りかける。


 およそ400年前。人間はついに魔人との戦争に踏み切った。神人が世界に落としたとされる魔人の奴隷であった人間は、魔人をはるかに越える繁殖力で数を増やし、魔人の管理は及ばなくなっていた。


 寿命は魔人に比べて極端に短かったが、その寿命を補うかのように次代への知識や技術継承に積極的でその方法も効率的だった。効率を重視する文化が根付き、より効率性を高めるため道具にも改良が重ねられ、さまざま道具や知識を残した。また、いつしか魔法を研究して改変し、彼らも使えるようにしたのだった。彼らが魔法を使うことが出来たのは聖樹があったからだ。400年前よりもさらにもっと昔。


 魔力が天空より降り注ぐ大地。その魔力をそのままでは誰であっても活用することは出来ない。魔力を活力にする樹木が受け、蓄積し、濾過して大地に巡らせことで使える魔力となる。神人はそのことに気づき、魔力を活力する樹木を巡って神人同士の争いが起きた。作り出した魔人たちを使った争いだ。小競り合いから、やがて魔力の独占権をめぐって争いは拡大し、自然のバランスが崩れた。大地は洪水に呑まれ、一部の神人は魔力の樹木とともに天空に逃れた。魔力で土地を浮かし、魔人は地上に残し、彼らだけそこに住んだ。ついでだが、神人はやがて地上に残った者から天人と呼ばれるようになる。

 そして魔人は残された土地で全滅を免れ、残った魔人たちが神人のまねをして、天空から魔力の供給ルートとして植えたのが霊樹だ。


 霊樹は老婆の口を動かしてそう説明した。星の力を受け取って、供給する大聖樹。その大聖樹は神人が独占し、天空に持っていった天力の樹木だ。地上に残された魔人は挿し木を行って霊樹を育てたのだ。彼らの魔法が失われぬよう。霊樹は魔人の魔法のブースターだ。


 だが霊樹には大聖樹のように星の魔力を受けるだけの力がない。霊樹は天空のどこかにある大聖樹と繋がっていて、大聖樹からの魔力供給の継地点になるのだそうだ。


 魔人を裏切った魔人である人間は魔力を失い、寿命を減らしたが、霊樹を通じた独自の魔法体系を開発した。魔人の魔法とは違う、人間の魔法。魔学が伝える星の魔法だ。ヒントとなったのが霊樹。霊樹には魔力を濾過する力もある。使用者を破壊する危険な成分を濾過して魔力が使えるようになる。その仕組みの応用だ。人間は魔人のような魔力への耐性がない。より強い濾過機能が必要だった。それが触媒でもある魔法の杖や魔石といった魔道具と、そして詠唱だ。もっと高濃度な魔力を使用できる魔人に杖や詠唱は必要ない。霊樹によって大地に還元される魔力はときに陽炎のように可視化することがあり、人間はその可視化した魔力を精霊と呼んだ。魔人の使う魔法は精霊の助けを借りているという。その話はここからきている。


 使えるようにした魔法に、改良を重ねて殺傷力を高めた武器。分厚くも軽くて扱いやすい防具。

 人間は時間をかけて反撃の手段を獲得した。その手段をどう使うか、いつ使うか。使い方も何度も考え抜き、工夫を重ねた。


 その最初の使用の仕方は奇襲だった。魔人が寝ているところを襲った。前日の晩、彼の好きな酒をたっぷりと用意し、酩酊させてから囲んで殺した。


 うまくいった。成功体験。一般に成功のためには過去の成功事例をトレースすることは有効とされる。最初の成功。

 これが人間の常套手段となった。


 人間は卑怯な方法を得意としていた。戦いに誇りと言うものを持たない存在だった。仲間のように接したかと思うと、寝ているところ集団で襲う。騙すのは喜んでするし、毒で土地ごと汚染することも躊躇が無い。卑怯な手が上手くいけばいくほど嬉しそうに笑う。


 その上彼らは賢い。

 魔力の源泉は世界の何か所に存在し、それを失えば、その周辺では魔法が使えなくなる。

 人類はそのことに気付いた。400年前は、世界はもっともっと魔力濃度が高かったのだそうだ。


 それを人類が破壊して行った。霊樹もその一つ、当時標的とされた。魔力の源泉を破壊することで人間も魔法を使用できなくなるが、魔法以外の戦闘手段は人間の方が豊富だった。

 相手の強みを消し、自分の強みはより生きる。環境構築。その部分から工夫し改良できる智恵が人間にはあった。


 つい昨日まで霊樹さま霊樹さまとあがめていたくせに。

 それを簡単に裏切る軽薄さもまた彼らの特徴だ。


 魔人ゲフィナは博愛の存在だった。霊樹の力を操作し、アヴァロン村を農作物や果樹の実る肥沃な土地に変えた。強大な魔力だ。しかもゲフィナはその魔力を人間に害することに使うことはなかった。


 なのに人間は霊樹を破壊しようとした。火をつけられ焼ける霊樹をゲフィナは守った。そして霊樹と一体化し、400年になるのだ。

「彼女はその時すでに人間との間の子を身籠っていた。愛した相手との間の子ではない。彼女は身体を張って対話で、戦うことなく霊樹を守ろうとしてきたのよ」


 アヴァロンの話を伝え聞いた魔神大帝がついに号令を出した。

「人間どもを滅ぼせ」と

 魔人と人間の存亡をかけた全面戦争の契機はゲフィナの事件にあった。


「霊樹とこの地は人魔戦争のきっかけなの。いま、それもようやく終わる」

 霊樹の声が小さくなる。そして別の声が割り込む。


「まって、まだ駄目なの。もう少し、あと10年。10年で役割が終わる。それまで、お願い、お願い、テオドラ」

 霊樹である老婆が目を開けて涙を流している。


「10年、10年で何が変わるの?」

「魔力の源泉が変わるのです。新たな霊樹が代替わりし、この霊樹がなくとも無力は途絶えない、それまで、お願いです、テオドラ……」


 テオドラは老婆、魔人ゲフィナの手を握り祈る。代償を伴う奇跡の魔法。聖女の神聖魔法。ゲフィナに生命力が宿る。


「クリス、いたわ。この力……」

 感知したソフィが言った。神聖魔法を使った気配。それは魔法の使用に何らかの代償を払った証。強い神聖魔法を使ったその気配。テオドラに違いない。


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