第14話 大臣の野望
一般も参加する王都の魔法祭で学生ながら準優勝。本来は魔学始まって以来の快挙と言って良い。だが疲れた。疲労感が重くのしかかる。それがアレクシアの本音でもあった。
敗残のそれだ。老体に応えた。直接競技に出たメリッサはもっとだろう。だが彼女は若い。この経験も彼女を大きくする。そう信じることが出来た。
日を改めてゼビルに話を聞かなけばならないと思っていたが、やつは驚いたことにとっとと大臣を辞任し、その上伯爵位まで返上し、王都を出たと言う。
今を時めく大陸1の魔女、ヒルダも時を同じく王学を退学し、どこかに消えた。
その話に敗残の疲労感が一層重くなる。そこへエステバルの伝書梟がやってきた。
内容は「ゼビルは伯爵位だけでなく男爵位ももっており、そちらは返上していない。男爵の領地ハイランド領にいる可能性がある」というものだった。
現在のハイランド男爵領。ゼビルが伯爵領を割譲して没落した男爵家を再興させた地だ。アレクシアはかつてそこに数年の間、一月に一度、定期的に言っていたことがある。
あの地には小さな学校、トライアド魔術学校があるのだ。ピンときた。
若い美人が新しい校長になったばかりだという。関係者に調査させると魔学は魔法に関わるその辺の事情ならすぐに入手できる。
その学校の理事長が赴任していた王都から帰ってきて、今は校長と二人で教えることもあるそうだ。理事長を含めて先生が二人だけの学校。そして同時に調査を続けていたエステバルからも連絡が入る。
「ヒルダは王族殺しで取り潰しになったムーンストーン家の末裔です」
エステバルは同時にゼビルの背後も洗っている。平民ながらゼビルの姉は見初められて男爵家に嫁いだ。嫁ぎ先がムーンストーンの親戚ハイランド家。
ハイランド家の当主でゼビルの義理の兄はムーンストーンの処刑のあと、住民との間で諍いが頻発し、それを苦に自殺している。没落と悪名のハイランドの家督を引き継いだのがゼビルだ。
ゼビルは養子に入り、姉を助け、ハイランドの家と土地を守った。領内経営に成功して男爵家はかつての勢いを取り戻すのだ。
そして男爵家だけでなく直接の主、伯爵家の家督相続権を金と引き換えに手にいれた。多額の金を渡して子供の無かった伯爵家の養子にもなったのだ。
彼が伯爵になった前後にその地に男爵領が割譲され、ヒルダが男爵家のメイドになっている。伯爵邸とヒルダの働く男爵邸は近距離だ。伯爵は足しげく男爵邸に行っては厳しく指導したらしい。その頻度はほぼ毎日で、それが彼が結婚しない理由の一つ、そして男爵領をここに割譲した最大の理由と当時噂された。
そのヒルダこそ処刑され取り潰されたムーンストーン家の遺児だったのだ。
こいつは天下をとる。
努力と能力だけで平民から政務官に上り詰めた有能官僚、政治家エステバルがそう見込んだ男の背景。
こいつ天下を取る気なんかサラサラねえじゃねえか。
見込んだ男は職を辞して小さな領地に帰ってしまった。損した気分だが、でもこんなやつと知り合いになれて本当に良かった。
当てが外れたがエステバルの胸中は不思議と爽やかだ。
ムーンストーン家はアレクシアも良く知っている。過去に魔学の学院長や魔術省の大臣も輩出している有名な魔術一家だ。そうだ、ゼビルは処刑されたムーンストーン魔術学校の生徒で、校長が処刑されたあと、残された学校の校長に就任し、校名を変えたのだった。
そして王族殺しの魔術がムーンストーン家の秘術トライアド。彼らの一族だけが知っている神秘の魔法。それ故レベル認定がされることはついになかった。仮に認定されていれば理屈上、スペル・トゥワイスのレベル4より上でなければならない。
そしてムーンストーン家の取り潰しと共にトライアドは禁呪になったのだ。あれは悪意のない不幸な事故。しかし王家としては誰かを裁いてけじめをつける必要があった。罪無き罪人、咎無き処刑。
アレクシアはそう認識している。
「理事長と校長の名前が分かりました。」
事務の女性が入ってきて報告した。
「こちらです」
二人の名前が書かれた紙を渡す。
「二人は親子とのことです」
理事長ゼビル・ハイランド。
校長ヒルダ・ムーンストーン・ハイランド。
そうかい、そうかい。王国の宰相、王の右腕にまでなれたはずの男が。
あの日の涙、この男を信じた直感を誇りたくなる。
王家への復讐など考えず、ただ不当に名を落としたものの名誉を回復しようとしたのだ。
「優」「知」「善」の理念、ああ、本当に実現するつもりなんだね。
ウソは無かった、砂漠の砂、一粒ほども。
そして彼はすでに悲願の一部を成し遂げた。ムーンストーン・ハイランド。その名は王国内に留まらない。新たな最強魔女として大陸中に轟く。轟くだけではない。
この名は栄光と栄誉の名として歴史に残るのだ。だがこれで終わりでは無いのだろう。理念の実現を彼らは追及し続けるのだ。
敗残の疲労感はいつしか無くなっていた。
「奴が望むなら、協力してやらなくちゃね」
ゼビルに連絡するため、筆と紙を用意する。
レベル4は厳重監視対象だ。
しかしトライアド魔術学校を魔学の下部組織化、監理下にすれば王国宮廷の干渉を妨害できる。もちろん本当に管理下に置く必要などない。名目上だけだ。
王国における魔術の総本山にして機密を多く持つ魔学は、組織内の情報統制関しては外部機関に対しても強大な権限を有するのだ。
ま、それでなくてもあの男ならたくさんの協力者がいるのだろうけど。
◇◇◇
「失恋フラレ男は辛いねえ~。優しい姉さんが慰めてあげよっか?」
ソフィがクリスをからかう。もちろんソフィは気づいている。彼らには彼らの絆が今もあるしその上でヒルダは自分の道を歩み始めたのだ。
「そんなんじゃないよ、それにヒルダはハイランド領にいて先生をしてるんだ。ちゃんと連絡先も残してくれたんだよ。ドラにのれば昼前にはつける距離だ。でもすぐには会いに行かない。ヒルダは決意して王都を去ったんだ。なのに決意前の関係を振りかざすなんて、カッコ悪いだろ」
わっかっる~。そういってソフィは目を細めた。
「そっか、それにあの大臣が一緒なんでしょ。なら大丈夫よ。あの子はすごかったけど、あの大臣もすごかったからね」
「そうなの?」
姉の言うことはいつも正しい。間違ったことのない姉だ。その姉が言うには一見して金とか食べ物とかそういうのにだらしなく、華美な装飾に太った容貌が表しているように人格的にも問題を抱えていそうなあの男は、強大な魔力を秘めており、なおかつその人格も爽やかな心根をもっていると感じるのだと言う。とてもそうは見えなかったが、姉が言うならそうなのかもしれない。
「気づかなかった?まだまだだね。でもヒルダにはいつか会いに行きなさい。行かなかったら男じゃない」
それよりさ、とソフィは言ったそばから話題を変えてきた。
アヴァロンに遊びに行こうよ。
今回メリッサともテオドラとも話が出来なかった。何度も見かけたけど、大会中は忙しそうだし、大会後はそっとしてあげたほうがいいと思ったからだ。でもそろそろいい時期だ。ドラに乗って飛んでいけばあっという間だ。
「よし、姉さんがそういうならそうするか」
なんだかんだ言って姉と一緒にいるのは楽しい。クリスは彼女のことが大好きなのだ。
◇◇◇
草原を駆ける風が心地よい。白い雲が速い。アリオンとイグナスはアヴァロン周辺まで来ていた。
皇帝家に伝わる剣技、ティタノマキアの伝授と練習をこうやって王国で行っているのだ。皇剣メロミアと剣技ティタノマキア。代々の帝国皇帝が継承する神器と神技。
公爵でもある庶子の兄がその弟、正当な皇位継承者に引き継いだものだ。
イグナスの表情が険しい。
「なんだ、あれは」
見えない何かがアヴァロンの中心に向かっている。
「追うぞ」
見えない何か。首に掛けた竜石が小刻みに震える。しかし見当たらない。何か来たのだ。モンスターだ。この辺りに降り立ったはず。
しばらく周辺を捜索していると、へとへとになりながら歩いている二人を見つけた。
「ちょっとお、クリス。こんなに遠いの?全然近づかないんだけど。ねえ、馬みたいの、捕まえてきてよ。ここで待ってるから。ねえ!」
「姉さん、頑張ってよ、もうすぐメリッサやテオドラに会えるんだから、頑張って」
二人の会話が聞こえた。イグナスたちはすぐそばまで近寄るがソフィたち二人にあまり驚いた様子はない。
「まあ、騎士様、もしかして行き倒れの私たちを助けに来てくれたのですか?もしかしてその馬を頂けると?」
この女は何を言っているのだ。接近に気づいていて、わざと会話を聞かせさせられたのか。
まあ、しかし話も聞きたい。
「馬は差し上げられませんが、背中にお乗せして街まで送りましょう」
「なんとお優しい方。でも私は弟の背中でないと乗れないのです」
イグナスの後ろでアリオンが苦笑している。
漆黒の愛馬キザラ・ニグナ。自分以外乗馬することは不可能だ。
彼女の言い分もあるので、仕方なく彼女の弟さんに手綱を渡す。二人とも王学の制服を着ている。貴族の子弟だろう。なら貴族用の大人しいセン馬なら騎乗したことがあるかもしれない。
それで多少は自信があるのだろうか。
怪我しなけばいいが……。
杞憂だった。その様子にイグナスが息を呑み、アリオンがヒューと口笛。少年の騎乗は巧みだ。信じられないことにキザラ・ニグナと呼吸が合っている。武大では騎乗の授業もあるし、操馬大会もある。王学のようにパカパカ庭を歩くだけの騎乗とは違うのだ。しかしこの少年は違う。並走するアリオンは心底感心した。アリオンにさえキザラ・ニグナは言うことを聞かないのだ。それを手足のように。そして横座りの騎乗で弟の腰に手を回す女性の安心しきった優雅な様子。プラチナブロンドの長い髪が陽を浴びて輝き、草原の風に揺れた。その一瞬を目にしたものは、理由も分からず息を呑む。
驚きは強い興味に変わった。
「君たちもメリッサやテオドラの知り合いなの?」
姉弟はさっきメリッサやテオドラと会う、と言っていた。
「そうよ。ということは、あなたもそうなのね」
アリオンはそうだよ、と頷いた。




