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第11話 優しさと知性をもって善を為せ

 魔学ではメリッサを中心に連日熱心な研究が行われていた。クリスの存在を知ってしまった。あんなのが王学にいるなんて。

 王学にレベル4がいる、とは言わない。魔導騎士団クラスがいる。だから今年は危ない。合言葉にようにして士気を高めた。レベル4クラスと魔道騎士団クラスは全く別物だが、そこまでは知らないし、気を引き締めることが目的だから、それが伝わればいいのだ。熱気は噂を呼び、王都の魔術省にも伝わった。

 王学に魔導騎士団クラスがいて、魔学がその対抗馬を用意していると。そしてゼビルがその噂が事実であるかのように仄めかす。

「このゼビル卿が自らスカウトしてきたものがいますが、そいつのことですかねえ?くっくっく……。確かにあれはすごい。魔導騎士団クラスと言われも不思議はなかろうなあ?」

 最近は聞かれもしていないのに口癖にように毎日そればかり言っている。

 魔術省は今年の魔法祭における競技大会に初めて学生の招待を行うことを決めた。狙いはもちろん、王都魔導騎士団クラスとやら、そしてその魔学の対抗馬だ。


 そんな魔術省の期待や興味とメリッサの日常は関係ない。彼女はソンヌ村に行って以降、くだらないプライドを捨ててテオドラにアドバイスを請い、アレクシアの元にも連日通って魔法操作の技術を磨いていた。テオドラも大きな刺激を受けたらしく、自身の研究に、メリッサへの協力にと大忙しだ。


 今年が魔学の最盛期……。あの日のメリッサの宣言はウソではなかったのだな、とアレクシアは思う。手には王都魔術省からさっき届いた手紙があった。魔術省の役人がわざわざ持ってきてくれたのだが、彼は魔学の卒業生、かつての教え子だ。半年前に手紙をくれた人物でもある。彼は少し詳細を教えてくれた。


 魔術省の噂では、王都魔導騎士団クラスの魔法使いが突如現れ、それはゼビル教育大臣の秘蔵っ子だという。魔学ではそれを上回る大魔女の秘蔵っ子がいる、というのが噂の内容なのだと言う。

 ゼビルか……。そうか、大臣に就任したのがあのゼビルだったのか。

 地方の貴族家に魔法を教えていたトライアド魔術学校。ほんの小さな学校だが、卒業と同時にそこの校長をしばらく勤めていた、のちの伯爵、その伯爵となる男は情熱的で優秀だった。

「先生!どうかご指導を!子供たちはまだ魔法の素晴らしさに気付いていません。このままでは知らずに大人に、そして年をとっていくのです。一月に一度でも、どうか、どうかご指導を」

 養子とは言え伯爵令息でありながら魔学の1教師に額を床にこすり付けて懇願した情熱の若き教育者。


 少し発音に癖があった。聞き取りにくい部分があったが、母国語はないとかそういうのとは違う問題を抱えている感じではあったのだが、不思議と胸に染み入る言葉を発する男だった。


 今や教育省の大臣か。彼はそのまっすぐな情熱のまま、曲がることなく道を進み、そして教育省大臣になったのだろう。だが、テオドラの言っていた姉弟と今噂の人物は違う気がする。メリッサやテオドラの言葉を信じれば、そのような噂になる人物ではないからだ。ということはまた別人なのだ。あの平凡で怠惰。堕落の象徴のような学院に何があったのか。これほどの多くの、優秀な人材が。


 ゼビル。そしてトライアド魔術学校。彼が校長になった時に校名をそう改めたのだった。


 魔法使いは優しくなくてはならない。自然から力を借りて使うだけの何も持たない存在だから。

 魔法使いは深い知性を宿さなくてはならない。世界を変貌させうる力の使役者だから。

 魔法使いはすなわち善性でなければならない。それが魔法使いの本質でなければならないのだから。

「優」「知」「善」の三重律トライアド。


 王都で突如湧き起こる魔術の隆盛。ゼビルなら実現できるのかもしれない。

 あの男は、本物だ。

「来期、教育省大臣に赴任する男は傑物です。領地の経営を改善させて領民の信頼厚く、王自ら公爵位を用意の上、宰相として宮廷入りを打診しましたが、断った挙句、教育大臣への赴任を直訴したと言う痛快な人物です。もちろん今後の公爵や重要なポストへの入閣の道は断たれました。どうしても教育に携わりたいのであれば宰相と言う立場で教育に口を出す道をあったと思いますが、それでは足りないのでしょう。直接会いましたが偽悪的ながらユーモアのある好人物です。彼の動向にご注意召され、何かあればご協力なさることが学院の発展に有意義であると思い、筆を取った次第です。」

 半年前の手紙を読み返す。あいつ、肝心の大臣の名前を書いてないじゃないか。


 ◇◇◇


 満月そして降り注ぐ月光。学院の星見塔の最上階で魔力を練っていた。テオドラ、メリッサ、アレクシア。アレクシアが直に指導しているのだ。魔人と違い魔力を失った人類は空から注ぐ魔力を利用し、操って魔法にした。だから魔人とは魔法の操作体系、魔力の流入経路が違う。クリスがヒルダに教えた魔力の使い方は、魔人の使い方を人類向けにアレンジしたものだ。すなわち邪道。アレクシアが教える魔力のコントロール方法こそが王道正道だ。

 メリッサは王道そのものだ。魔力コントロールはテオドラより上手い。収束に拡散。巧みに操り複雑な術式を駆使している。月の満ち欠けは魔力に影響を与える。満ちれば満ちるほど魔力が高まる。天空に魔力が集まり、星や月の明かりで地上に注がれるのだ。メリッサはいま満天の夜空と一体だ。


「きれい……」

 杖を掲げて魔力を練るメリッサの姿にテオドラが見惚れる。

 魔法祭の推薦枠は、メリッサだ。他校の学生相手に無敗の魔女が一般も参加する協議会でその力を披露する。もちろん、アレクシアは優勝を確信している。


 ◇◇◇


 魔法祭は祝日だ。魔学も休みでこの日はアヴァロンから王都への見学ツアーの馬車も出る。

 アヴァロンは王族領なので、王都から派遣された役人が代表をしている。区長の役職だ。来賓として祭りに参加する。

 来賓として招待されるのは魔学学院長もだ。アレクシアは大会に参加するメリッサと、彼女のサポートに生徒を二人連れてきている。テオドラもその一人だ。

 魔法祭には魔学卒業生が多く来ている。来賓席のアレクシアにはひっきりなしに挨拶が続いている。


「先生、ご無沙汰しております」

 位の高そうな貴族が挨拶に来た。金やら銀でギラッギラしている。

「お忘れですかな。もとトライアド学校校長にして先生に師事を請いましたゼビルめで御座います」


 昔は聞き取りにくかった彼の発話は今は全くそのようなことはない。代わりに見た目、というか装飾にいやらしさがある。かつてはこんな感じで無かった。

「まあ、随分趣味が悪くなったのね」

「くっくっく……。貴族で御座いますから」


 そう言ってから貴賓席の護衛に命じる。

「おいお前。私の席をアレクシア学院長の出来るだけ近くに移動させろ。そう、わしは宮廷大臣のゼビル卿である。ふふん」

 教育省とは言わない。教育省大臣は同じ大臣でも少し格が下がるとみなされているからだ。結局ゼビルは無理やり来賓であるアレクシアの真横に自分の席を用意させた。


「おお、アレクシア学院長、ようこそお越しくださいました。おお、それにお隣はゼビル大臣。私は後から知ったのですが、二人は以前から知己だとか。今後は私めもお仲間にお加えください」

「そういう貴様は魔術省のエステバル政務官。魔術省はバカの巣窟だが、貴様はその中でもましなほうらしいな」


 エステバル政務官。就任前からこれまで陰に隠れて自分を支援してくれている。ゼビルはそのことを知っていたが、その理由までは分からない。

「はは、これは手厳しい。ま、では後ほど」


 いよいよ祭りの始まりだ。見どころは競技会だ。王都の騎士団の参加は認められていないが、国中の魔法使いが参加する。たまにかなりの使い手がいたりするので目が離せない。

「魔学のメリッサは学年首席で毎年交流会で1位をとる俊才ですな。例年のエースと比べてどうですか?」

 開会式を終えたエステバルが二人の席に戻ってきて話しかけてくる。


「19年前のエースよりはましだろうな」

 ゼビルが言った。19年前のエースとはエステバルだ。エステバルは僅かに表情を変えた。ゼビルはエステバルのことを深く調べている。それが分かったからだ。別に悪いことではない。ゼビルの記憶に留まることもエステバルの目的の一つだ。

「そういう大臣の秘蔵っ子というのが、王学からの出場者、ヒルダさんで?」

「うむ。そうだ」


「ヒルダ・ハイランド……。男爵ハイランド家の養子になられたのでしたね。もとのご出身は?」

「わしの隠し子、いや嘘だが」

「……」


 そんなことを言っている間に一次予選会が始まる。大きな魔鏡に魔法を当てるのだ。鏡の横には縦に溝が刻まれた石柱が取り付けられている。石柱の付け根に盆があり、そこに水銀が蓄えられ、魔法が鏡に当たった瞬間水銀が溝に沿って上昇するのだ。溝の横に目盛が刻んであり、その値で魔力を測るマジックアイテムだ。

 一次予選の通過者はこの値で決まる。

 測量鏡は6基用意されている。あちこちで歓声が上がった。

 来賓席から見て一番向こうの測量鏡の付近から一際大きな歓声が上がる。かなりの威力だったようだ。審査官が目盛を何度も確認しているのが見えた。

「あれは数年前の魔学の首席卒業生。魔導騎士団に入ると思っていたのですが、何をしていたのか……」

 エステバルが言った。

「フリューゲル。優秀な生徒だったわ」

 アレクシアも懐かしそうに言う。


 そしてメリッサが測量鏡の対する舞台に上がるのが見えた。

 キュウウウン。

 大気が収束するような気配、杖の先端が発光したかと思うと、鏡がカッと閃光した。音もなく空気が震えた。鏡を中心に見えないウェーブが打ち寄せ二度三度と大気が脈動する。


「こ、これは……!」

 エステバルは驚きの声を上げた。

 魔学のエース。まさかこれほどとは。

 これでは王学の生徒ではどうしようもないのではないか。


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