第10話 個人レッスン
メリッサの報告は彼女らしくなかった。それもそのはずで彼女は最初にことわりを入れた。
「道に迷った私たちはある姉弟に助けてもらいました。
私はその姉と友情を結び、約束を取り交わしました。そこで見たことの一部はその約束により報告できません。ですが、どうしても大事な一つだけ、報告します。王立王都子弟学院にはテオドラ並か、それ以上の魔法使いがいます。交流会にはこれまで出たことがありません」
メリッサが最初にことわったのだ。なら追及しても無駄なことだ。だが本当だろうか。
後日、テオドラにも聞く。
「はい、人生の道しるべが少し見えたような意義のある二泊三日でした」
言いようは少し違うが、メリッサと同じように詳細を口外することはないらしい。曾祖母に対しても。かの地で知り合ったと言う姉弟に対する信義のような感覚なのか。
突出した自分の能力に戸惑い、迷うひ孫に道しるべとまで言わせる姉弟。まだ見ぬ二人の人柄を思う。
メリッサとテオドラ、二人の言った内容を総合して考えるとかなりの人物と言うことになる。
「いい魔法使いに会えたんだね」
「はい。すごい人です」
そうか。本当にそんなのがいるのだな。
いつか会える日があるかもしれない。もう100年近く生きているのだ。焦ることもない。
今はその日を楽しみに待とう。
言葉通りならこの100年で自分が見た最高の魔法使いに会えることになるのだから。
◇◇◇
王学の授業は退屈だ。セバリスことシグルドに鍛えられた日々が懐かしい。今日は一つ上の上級生との魔法の合同授業だ。ヒルダという転入生が有名らしい。
もともと魔法は貴族の独占物で今も魔法を使えるものは貴族に多い。だから王立子弟学院も、武技はともかく魔法はかつては王国内の先端を行っていたのだ。生徒にもプライドがある。
王国1の魔学の生徒ならともかく、転入生ごときに遅れは取らないと対抗心をもって接したが、ヒルダはことごとく返り討ちにしたと聞く。
「ヒルダです。よろしくね」
名前に先入観でもあったか。印象と少し違う。年上だけどかわいい。清々しい魔力が伝わる。
「君、強いね」
ヒルダが向かい合うクリスに言った。
「魔法の基準は強い弱いじゃないと思います。役に立つか、そうじゃないか。強い弱いなんてつまらないことじゃなく、先輩ならもっともっと上を目指せます」
ヒルダの顔に驚きが広がる。
「嬉しいこと言うね。本当言うと友達も出来なくて辛いし、強いか弱いか、それしかすがるところが無いんだよ」
素直な心の吐露にクリスの心も大きく動く。
「先輩、終わったらお菓子食べに行きましょう。実は僕も今年からの転入なんです。先輩みたいに有名じゃないから知らないだろうけど」
「ほんと?嬉しい」
言葉にしてよかった。言葉にするのも勇気がいる。相手が自分を傷つけないと信じられるので有れば、勇気も必要ではなくなる。でも勇気以外の何か、思いやりだったりとか、優しさとか、やっぱり勇気に代わる何かは必要なのだ。
それが無ければ言葉が空虚になる。
クリスはヒルダの笑顔を見て心からそう思った。
ヒルダは魔法一家としてかつて名高かった家の出身なのだが、その家は今は普通の平民でしかない。
それでも出自が明確なので貴族の家で下女をしていたところ、ゼビル大臣自らに見出されたのだと言う。
あの教育省大臣は魔法に詳しいのかもしれないな。クリスはヒルダの話を聞いてそう思った。
そしてヒルダは自分の役割を理解し、そのことが上手くできるか心配しているのだと言った。
交流会でいい成績を収め、自分の出世の足掛かりとしたい大臣とその駒の役割の少女。
だが少女はそう考えていない。ゼビル閣下はチャンスをくれたのだと。在学中に活躍すれば魔導騎士団の幹部候補生か、有名な魔術学校の教師の好きな方に推薦してくれるとゼビルは約束したのだ。
それは見返りと言うんだけど……。
いぶかしげなクリスにヒルダは微笑みかけた。
「そうじゃないの。うまく言えないけど。クリスは賢いのに、考え方はやっぱり子供ね」
ヒルダがくすくす笑えば、つられるようにクリスも笑う。
二人はもうとても仲良しだ。
「ねえ、模擬戦お願いできる?」
もちろんだ。
「でもどうするの?」
「来て」
学院の魔法塔の地下だ。そこに模擬戦の試合環境がある。ヒルダは特別に自由に使用を許可されている。当然ゼビル閣下がそのようにしたのだ。
模擬戦代は定められた位置から双方が攻撃魔法を打ち合う。その際、術者には自動でシールド魔法が張られる。一定量のダメージでシールドが赤くなる。そこで勝負ありとなる。赤くなった方の負けだ。
「ふうん」
クリスは杖を取った。
触媒である杖は魔法を具体化、強化する。魔人のホムンクルスであるクリスには必要ないし何の効果もない。でも一応それらしく扱うようにしているのだ。
「いくよ!」
「あ」
あっさりクリスのシールドが真っ赤に染まる。
クリスは通常下位魔法を防がない。魔力が勝手にレジストするからだ。下位魔法ではクリスにかすり傷一つ付けることが出来ない。だが、自分を守るシールドは解除もレジストもしない。だからシールドに攻撃が当たったのだ。
「ちょっとお。なにしてるの?もう一回いくよ」
くそ、がっかりせたか。いいとこ見せないと!
もちろんクリスはまだ子供だ。つい本気を出す。
ヒルダの放った攻撃魔法を全て撃ち落してみせた。そして魔力が途切れたタイミングで下位攻撃魔法を放つ。
マジックショット
魔力を集めて礫にし、敵に当てる魔法。ヒルダのシールドが赤く染まった。
「も、もう一回!」
一度の敗戦で納得できないヒルダは再開を宣言した。
今度はとっておき。レベル2攻撃魔法。ラピッドショット。
ラピッドショットとはマジックショットの3連射だ。それを三回繰り返す。9連射。レベル2は魔導騎士団のエースクラスの技術だ。レベル3になると途端に難易度は跳ね上がり、魔導騎士騎士団長や宮廷魔術教授でも滅多に出来ないレベルだ。すなわち王国全土で、いても一人か二人。
レベル2の魔法は学内で使うレベルではない。
しまった。やりすぎた。
クリスにけがをさせてしまうかもしれない。しかし9連射がクリスの眼前で霧散した。何をされたか分からない。消えた。
下位魔法無効のスキル。そのスキル範囲をシールドの外まで範囲を広げた。クリスにしてみればそれだけのこと。
レベル2などクリスからすれば文字通り下位魔法だ。
呆然としているところにクリスのマジックショット。ヒルダの蒼白な表情は点ったシールドの赤色に照らされ、青ざめた肌の色を隠していた。
◇◇◇
鍾乳洞の水滴。それが洞窟湖に落ちて広がる波紋。クリスが明かりの魔法でその様子を照らしてみせる。
幾層にも年輪を重ねた長いツララ石が天井から下を向いて伸びている。先端に水が溜まって溢れてこぼれる。こぼれた先に深い深い洞窟湖。その表面に波紋が広がる。
魔法の流れのイメージを持って、流れを体の中で想像するんだ。
念じて。念じて貯めた魔力を流して。より強く念じ、発動。
イメージトレーニングだ。球形を形作る水滴のように張力が生じて力を押し留めようとし、それがやがて限界を超えて爆ぜる。魔力の流れを意識しながらコントロールする練習だ。その次は詠唱練習。イメージと詠唱を一致させるように何度も何度も。邪念を消す練習。自然の音に耳を傾ける。
小鳥が声でどこにいるか分かるくらい。蟲の羽音が分かるくらい。彼らのコミュケーションが聞こえるくらい。
その会話の意味を感じ取れるくらいに集中力を研ぎ澄ます。
遠くの滝の音、湧き上がる水蒸気。雲になる。雨になる。
魔力も同様に流れ循環する。魔力の源泉は生命力の源泉だ。留めるな、流せ、こぼすな、留めろ。留めていま溢れる。念じろ!
キイン。
放った魔弾がその先の巨岩に当たり、穴が空いた。そしてそこから亀裂が走ってぐしゃっ、ガラガラッと崩壊した。
ヒルダが目を潤ませてクリスを振り返る。
「まだだよ!崩れた岩に集中。土に還る魔力。岩に残る思念」
ふらっとヒルダが岩に歩み寄り手のひらで振れる。
涙がこぼれた。動きもしない岩を壊した。無抵抗なものを痛めつけたのだ。岩にも土にも生命が宿っている。あるいは生命ではなく魂か。今それが感じられる。
「ごめんなさい。あたし……」
小刻みに震える肩をポンとたたく。答えるようにヒルダは静かに言った。
「クリスは言ってたよね。魔法は強さじゃない。救えるか救える力が無いかだって」
そうだっけ?役に立つか、立たないか。彼女にとって役に立つというのは救うと言うことなのか。
「あたし、魔法で困っている人を救いたい。クリス、あたし出来るかな」
「君はいずれ大陸最高の魔法使いになる。王国はもちろん帝国にもいない、精霊に語りかけることができる、精霊の言葉が耳に届く、特別で偉大な魔法使いだ。救うなら世界を救いなよ。君が出来る君しか出来ないことだ」
ヒルダがクリスに抱きついた。
さっきまで偉そうなセリフを吐いていたクリスだったが、抱きつかれた後は直立のまま石化されたようにひたすら固まるだけだった。




