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 ギルバート・サンクトゥムはシーリー王国の第二王子として生を受けた。

 王位継承権は無いものの、彼は読み書きの習得も早く、運動能力にも優れていた。何よりその美貌は幼いながらに、天の使いのようだと王宮内で話題になるほどだった。

 王族としての安定した未来が彼には約束されているように思えた。

 しかし、その輝かしい未来は脆くも崩れ去ることになる。


 彼が7歳の頃、激痛を感じて寝込んだ。背中が鱗のようなもので覆われていた。

 休んでいても、その鱗は消えるどころか、ゆっくりとだが、痛みを伴って身体全体に広がり始めた。



 意外にも両親は、彼の鱗を見ても驚かなかった。代わりに何かを悟ったかのように、口をつぐんだ。


 それから様々な治癒魔法使いや、聖女がやってきて、彼の治療に当たった。その中には国で最も治癒力の高い魔法を使えるという、大聖女も含まれていた。


 しかし誰も彼を治すことは出来なかった。


 彼の皮膚を覆う鱗については、瞬く間に王宮内に知れ渡ることとなった。

 すると、それまで優しくしてくれていた使用人たちも、部下たちも、一部を除いて彼を気味悪がり、距離を取る者が増えた。

 そのことは幼いギルバートに大きな傷を残した。


 そしてある時、彼は両親の会話を聞いてしまった。それは、ギルバートの鱗に関するものだった。


 その昔、ギルバートの祖先である初代国王は、このシーリー王国にはびこる呪竜を討伐した。しかし呪竜は死に際、末代に渡ってまで続く呪いをかけた。それは皮膚が竜の鱗のようになっていくもので、徐々に全身に広がり、最後は激痛と体の硬直で動けなくなり、死に至るというものだった。

 厄介なのは、それが王族の末裔の全員に現れるのではなく、散発的に、血を絶やさない程度に出現するということだった。呪竜の狙いは、王族を末代に渡るまで、自分の呪いによって怯えさせることにあったのだろう。




 ギルバートはショックで、数日間は部屋から出られなかった。けれど、「20歳までしか生きられないのならば、他の人間が50年かけて行うことを20年でやろう」と開き直ることにした。憂さを晴らすように、剣術と勉強に励み、短い余暇には釣りや乗馬を楽しんだ。

 周りの士官や使用人からは「王子の心臓は何個あるのだろう」と思われるほど、彼は精いっぱいに生きていた。



 しかし、彼が17歳の時、兄であるヘンリーが事故で死に、再び状況は一変する。

 竜の鱗が出てからというもの、あからさまにギルバートを避け、冷遇していた両親……国王と王妃は手のひらを返したように優しくなった。

 そして猫可愛がりするような声で、縁談を進めてきたのだ。


 ギルバートは自分の両親を心底軽蔑した。

 彼らの魂胆は見え透いている。どうせ長く生きられない自分に、さっさと子供を作らせようとしているのだ。自分の子供を家畜のように考えているようだった。



 ギルバートは両親の提案を拒否しようとした。しかし王宮内にも彼の味方はほとんど居らず、決定を覆すことは出来なかった。

 そのため彼は再び、自分の人生を諦め、世継ぎを生んでくれる王妃候補を探すことになった。



 これは彼にとって、苦痛を伴う作業だった。


 彼は幼少期から人に避けられてきた経験を持っていたため、人の言葉の裏や、僅かな表情の変化を読み取る能力に長けていた。


 そのため、王太子妃候補と会うこと自体が苦痛であった。心を見透かすことが出来る故に、誰も彼も、政治的思惑や野望や欲望に塗れていることが、手に取るように分かってしまうのだ。


 特にルミナリア聖堂女学園の卒業生などは、心の汚い人物が多いように思った。その中でもヒルダ・アストラムという女からは、聖女であるのに身体から発する邪気を感じるほどだった。自分が王子という立場でなければ「職を変えたほうが良い」とアドバイスをしただろう。



 しかしまたも残念なことに、ギルバートの両親はヒルダとの結婚を熱望していた。アストラム家は公爵家であり、貴族としての格も十分で、尚且つ聖女としての腕前も、王妃候補の中では一番優れていたからだ。

 それにアストラム家と王家の間では、何やら密約があるように、ギルバートは感じていた。



 余命はあと僅か。もし望み通りの妻を娶れるならば、とギルバートは空想する。


 例えば現在この国の辺境地域で治療活動を行っている聖女……高潔の聖女と呼ばれる女性と結婚出来たなら、幸せだろう。

 噂によると、彼女は治癒魔法使いの居ない地域を積極的に訪れ、治療をしているという。しかも貧困層の人々からは金は受け取らず、無償で治療するらしい。

 それだけでなく、現地の者に治癒の術を授け、技術の伝播に努めているというではないか。


 それはギルバートが知っている聖女像とは全く異なっていた。

 彼の知っている聖女というのは、一度の治療で、それが治っていなくても高額を請求するし、自分から危険な地域には絶対に赴かない。聖女の殆どが比較的治安の安定している王都や大都市に集中している。


 そして何より彼女たちは治癒魔法の技術を秘術とし、聖女養成学校などの限られた場所を除いて、決して人には伝授しないはずだった。


 金にがめつく権力に貪欲な人々、という聖女のイメージとは全く異なっていた。





 *******






 灰哭病という病が流行し始めたのは、ヒルダとの婚約がまとまりそうになっていた時だった。

 ギルバートがこの病気の名を知った時には既に、王都で数千人の人口が減っていた。

 この灰哭病は肺を蝕む恐ろしい病気で、罹患から2週間後にはほぼ8割に達する患者が亡くなった。

 病にかかった者が咳をする時、灰色の粉を吹いているように見えることから、この名前が付いたという。


 こうなっては、治癒魔法の使い手に託すしかない。

 こんな時こそ聖女たちの出番だ。


 しかし、上がってきた報告は芳しくなかった。いや、最悪だった。

 それまで自身の治癒術を盾に権威を振りかざしていた聖女や治癒魔法使いたちが、ほぼ一斉に雲隠れしてしまったのだ。

 実は病気が流行り始めた時、勇敢な治癒魔法使いたちが治療を行っていたのだが、治しきれずに感染して死亡するという事態が頻発した。

 すると多くの聖女たちは我先に王都から逃げ出し、人の居ない安全そうな山奥の村や隣国へ出て行った。



 次にギルバートが期待をしたのは、自身の王妃候補たちだった。彼女たちの中の半数は魔力の高い聖女であり、進んで灰哭病の治療に取り組むのではと期待したのだ。

 しかし彼の期待は秒で打ち砕かれる。


 彼女たちはギルバートが所在を確認するより遥か前に、安全だと思われる地への避難を完了していたのだ。

 逃げ足の速さだけは称賛に値する。と、我が王太子妃候補のことながらギルバートは唸った。



 当然、聖女をはじめ、教会への信頼は地に落ちていた。


 言うまでも無く、彼の両親である国王も王妃も、王宮の奥に引きこもって出なくなってしまっている。混乱した士官たちが指示を仰ぐのは、自然とギルバートになり、権力は彼に集中した。


 死ぬことは怖くなかった。どうせ20歳で死ぬのだ。ここで灰哭病になって死んだとしても、死期がちょっと前倒しになるだけのことで、何なら呪いで死ぬより楽に死ねるかもしれないとさえギルバートは考えていた。



 国内、特に感染が広がる王都は混乱していた。

 いつ暴動が起きてもおかしくはなく、治安は悪化していた。治安を維持しようにも、兵士にさえ感染が広がり、慢性的に人手が足りていなかった。



 この国では「感染症」というものは最近発見されたばかりで、対処法などは殆ど分かっていなかった。ネズミが感染の媒介者になっていることも、咳を通じて感染が拡大することも知られていなかった。

 やることと言えば、患者を隔離して、近づかないようにするということだけだ。



 ギルバートは先ず感染症の研究者の話を聞いた。どうやら感染というのは、発症した者だけでなく、症状の無い者も感染している可能性があるという。つまり、多人数での行動は危険だということだった。

 そして、徹底的に感染を遮断するため、人の流れを制限する必要があるという。


 そこでギルバートは、王都の外からやってくる商人を一時的に城壁の外で待たせ、感染していないことが確定してから入れるようにした。また、集会など、大人数で集まることを止めさせた。

 この疫病を鎮めるため、という名目で開かれていた教会の祈祷会も取り締まった。教会側から抗議が殺到しても無視した。そのせいで感染が広まったら本末転倒の見本市である。



 そしてギルバートは自分から市街地に出て、演説を行った。

「我がシーリー王国は決して国民を見捨てはしない。だからどうか、安心して欲しい」

 と。

 これにより、それまで暴徒化していた一部の民衆も、なりを潜めて行った。



 爆発的だった灰哭病の感染率も、少しづつ横ばいになってきた。十分な成果とは言えないが、

 こうした緊急下でのギルバートの行動は評判となり、市民や部下、兵士たちから支持を集めていった。



 ***



 私室で一人、ギルバートは咳をした。

 口に当てがった手に、灰色の粉が付いている。

 あれだけ感染の対策を指揮しておいて、自分がなってしまったのだから、協力してくれた市民に合わせる顔が無いなと、ギルバートは自嘲した。


 身体が重く、熱い。恐らく自分はもうすぐ死ぬだろう。人生を振り返ってみても、幸せだった記憶はあまり思い出せない。何なら灰哭病を食い止めるため、命を懸けて陣頭指揮を執っていた最後の日々こそ、最も充実していたのかもしれない。


「終わり良ければ総て良し、か。昔の人間は勝手なことを言うものだ」


 ギルバートは再び自嘲し、咳をした。灰色の中に、赤も混じっていた。もう長くはないようだ。


 もし今、一つだけ願いが叶うのならば、と思う。

 最後に高潔の聖女と呼ばれた、辺境で活動しているあの女性と会えるのならば。彼女なら、今の自分にどんな言葉をかけてくれるだろうか。


 ギルバートは静かに目を閉じた。


 その瞬間、大砲が放たれたような音と共に扉が開いた。


 驚いて目を開けた彼の目に飛び込んできたのは、灰色のローブを身にまとった、長い黒髪の女性だった。

 ローブには教会の所有物であることを示す一等星が描かれている。どうやら聖女のようだった。


 彼女はぎこちないカーテシーをして、天を照らすような笑顔でギルバートに微笑んだ。


「お初にお目にかかります、ギルバート王子。あなたの病気を治療しに参りました」


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