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意気揚々と入学したものの、私を待っていたのは欲望と嫉妬の渦巻く女の園だった。彼女たちの大半の関心事は治癒魔法より、嫁ぎ先がどこになるかであった。彼女たちの口からは、痔の痔の字も出てこなかった。
それには、この学園特有の事情があったようだ。
ルミナリエ聖堂女学園は、このシーリー王国において、最も権威のある聖女養成学校だ。国中のお嬢様が集まってくる。
一番多い生徒の両親のパターンは、父親が貴族で、母親がそこに嫁いだ聖女である。
この国では聖女と結婚することは非常に栄誉のあることで、一種のステータスとされていた。特に治癒力の高い聖女であると、平民が公爵家に嫁いだなんて記録も残るほどだ。
しかし上には上がいる。
シーリー王国の王太子が結婚相手を求めているタイミングが、数十年に一度ある。
そのタイミングでトップクラスの成績を収めていた生徒たちは、他の上流貴族に混じって王太子妃候補となり、運が良ければ王太子妃、国母への道が開けるのだ。
王妃や玉の輿を狙う女子にとって、自分以外の生徒は基本的に皆敵でありライバルである。彼女たちのギラギラ感は直視できないほどにまばゆい。多分暗闇でも顔面が緑色に発光しているのではと思うほどだ。
彼女たちが光魔法の使い手だと言われれば、確かに説得力があるけれど、私が昔から見ていた、町で診療を行う優しく穏やかな聖女様のイメージとは全く別の生き物に思えた。
私は入学するまで玉の輿の意味も知らず、下ネタだと思っていた。それ故、皆が男子に付いている玉々の輿について熱心に語り合っているのかとドン引きしていたくらいで、王太子妃の座などに微塵も興味が無かった。
ただ痔を治せるようになりたかっただけだった。
この学園ではそういった生徒の方が圧倒的に多く、逆に権力欲が無く、ただ治癒魔法を使えるようになりたい生徒の方が少数派だった。
私はギラギラ女子は苦手だった。
私は卒業するまで、ただ無心に資料を読み漁り、授業をまじめに受け、疑問点があれば直ぐ先生に質問し、治癒魔法の練習も一人残って行うなど、とにかく勉強と実践に明け暮れた。寝ている時も杖を握っていたほどだ。
けれどやはり痔は治せるようにならなかった。糸口さえ見えてこないのだ。
「焦ることはない。時間はまだたっぷりある」と私は自分に言い聞かせた。
その頑張りの副産物として、私の成績はメキメキ上がっていった。入学する時には全く治癒魔法の基礎知識も持っていなかった私だけれど、一年の終わりには、ついに学年トップの成績を収めていた。
友達も先生も私を称賛してくれたものだ。
私もこの時はのんきに喜んでいたのだが、自分が重大なやらかしていることに気付いていなかった。
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学年トップの成績を取った瞬間から、苛烈ないじめに晒されることとなった。
その中でも、いじめの中心にいたのがヒルダ・アストラムという女子だった。
公爵家の父と聖女の母を持つ彼女は「あなたは絶対王妃になれるわ」と言われて子供の頃から育てられたらしく、人一倍王妃への思いが強かった。
王妃を目指し、常に学年上位の成績を取り続けていた彼女にとって、ぽっと出の騎士の娘であるくせに、成績だけは自分より良い私はさぞ目の上のたんこぶだっただろう。
上履きを隠されるなんて序の口。椅子も机も、いつの間にか校庭に移動しているというスーパーイリュージョンが日常的に展開された。
何なら毎日人気のない場所に呼び出され、おおよそ淑女の口から飛び出すとは思えないようなパワーワードで脅されまくった。
「あなた騎士の娘のくせに、調子に乗ってはいけませんわよ。騎士なんて平民と変わらないわ、平民と。次、何か目立つことをしたら、この世から消し去って差し上げますわよ、うふふ」
「あなたお太りあそばせすぎじゃありませんこと? それでは王妃にふさわしくありませんわ」
「平民が居ては空気が汚れてしまいますわ。申し訳ないのですけれど、息を止めていて下さらない?」
などの言葉を1億倍下品かつ乱暴にした言葉で罵られた。肛門よりこいつらの口の方がよっぽど汚いではないか、と私は常々思っていた。
確かに私は彼女たちより肩幅が広くて、がっちりしていた。騎士の親譲りだったけれど、女子として気にしていることを言われるのは非常に傷ついた。
肛門の裂傷の次くらいに痛かった。
それらの言葉はただの脅しでないことは分かっていた。騎士の娘でしかない私と比べ、彼女たちは上流貴族の生まれ。彼女たちの親の気まぐれで父は簡単に失職する。何なら命まで狙われかねない。
私は平然と人の人生を潰そうとする彼女たちが怖かった。痔が悪化することの次くらいに怖いと思った。
仕方ないので私は実技においても、筆記においても、わざと赤点ギリギリの点数を取るようになった。先生たちはしきりに私の体調を心配していたけれど、私は「大丈夫です」と答えるほかなかった。
こうして、私は赤点ギリギリを取りつつ、裏では猛勉強猛特訓をして聖女としての地力を蓄えながら、卒業を迎えた。
痔は治せるようになっていなかった。
勿論私に、王太子妃候補として声がかかるようなことはなかった。
けれどヒルダを含む、私をいじめていた女子数名は、無事王太子妃候補になれたようだ。彼女たちが目指しているのは第二王子であるギルバート・サンクトゥム様の妻の座だ。
第一王子が急死して、ギルバート様に王位が回ってきたという話だけれど、こんな性格の悪い魑魅魍魎共に嫁がれるなんて、王子様も可哀そうである。
私には実家に戻り、嫁ぎ先を探すという道もあった。
成績は赤点ギリギリであったけれど、ルミナリア聖堂女学園を卒業し、聖女の称号を得ているといえば、世間的に見ればかなり格式高い女子である。
「お前の容姿ならば上流階級からもお声がかかるだろう」
とこれは父の言葉だ。
けれど私は首を横に振った。
私はまだ、痔を治癒できるようになるという、当初の目標を達成していない。
このまま私が嫁いで結婚し、子供を成したとしても、きっと私の子も痔であろう。
そして、その子が大きくなって子を成したとしても、痔の呪縛からは逃げられない。
私がここで、絶対に呪いの連鎖を断ち切らなければならない。
決してこの負の遺産を子供に渡してはならいない。
こうして、私は痔を治す旅に出たのだった。




