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「ヒルダ、帰ってくれ、君は王太子妃に相応しくない。招待状は出していないはずだ」
ギルバート王子は私を指さし、会場に響き渡る低い声で言った。
貴族や聖職者の大物が集まる王宮の舞踏会。その中心に私は立っていた。
今日はギルバート王子の婚約発表の日。ここがその会場だった。本来ならば、彼の隣には私が居るはずだった。彼の父親である国王陛下にも気に入られ、公爵令嬢としての地位もあり、王太子妃の器として、最もふさわしいはずの私が。
それなのに……。
ギルバート王子に肩を抱き寄せられた、純白のドレスに身を包んだ女。真偽不明の功績により、最近市民から絶大な人気を博する聖女だ。
一体どんなトリックを使って市民からの信頼を得て、王子に近づいたのだろう。私はその得体の知れなさに背筋が寒くなった。
それに、王都に流れる噂が正しければ、この娘は騎士の家の出身。そんなの平民と変わらない。王子と釣り合うわけがないではないか。
その時、私とその女の目があった。
「あっ」
私と彼女は、同時に声を出していた。あまりに驚いて、その場に崩れ落ちそうになった。
彼女は「高潔の聖女」という名で人々から呼ばれており、本名は明かされていなかった。
けれど目が合った瞬間、気付いてしまった。
先ほどは焦りのあまり顔をよく見ていなかった。化粧の仕方が大幅に変わっていたのも、気付かなかった原因の一つだろう。
しかしよく見れば、それは私の人生において、絶対に忘れられるはずのない顔だった。
「王子はその女に騙されているのです。早く目を覚まして下さい!」
私は力の限り叫んだ。王子は顔をさらに険しくして私を睨みつける。王子、そんな目で見ないで。いつものように優しい目を向けて。
まさか、まさかあの女、ユリシア・ソレントリアが、この場所に居るなんて……!
あの女が、また私の邪魔をするというの? 学生時代に、あれだけ私の立場を奪っておいて、また私の前に立ちふさがろうというの?
そうはさせない。王子と結婚するのは、この私だ。
私は歯を食いしばって彼女を睨みつけた。
*******ユリシア視点
世界には様々な病気がある。直ぐに治るものから不治の病と呼ばれるものまで。
私、ユリシア・ソレントリアはその中でも、最も忌むべき病気を明確に答えられる。
私が聖女を志すきっかけとなった病気。
私を、家族を蝕み、苦しめる悪魔。
どんなポーションもエリクサーも効かない。大賢者様も大聖女様も治癒できない、患った人に痛みと恐怖を与える、憎むべき人類の敵。
その病気とは、ずばり
「痔」
である。
何を隠そう私も痔なのである。
正確には切れ痔である。
私の父も切れ痔である。
私の母はいぼ痔である。
父も騎士。母も騎士の、私は騎士のサラブレッドであるのと同時に、痔のサラブレッドでもあるのだ。
私の祖母も祖父も痔である。
私の曽祖父も曾祖母も痔である。
私の家系は代々騎士であるのと同時に、一子相伝、痔主の家系でもあった。
人類が魔法が使えるようになって、1000年が経っていた。治癒魔法も発達し、かなりの数の病気を癒せるようになっていた。
けれど、どんな技術体系をもってしても、痔を治すことは出来なかった。
こんなポピュラーな病気であるにも関わらず、悠久の時を経ても痔は不治の病であった。
これには一応の理由がある。治癒魔法は光魔法をベースにして発達してきた魔法だ。光魔法というのはおおむね、強力な魔法である。
それとは対照的に、あの肛門界隈は非常に繊細で傷つきやすい。
それを、照射するとどうなるか。
光魔法によって、内部が余計に痛んでしまうのである。
これまで1000年の長きにわたり、たくさんの治癒魔法使いたちが痔を治そうと頑張ってきた。けれど結局痔は治らないままだった。
そして長らく放置されてきた。
幸か不幸か、痔は死ぬ病気ではない。ただお尻が痛いだけである。
肺炎だというと同情してもらえるが、痔だと告白すると、何故か相手は薄っすら笑っている。
こんな世界は間違っている。
私が変えてやる。
痔が治る世界に。
そして私は自分の痔を治すため、世界中の痔主を助けるため、聖女を養成する学校……ルミナリエ聖堂女学園に通うことを決意した。
この国では、聖女とは治癒魔法を使って人々を治療す役職のことを言う。つまり聖女を養成する学校は、治療魔法を学ぶ場所だった。
周りは止めた。
それは無謀な目標であると。
1000年間治らなかった痔。難攻不落の敵を、お前一人でどうにか出来るようになるわけがないと。
そう言われる度に私は言い返した。
「やってみなければ分からないわ。私は絶対に痔を治せるようになるの」
決意を固くして、私はルミナリエ聖堂女学園に入学した。




