エピローグ
──信じたくはなかった。
乾く喉、浮かぶ汗、歪む視界。
鼻の奥からは、子どもの頃プールで溺れた時の匂いがする。
人は最低最悪なことが起こると、こうまで素直に身体が反応するものなのだろうか。
知り合いから、妻がホテルに男性と入っていくのを見たと、連絡をもらった。
急いでスマホから妻に電話をかけようとしたが、その手を止めた。
その行為が既に頭の中でよぎった良くないことを決めつけてしまい、自分にとてつもない嫌気がさした。
正直、その連絡をもらってどうすればいいのか分からない。
握りしめたスマホはホーム画面に戻る。
2人の幸せな思い出と時刻が共に表示され、彼女の笑顔を見ながら今は頭を切り替えた。
今自分が取り掛かっている大切なプロジェクトの打ち合わせがもう少しで始まる。
『ノヴァライト2ndアニバーサリーフェス ライブ進行企画書 改定2.8』
PCの画面に映し出された企画書には、半年以上をかけた時間と想いが込められている。
Vtuberとしてデビューを果たし大きな飛躍を遂げた彼女たちの晴れ舞台だ。
自分も立ち上げから関わった裏方の1人であり、この企画に込める感情は並のものではない。
彼女たちと大成功を収めるために、自分にできることは全力を尽くす覚悟がある。
「サンダさん、パルナさん、おはようございます。今日はよろしくお願いいたします」
『『よろしくお願いしまーす』』
時間になり会議が始まる。
オンライン会議の画面には私だけがカメラを点け**、2人はそれぞれのVtuberアイコンだけが声に合わせて光っている。
廻田サンダと九重パルナ。
2人ともノヴァライト2期生としてデビューし、新進気鋭ながら注目を集め続けている。
『ツネっち、この時間の打ち合わせって時間外労働じゃないの〜?』
『バカ、ウチらの活動時間にツネっちが合わせてくれてんでしょうが』
『んーなこと、知ってるし!ツネっちが、私たちのために健気だな〜って』
『アホが、ありがとうも言えんのか』
からかうように話すパルナさんと、それを制すサンダさん。
2人の配信外でも始まる会話のラリーはリスナー人気が高いことが**良くわかる。
「いえ、仕事ですから。さて、今日は今年のライブに関しての打ち合わせなのですが」
『ライブか〜。5,000人もの前でなんてアタシらもビックになったよね、ツネっち』
「それは皆さんの頑張りがあったからですよ」
『ライブといえば、ちょうど明日からパラライのライブっすよね』
「そうでしたね。もし興味があれば、オンラインチケットをもらっていたのでお送りしますが」
同業からもらっていたメールを開こうと思ったその時、1通の通知が飛んできた。
トークチャットの通知相手は妻からだった。
胸がざわめいたが、意図せず彼女が送った文面も同時に目に入る。
【今日泊まりだったの言い忘れた‼️ゴメンよ❗️ご飯は──】
私はまた鼻の奥で、プールに溺れた時の匂いがした。
今度は、より鮮明に。
お読み頂き感謝します。
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