「notice」
『notice』
7月19日
プルルル、プルルル...
定期テストの前日。22時半。スマホが鳴る。絵里だった。
何だまたか、そう思いながらシャーペンを置いた。
絵里は幼稚園の時からの幼馴染だ。幼い頃からボーイッシュで、とても明るく、そして何より優しい。小学校、中学校とずっと仲が良く、高校に関してはどこに行くかなど特に話をしていなかったのだが、いざ新しいクラスへと入ってみると絵里の姿を見かけ、本当に驚いた。入学当初は人気女子グループの中にいたが、最近は絵里はひとりぼっちだ。何か事情があるのでは、と、聞かないようにしている。
そういえば最近、この一年で身長が154cmから164cmまで伸びたと自慢された。確かに背が伸びたとは思っていたがまさか10cmも伸びていたなんて、いや何でも成長期が中3からなんて遅すぎるんじゃないか、とすごく驚いた。それに、164cmは自分よりも身長が1cm高い。男として少々情けない。
さて、絵里の話はこれくらいにして時間を進めよう。
「ねぇ知ってる?空を泳ぐクジラに触れると願いが叶うってさ。一緒に探しに行ってみない?」
電話に出ると、毎回すぐにこういう夢のような話を投げかけてくる。ここでツッこみ、そして軽くあおるのがいつもの流れだ。
「何言ってんの、空を泳ぐ鯨なんていないし、それとも明日が期末テストだから頭がおかしくなってるの?」
「えぇ…いたっていいじゃん?それに、そういうことをすぐに言うから、海斗は学校でつまんない奴って呼ばれているし、友達も超少ないんじゃないの?けどな〜もしも願いが叶うなら、私はとにかく美味しいものを食べまくる!例えば燕グリルのハンバーグとか、銀だことか、カツカレーとか...飲み物だったらスタバのフラペチーノも!」
確かに自分は自他共に認めるつまらない奴だ。目立たない服装が好きだし、地味な趣味もいくつかある。例えば、貝殻集めや音楽作り。登山に天体観測、写真撮影、キャンプ等だ。ついでの話だが、自分はキャンプ部目当てでこの高校に入学した。絵里も同じで、二人ともキャンプ部に入部することになった。だが正直、火傷したり、虫が嫌いとか言って、絵里に足を引っ張られる未来が見えている。
「っていうか海斗は何を願えばいいと思うわけ...?あ!あと、明日の朝いつもみたいに電話出起こしてね、よろしく」
「了解」
クラスで一番人気のりんちゃんとデートする。なんたって顔がタイプすぎるし、スタイルもいいし、性格も可愛いし。もしも本当にデート出来たら一生の思い出となるだろう。(そういえば絵里はりんちゃんととても仲が良い。羨ましい。)
「どうせ願いが叶うのなら、お金では買えないものにしたほうがいい、と思う。例えば、好きな男とデートをするとかね。俺なら、とりあえずりんちゃんとデートするね」
「....え...りんちゃんと?」
「そうだよ?りんちゃんって男子からモテモテなんだぜ」
「...へ〜そうなんだ。わかる、私も好きだよ...でもそっか...海斗が...」
「ごめん、なにか気に障った?」
「いや、大丈夫だよ。気にしないで、明日テストだし、そろそろ寝ようかな。」
「...そう?分かった。じゃあ、お休み。また明日。」
プツッと電話が切れる。
一体何が絵里の気に障ったのか考える。優しい絵里のことだし、きっと嘘をついているのだろう。
数秒考え、思った。
「もしかして、絵里って俺のこと好きなんじゃね?」
しかし、絵里が恋をしているなんて想像がつかないし、本人に聞く事は流石に出来ないし…
その時、時計が目に入った。23時を過ぎている。
「え?そんなに電話してたっけ!?それに、明日はテストだし、早く寝ないと。」
部屋の電気を消し、寝床につく。
今日は何時間も勉強したので、疲れていたようだ。寝床に入るとすぐに、さっきの会話がぐるぐる頭の中を回る。絵里が俺を好き???ん??ちょっとうれしいような、照れくさいような...りんちゃんが好きだなんて言わなければ良かったかな、と後悔の念が回りながら、何者かに誘われるような感覚と共に、眠りの世界へと入って行った。
気づくと空の中にいた。海ではなく、空の中だ。爽やかな水の音。冷たい空気。なぜか落ち着いている心。直感的に、夢だと認識する。
この世界は透明な地球のように丸く大きく、外は宇宙のような紫色に染まっている。その大きな透明の世界の中に幾千の透明の球があり、そのうちの一つに、夢の中の自分は今、存在している。もっとも、その小さな球ですら、なかなかの大きさだが...
上下左右どこを見ても「蒼」。上には少し雲があるが、360度全て「蒼」で満たされている。
まさに「蒼ノ世界」そう呼ぶのにふさわしい。
ゆっくりと流れるわた雲と、見渡す限りの「蒼ノ世界」は、自分が思い描いた空、いや、海の情景そのものだった。 自分は、青い眼光が光る小魚や、エイのような生き物に、囲まれている。
下には、ジンベイザメのような巨大な魚が、他者を圧倒する風格を纏いながら悠々と泳いでいる。
落ちるわけでも、溺れるわけでもなく、重力という言葉を世界が忘れて、まるで始めからそうだったかのように、時とともにただ漂う。
やがて、遠くから街が流れてくる。静かに回転しながら近づいてくる球には、三角屋根の家々が立ち並び、窓からは生活の明かりが漏れている。だが、人の気配をまるで感じさせない静寂に包まれた街だ。
自分は、つま先からそっと降り立つ。地面だと思っていた場所は鏡のような水面で、つま先が触れた瞬間に波紋が広がる。
すると、どこからか船の汽笛のような低音が鳴り響く。
大気を揺らしながら近づいてくる音の正体は、すぐにわかった。 雲だと見間違えてしまうほど巨大な生き物、空を泳ぐ鯨だった。
夢とは己の世界である。己が自由に考えたこと、思ったことをそのまま描き出せる。自分は、きっと寝る前に絵里が言っていた、「空を泳ぐクジラに触れると願いが叶うってさ」という話に感化されてしまったのだろう。
と同時に、ここまではっきりと認識できるのかと、不思議に思う。だって、どうせ夢に過ぎない。起きたら何もかもすぐに忘れてしまうのに。
そんな事を思っているうちに、
「この世界に迷い込んでしまったのか?」
と頭の中で声が響く。上を見上げるとそこには、世界の「蒼」を全て凝縮したような、見たことのない色をした鯨が、こちらを見つめている。
自分は怖気付いて、自然と敬語になってしまう。所詮夢なのだから、敬語など使わなくても構わないのだが。
「この世界?ここはどんな世界なんですか?」
「ここは君の夢の世界だ。私から君に伝えたいことがある」
「なんですか?」
「常識を疑え、そして、ありのままを受け入れろ、そうすれば、世界はもっと自由で深いものになる」
一体何を伝えたかったのか、真意がうまく掴めない。
「では、君へ伝えたいことは伝えた。私はこれで失礼する。」
「あ…あの、最後に一つだけお聞きしてもいいですか?」
「何だい?」
「もしも、僕が貴方に触れる事が出来たら、願いは叶いますか?」
この世界、この鯨は絵里が話していたものなのか。確かめるため、その問いを、鯨に投げかけた。
「いや、私は夢の中にしか現れないから、触れることはできないだろう。夢は、自分の力で叶えるべきものだ」
この世界、この鯨は絵里が語っていたものとは少し違うようだ。
「ではこれで失礼する。また会おう。」
その瞬間、この世界は幕を閉じた。
ピピピピ…ピピピピ…
耳元で鳴り響く電子音に、起こされる。目覚めて数秒、脳がまともな思考力を取り戻し始めると共にスマホのカレンダーを確認する。今日は7月19日。今見ていたのは所詮ただの夢であることは理解している。しかし、本当に夢なのかを疑ってしまうほどの鮮明さ。部屋が真っ暗なのも原因なのかな....。ん?真っ暗?って言うか7月19日?おかしい!そもそもアラームが鳴ったってことはもう朝のはずなのに。時計を確認すると、ちょうど24時を回ろうかというところだった。間違えてアラームをかけてしまったのかな…。もう一度寝よう...
「常識を疑え」って結局何を伝えたかったんだろう…
またあの世界に行ってみたいな...
数分かけて、自分は「今度こそ」深い眠りについた。
7月20日
ピピピピ…ピピピピ…
耳元で鳴り響く電子音に、起こされる。目覚めて数秒、脳がまともな思考力を取り戻し始めると共にスマホのカレンダーを確認する。今日は7月20日。
きちんと眠れた事を確認すると、絵里に電話をかける。
プルルル、プルルル、プルルル...「ただいま、電話に出ることができません...」
あいつ、電話をかけてやったのに出ないじゃないか...自分で言ったくせに忘れるのって、小学生男子かよ。
そんな事を考えながら、さっと体を起こして、朝の支度を始める。自分は朝に強い。これは他人に誇れる数少ないことの一つだ。朝の支度をささっと済ませ、学校へと向かった。
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10分後。学校へ到着。教室のドアを開けると、そこには朝に弱いはずの絵里がいた。
昨日の気まずい電話のあとで少し関わりづらいが、いつもと変わらないように努める。
やはり絵里は自分のことが好きなのか??だが、やっぱり自分はりんちゃんが好きだ。
絵里は幼馴染の域をでない。
絵里が電話に出なかった理由は、やはり昨日の電話が気まずかったからだろう。
自分は、いつも通りふるまうべきだと考えた。
「お前、一人で起きれたなんて、成長したな」
「え?いやいや誰目線だよ!海斗は私の親?」
「いやいや、何で今日は早く来たんだ?テストがあるからか?」
「そうそう、けどめんどくさいし、漢字とか英単語とか全然やってないな~...」
「後々のためにも、最低限のことはやっといた方がいいと思うけど?」
「え〜やりたくないな〜...あ!じゃあすぐに点が取れるやつとか何かないの?公式とかさ!教えて!」
「えっと、まずこれは…」
暗記すべき公式を一つ教えていると、開始5分前のチャイムが鳴った。
「こっちはこっちなりに頑張るから、海斗は海斗なりに頑張ってね!」
「了解。じゃあ、またテストが終わったあとで。」
絵里が会話のペースを作ってくれたので、なんとかいつもと変わらないようにする事ができた。ほっとして、一気に疲れた。いやいや、そんなこと言っている場合ではない。
今は目の前のテストに集中すべし。全ての教科において平均点以上を目標に掲げ頑張っているんだ。そして、テストがスタートした。
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最後の科目が終わり、クラスから喜びや悲しみといった様々な声が飛び交う。まさに動物園。
そんな中、絵里はひとりぼっちだった。
「絵里、テストは出来た?」
「疲れた...」
「大丈夫か...?」
「6コマ連続でテストって...この学校おかしい...」
実際、普通の高校であれば、2〜3日に分けるはずだが、この学校は1日で行う。意味不明だ。
「それな。まあ、疲れたから早く帰るわ。またな」
「え!はっや!ちょっとまって!」
「はいはい。」
自分の爆速下校準備に驚いたのか、尊敬しているような目でみられている。
どうせ尊敬されるならもっと実用性がある事で尊敬されたいが…
とそこで、準備が終わった絵里が来て、二人で校門を出た。
「ねぇねぇ海斗!テストが終わったってことは...?」
海斗&絵里「夏休みだ!」
「夏休みと言えば~?」
海斗「海だ!」
絵里「山だ!」
海斗&絵里「えええええええええ!!」
まさかのシンクロ。
「いやいや!絶対海だろ!スイカ割りとか、日光浴とか」
「いやいや山でしょ!夏に一回でいいから登ってみな!超涼しくて最高だよ!ってか、どうせ海斗が海を好きな理由は、りんちゃんとかを海に誘って水着見たいからでしょ。ホント最低!」
「いや心外だなぁ!」
「信用できないなぁ…」
海派と山派の話でこんな疑惑まで浮上してしまうとは。
「じゃあ、絵里が海を嫌いな理由は?」
「その、まぁ、嫌いなものは嫌い。」
「いや理由になってない!」
「理由は…………」
数秒の間、絵里は下を向きながら考える。
その少しの間に、違和感を感じた。
「えっとー…その…あれだよ、日焼けすごくしちゃうじゃん?だから嫌い」
絵里は、うつむきながら、そう言った。
「あー確かにね、水着姿はさ、日焼けするわな。」
「そうなんだよね、そもそも、私水着自体嫌いだし第一泳げないよ、金槌だし」
とそこで、分かれ道に差し掛かる。自分はこのまま直進。絵里はここで左に曲がってお別れだ。
「じゃあね海斗。また明日」
「またな」
絵里がいなくなり、考える。
実際のところ、納得はしていない。絵里の前では話を合わせたが、自分たちは小学生の頃、よく一緒に市民プールに行っていたではないか。
うつむいていた時、絵里は何を考えていたのだろうか…もしかして
好きである幼馴染の自分に対して、恥ずかしい気持ちがあるのかな?
これだと、最初に話そうとしなかったことと、少しの間があったことの理由に説明がつく。
なんだか、今回の国語のテストは高得点を取れた気がした。
「なんか…絵里ギャップ萌えで可愛かったな…」
不意にそんな言葉が出てしまった自分に驚く。
なんて事を言っているんだ自分は。自然とニヤけている自分の顔をたたきながら、家に着いた。
「はぁ、疲れたな、ゆっくり休もう」
鍵を『ガチャ』っと開け、『ギギギ…』という音を鳴らしながらドアを開ける。『ギィ……』という音と共にドアが閉まり始め、『バタン』とドアが閉まった。
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まだまだ続きます。第二話もぜひご覧ください。