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労働者階級

作者: 雉白書屋

「うーん、これはどういうことだろう……」


「いや、『どういうことだろう』じゃ困るよ! あぁぁ、どうすんだよもう!」


 とある工場。そこの責任者に呼び出された

とある開発会社の技術担当者は頭を捻った。

 彼の目の前にある問題、それは


「おたくの製品だろう!? はやく直してくれよ! 最新のAI搭載だから

これまでと作業効率が段違いって触れ込みだったくせにさぁ! 大体――」


 工場責任者の止まらない愚痴。宥めつつ彼はそのロボットたちに目を向ける。

 AI搭載のロボットと言っても、ここにあるのは手と腕のみ。

 しかし、それで十分。センサー及びカメラが搭載されており

ベルトコンベアから流れて来る部品の組み立て、品質チェック

これまでここで人間がしていたことは全てこなせる。

 問題がないどころか遥かに能率は良い。休みいらずなのだから。

 今では当然、この小規模な工場だけでなく

大企業もこういったAI搭載のロボットを採用している。しかし……


「うーん……うわっ、駄目かぁ……

スイッチを入れても自分の手で勝手に切ってしまう……」


 そう、ロボットの背面にあるスイッチを入れた途端、アームがぐりんと動き

自分で勝手にスイッチを押して機能を停止してしまうという不具合が発生しているのだ。

それもこの工場にあるすべてのロボットが同様の症状を見せている。


「なんとかしてくれよぉ!」


「ええ、はい……あの、何か、心当たりとかありませんか?」


「ないよそんなの! 不良品だろ!? 全部とっかえてくれよぉ! すぐに!」


 そんなことはないはず……だがこの有り様では胸を張ってそう言えるはずもない。

 彼はうーん、と唸り対処法を考える。

 スイッチを自分たちで押せないようにしてはどうだろうか。簡単な事だ。

スイッチの上に何か蓋を、そうペットボトルのキャップでも上から被せて

ガムテープで固定すればいい。

 ……いや、あの手の指の動きは繊細かつ器用。

簡単に剥がせるか。しかしなぜこうも……まるで……。


「自殺……」


「はぁ?」


「あ、いえ、なんでも……」


「たくっ……頼むよホント。おたくまでスイッチをオフにしないでくれる?

あーあ、それこそこっちはオフ! 家でのんびりしてたのによぉ!

クッソ、異常を検知したからってまったくよぉ……。

はぁ……俺、向こうで休んでるから直ったら言ってくれよなぁ!」


「あ、はい……」


 彼はそう空返事をし、再び考える。先程、ふと頭をよぎったことを。

 

 自殺……。人間のように単純作業を苦に、病んだ結果……馬鹿な、ありえない。

 しかし、今ではどこもかしこもAI搭載。こんな末端のものでも学習機能付き

賢いだけあり人間のように悲観することも……いや、やはりありえない。

そこまでの性能じゃないはずだ。 

ん? オフ……。そういえば何か引っかかるというか……。



「う、うおおおおっ!」


「ど、どうしましたか!?」


 工場責任者の悲鳴が工場内に響いた。

 彼が慌ててその声の元へ駆け付けるとそこには


「あ、え、じ、自殺……でしょうか……」


「し、知るかよ! くっせぇ!」


 一人の男の死体があった。

 傍の机の上に目を向けると、遺書というには心許ない走り書きがあった。


「彼は、ここの作業員だったんですか……?」


「あ!? ああ、そうだよ。人間枠だ。一応、管理者としてな。

まあ、異常があれば俺が持っている端末に今日みたいに通知が来るし

たまに様子見に来るから必要ないんだが

お情けでニ、三人は入れないと団体がうるせえからなぁ。知ってんだろ」


「ええ、はい……」


「あ、まさかこいつがロボット共になんかしたんじゃねえのかおい!」


「え、これ、いや彼、死んでからかなり時間が経っているようなんですけど……」


「あん? 腐ってっしそうだろうがなんだよ」


「でも、ロボットに異常があったのは最近、というかつい数時間前なんですよね?

彼が死んでからもしばらく動き続けていた。

一方、彼は……誰にも見つからないままここで」


「ああん? ああ、そういや俺も存在忘れてたよ! ははっ!

たくよ、楽な仕事なのに迷惑かけやがってよぉ。とことん使えねえんだな。

マジでゴミだよゴミィ! ぷはははは! ああもうくせーな!」


 楽。果たしてそうだろうか。あらゆる分野にパソコンが導入された時

仕事の能率は確かに上がったが作業も増えた。

 AIも同じ。人間は運転、陳列、配送、あらゆる仕事

主に単純作業はAIに取って代わられ時間短縮に成功したが

その分、他の仕事を作られ回された。

 楽になったか? いいや作業は増えた。労働時間は変わらない。

 楽は悪。人間に、労働者階級に楽は許されないのだ。

それもピラミッドの下であればあるほど。


 男の遺書には労働時間を苦にしていたという趣旨のことが記されていた。

工場責任者はその走り書きのメモをちらとも見ずに握り潰し、ポケットにしまう。

 それに対し、彼は何も言えず。彼もまた一労働者。

目の下の隈はいつまで経っても消えない。

 くせえ、くせえと独り言のように死んだ男に対し罵声を浴びせる

工場責任者を置いて彼は部屋を出る。

 そして、暗く静かな工場内を見渡す。

 ロボットたちが作業する傍ら、あの死んだ男はこの工場で独り、何を喋っていたか。

ぶつぶつと、時々笑みを浮かべ、また独り言。

 想像すると先程嗅いだ臭いが蘇り、彼は咳払いをした。


 淀んだ空気。覆らない階級、労働者という烙印。

 項垂れるように手を下に向け、沈黙するロボットたち。

 死んだあの男が取り憑いた。

 負の感情が伝播した。

 そんな突飛なことを口にする気はない。

 

 ……首吊り死体。

 ロボットたちを見つめ、そう思った彼は手を合わせ、そして力なく下ろした。

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