三、待ってる(3)
事態が落ち着き、真理子のお見舞いに来た希望。
真理子は事故に遭ったときの気持ちを希望に語りながら、
「希望がお見舞いに来るまで、わたし考えた。今のわたしにできること。一日でも早く怪我を治して、もう一度希望の隣に立つ。約束するよ」
と、誓うのだった。
事態が落ち着き、希望が真理子の病室へお見舞いに訪れたのは、事故から三日経った日だった。
事故当日、雨は降り続き空は暗く、気温も平年より低い陰鬱とした日だったのを覚えてる。
真理子が学校から帰宅する途中、真理子の家の最寄りの駅を出ると、すぐ傍に国道が線路と同じ方角に走っている。そこで信号待ちをしていたのだが、スマホからメッセージの着信を知らせる音が聞こえた。歩きスマホはしない真理子だが、ついその時だけスマホを取り出し画面を確認する。スマホを操作しながらちらっと視線を信号の方に向け、確かに信号が青に変わったのを見た。
再びスマホに視線を落とし歩き始める。ところが、一台の車が信号が赤にも関わらずスピードを落とさず走行してきた。雨で視界が悪かったのか脇見運転なのか原因ははっきりしないが、真理子に気づいた車は急ブレーキを踏むも雨で路面が滑りやすくなっているのもあり、そのまま車は真理子を——というのが希望が真理子の母親から聞いた事故のあらましだ。
話を聞いて希望は車の運転手に対して激しい憤りを感じたが、事故のことはご家族に任せるしかない。
真理子の容態に関して、一番酷い怪我は左足の骨折。左腕の骨膜下骨折(骨の内部にヒビ)。右腕は打撲し胸も強く打ちつけられた様だが、不幸中の幸いで頭は擦り傷で済んだこと。咄嗟に頭を庇ったのだろう。その分腕の怪我が重い。左足はギブスで固められて吊され、怪我が少ない右足以外は、ほぼ全身に包帯を巻かれている。
今の真理子の姿を希望は直視するに耐えなかったが、声が聞きたくて傍に寄り顔を寄せた。真理子が力なく笑う。
「あはは……異世界転生、失敗しちゃった……」
「馬鹿……」
笑えない冗談だったが想像よりいくらか元気なようで、希望はすすり泣きながら真理子の右手を両手で包むように握る。話したいことがいっぱいあったはずなのに、胸がいっぱいで言葉が出てこない。真理子からも会話はなく、希望が右手を包んでくれる掌を指先でこしょこしょと動かすだけ。希望にとって真理子が生きていると実感できるのが、今は何より嬉しかった。
お互い何も話さず何十分と時間が過ぎた。
「希望」
真理子が小さな声で希望の名前を呼ぶ。
「聞いてほしいことがあるんだ」
「うん」
「事故ったときのこと、実はあんまり覚えてなくて……痛くて、心細くて……」
「うん」
「ただ、これだけはよく覚えてる。わたしを見て見ぬフリして通り過ぎていく大勢の人のこと。ひどいよね、こういう世界なんだなって」
「……」
「『ああ、このまま死んじゃうのかな』って思ったよ。このまま生きてても将来の夢とかないし、それでもいいかって」
「マリ、そんな話——」
「お願い、最後まで聞いて」
「……」
声は小さくても鋭い口調なので、希望は口を噤んで真理子の話の続きを聞く。
「えっと……そんな風に諦めたとき、ふと希望の顔が浮かんでね。わたしが死んだら希望はメチャクチャ悲しむだろうし、わたし自身希望を悲しませることなんて許せないし、だから『死んでもいい』なんて考えは捨てたよ」
「うん……」
「希望がお見舞いに来るまで、わたし考えた。今のわたしにできること。一日でも早く怪我を治して、もう一度希望の隣に立つ。約束するよ」
そう言って希望の前に小指を差し出す。真理子の言葉に希望は涙を流し、拭おうともしなかった。差し出された小指に自分の小指を絡ませる。
「うん……待ってる。あたしに手伝えることがあったら言って。すぐ駆けつけるから」
「おー、こういうときの希望はやっぱり頼もしいなあ」
「もう、おだてないでよ」
二人でくすくすと笑い合うと、真理子が大きなあくびをした。
「眠い?」
「ちょっとね」
「結構話してたし、寝た方がいいんじゃない?」
「そうする。ねえ、希望」
「うん?」
「来てくれてありがとう。顔が見られて嬉しかった」
「ううん、あたしこそ。マリと話せてよかった」
「またね」
「うん、また」
挨拶をして希望は真理子の病室を後にした。涙で濡れた目尻をハンカチで拭き、話せたおかげでいくらか足取りも軽かった。ただ、胸の内にくすぶる微かな焦りがある。
(マリは自分のできること見つけたんだ。あたしには何ができるんだろう)
真理子が事故に遭った日からずっと考えているが、答えはまだ見つからなかった。