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私の名前を呼んでみて  作者: サツキヒスイ
10/16

四、今できることを精一杯(1)

夏休み。

二人の予定は宿題をするか、リハビリに病院へ行くか。

真理子は希望とために、一計を案じる。


また、夏休みの終わり間際に、水族館デートでいちゃいちゃ。

 夏休みに入って一週間が経過した。

 抜けるような青空は見てて気持ちがいいが、かんかん照りの太陽の日差しは連日三十五度以上の『命に関わる危険な暑さ』をもたらしている。帽子に日傘、飲料水はこの猛暑日を過ごすのに欠かせないもの。それらを装備、所持した希望は今日も夏休みの宿題をするために、真理子の家を訪れた。

「あがってー」

「おじゃましまーす」

 部屋に入れば適度にクーラーが効いていて、火照った身体が冷えていく。麦茶も用意されていて水分補給も準備万端。二人は早速宿題に取りかかった。

 どっさり用意された夏休みの宿題。しかし、二人ともすでに半分以上終わらせている。特に真理子が授業を受けていない箇所を躓かずに済んだのは、希望が作ってくれたノートのおかげだった。

「わたしが入院してる間に、こんなノート作ってたなんてねえ。期末テストの点数もよかったじゃん」

 普段は五十から六十点くらいしか採れなかったが、七十点から八十点まで点数が伸びた。

「あはは……まあ、先生とクラスの皆に聞きまくったから、全部あたしが作ったわけじゃないけど」

 希望は謙遜するが内心嬉しかった。真理子にも自慢したし、普段娘のテストや成績表を見ても関心を示さない希望の母親も、今回のテストの結果には『よくやったね』と褒めてくれた。それが、夏休みの宿題へのモチベーションにもなっている。

「ううん、それでもすごいと思うよ」

「そうかな?」

「うん、すごい。見直した。それどころか惚れ直した」

「ほう……そこまで言うなら……」

 希望は真理子に近づくと、おもむろにシャツをめくった。すべすべの肌にくびれたウエスト、おへそが露わになり、希望が手を伸ばそうとする。さすがの真理子もそれには抵抗した。

「ちょ!? 何しようとしてんの!?」

「惚れてるなら触らせてくれてもいいんじゃないかなって」

「駄目だって!」

 希望の顔を見れば本気で襲うつもりはなく冗談だとわかるが、シャツの裾を掴んだ手を払っても離そうとしない。やむなく真理子は希望の背中に手を回すと、そこからシャツを引っ張った。希望の肌もきめが細かくて綺麗だと真理子は思っている。

「あー、やめてぇ。シャツが伸びちゃうよぅ」

「だったら、希望が先に手を離しなさい」

「マリが手を離したらあたしも離してあげる」

「むぅ……」

 お互いシャツを引っ張り合ってじゃれ合うだけで、肌に触ろうとはしない。そうしてしばらく騒いでいたが、希望が真理子の足をチラッと見ると、先に手を離した。

「はい、あたしが離したからマリも離してね」

「わかった」

 希望の言葉に従って真理子も手を離すと、希望は真理子が用意した小さめの座卓に戻った。

「さーって、宿題しなきゃ」

「わたしも……はぁーっ、わかってたこととはいえ、他の人より宿題多いって気が滅入るなあ」

 真理子が授業を受けられなかったところは、結局夏休みの宿題に上積みされた。

「あたしが手伝ってあげるよ」

「よろしくお願いします、希望先生」

「あはは、何それ。ガラじゃないからやめてよ」

「そう? 希望、勉強教えるの上手いと思うけどなあ」

「マリが元々優秀なんだよ」

 二人とも勉強を再開するが、ペンが進まない。

((しまった……やりすぎた……))

 悶々としてしまって集中できず、午前中は捗らなかった。


 二人の夏休みの行動は基本二択。真理子の家で一緒に勉強する。真理子がリハビリのため病院に行くのを希望がつき添う。そのどちらか。

 真理子の足の怪我の経過は良好で、八月半ばには松葉杖から下肢装具をつけることに切り替わるそうだ。希望のおかげで勉強も順調。真理子は自分のために希望を縛りつけているようで申し訳なかった。

「希望」

「ん?」

「こんな夏休みにしちゃってごめんね」

「まーた謝ってる。いいんだって。マリのせいじゃないし、こうして一緒にいられるから」

「けど、やっぱりプールや海に行きたかったし」

「まあ……それはねえ……」

 希望が再び立ち上がり真理子の傍に近づくと、顔を耳元に寄せた。

「今度はなに?」

 希望が小さな声で囁く。

「おっぱい、去年より一センチ膨らんだの」

「……………………」

 希望がいたずらっぽくそう言う。せっかく気持ちが落ち着いてきたのに。

「去年のプールみたいなことにはならないと思うんだよねぇ。リベンジしたかったなあ」

「……まあ、今年勉強した分、来年行けばいいし。プールなら一年中やってるところあるだろうし」

「マリの足が治ったら行こっか?」

「いいよ。入場料はわたしが払うから」

「やった!」

 希望のにこにこ顔を見ると、真理子も罪悪感が薄れた。けれど、自分のことを気にせず、他の友だちとも遊んでほしいと思う。

「そういえば、今年もあるんじゃない? 湾岸エリアでやってる同人誌即売会、だっけ?」

 毎年夏と冬、広い展示場で行われるイベントで、希望は何回か行ったことがあり、真理子も名前だけは知っている。

「うん……誘われてるんだけどさ」

「行っておいでよ」

「けど……」

 なおも渋る希望に対し、真理子は一計を案じた。

「ねえ、カタログみたいのある?」

「あるよ」

 スマホで見られるようになっているあたり、やはり未練があるようだ。

「ちょっと見せてもらっていい?」

「どうぞ」

 希望からスマホを借りた真理子は、カタログをスワイプしながら目を通していく。

「ねえ、ここの本買ってきてほしいんだけど」

 そう言ってあるサークルカットの箇所を指差した。別に買ってきてもらう本はどれでもよかったのだが、真理子の気遣いがわからない希望じゃない。

「わかった。マリがお望みなら買ってくるよ」

「よろしくね」

 こうして希望は別の友だちと即売会に出かけることになった。真理子を置いていくことを気にしていた希望だったが、当日掘り出しものを見つけたそうで、イベントから帰ってきた希望はホクホク顔だった。

 その数日後、真理子の足には下肢装具がつけられた。数本の細いパイプのような骨組みで足を支えるようなもので、ギブスと違って見た目もすっきりしており、順調に回復していることが窺える。

 はじめはおっかなびっくり歩いていた真理子だが、その日のうちに慣れてしまう。『もう少しで元通りの生活を送れる』と思うと感慨深い。キツいリハビリをこなした甲斐があった。

 二人にとって充実した夏休みだったが、やはり何か物足りない。

(勉強とリハビリだけじゃ味気ないよねえ)

 夜、机に向かっていた希望はノートを閉じ、近場でイベントが催されてないかスマホで調べ始めた。


 そんな八月下旬のある日。二人で勉強しているとき、希望が真理子に提案した。

「二人でどっか出かけようか?」

 希望がいつになく真剣な面持ちだったので、真理子は即答を避け、自分の行ける範囲でいい場所を考えた。

「うーん……どこがいいかな。近くて涼しいとこ……」

「あ……」

「何か閃いた?」

「ホテルの中の水族館はどう?」

「あー……」

 学校の最寄りの駅から上りの電車に乗って一駅、時間があれば歩いてもいけるが、複数の電車に乗り換えることができる大きなターミナル駅に着く。その駅を降りると目の前に有名なホテルがあり、様々なお店や映画館も併設されていて、その中には水族館もある。希望も真理子もそこへは行ったことがない。

「いいね、水族館。わたしも何年ぶりだろう」

「じゃあ、場所は水族館で決まりとして、いつ行く?」

「うーん……」

 真理子はカレンダーの日づけを目で追う。夏休み最後の日である三十一日は混みそうだし、その前の三十日も何となく避ける。

「二十九日でどう?」

「オッケー、二十九日ね」

 希望はスマホを操作して二十九日の予定を書き込んだ。

「寝坊しないでよ」

「希望がね」

「そっか、あはは……」

 二人とも夏休みの宿題はすでに終わり、今は一学期の勉強の範囲を復習し、希望の作ったノートに書き加えていった。進路はまだはっきりと決めていないが、来年慌てないようにと勉強に勤しむ。一日くらい遊びに行く余裕はあり、二人で遊びに行くのは久しぶりなので、二十九日が楽しみだった。


 迎えた二十九日当日。

 現地集合でという真理子の提案を希望は頑なに拒み、希望は家まで真理子を迎えに行き、彼女に連れ添った。

「ほら、マリはそっち側歩いて」

「はいはい」

 病院に行くときもそうだったが、希望は真理子を建物側に寄せ、自分は道路側を歩く。事故のことがあったので気にしているのだろう。真理子も『そこまでしなくても』と思うが、やはり希望の気遣いが嬉しかった。

 目的地まで電車で揺られ、駅を降りて目の前の信号を渡れば、すぐホテルの敷地内に入る。両脇にお店が並ぶ通路を少し歩けば、水族館に着いた。

「へぇー……ここがそうなんだ……」

「なんか水族館っぽくないね……」

「うん……」

 二人とも率直な感想を口にする。傍目から見ると、水族館だとは思えない建物だった。

 券売機があるところまで進むとその前にはそこそこ行列ができていたが、希望が事前にチケットを用意したので、すんなり入場することができた。

 真理子の歩幅に合わせてゆっくり館内を進む。まず見えてきたのは、ライトアップされた水槽だった。その光を反射させ泳ぐ魚を見ると、『魚を観賞する』というよりは芸術作品を見ているよう。

「へぇー、わたしの知ってる水族館と違うなあ」

「ね。カタログ見てもピンとこなかったけど、こうなってたんだ」

 感嘆の声を漏らしながら、順路に従って歩く。暗いので希望は真理子の手をしっかり握った。

 途中、売店でソフトクリームを買い、食べながら観賞を続ける。熱帯魚、珊瑚、クラゲ——光に照らされたそれらの水槽をじっくり眺め、『おー……』とか『はぁー……』とか声が出てしまう。水槽に見るのに夢中で、お互いの顔を見るのを忘れてしまった。

 ゆっくり進んだつもりなのに、もうこのフロアの終わりまで来てしまったようで、順路の掲示はエスカレーターで上った先を指していた。近くには子ども連れの人のためのエレベーターもあり、二人は念のためエレベーターを使って上の階へ。

 その階を降りると所謂水族館らしい光景が目の前に広がっていた。海を模した広い水槽を魚たちが思い思いに、もしくは群れをなして泳いでいる。中でもトンネル状の水槽を優雅に泳ぐ巨大なエイが印象的だ。まさに海底を散策しているような気分になり、二人は手を握っているものの声が出ないほど、目の前の光景を目に焼きつけるのに夢中だった。

 トンネルを抜けると別の水槽にはペンギンやカピバラがいて、二人はそこでようやく顔を合わせた。動物たちの愛らしい姿を見て笑い合い、どの子がカワイイかなどを話し合う。

「ねえ、希望」

「ん?」

「誘ってくれてありがとう」

「いえいえ、どういたしまして」

 じっくり見て回ったので、外に出てきたときには約二時間ほど経過していた。再び陽が注ぐ場所で二人は大きく伸びをする。

「いやー、楽しかったー」

「マリにそう言ってもらえてよかった。今度はイルカのショーがやってる時間帯に来ようね」

「うん」

 二人が繋いだ手を握り直す。

「あのさ、希望……」

「ん?」

 珍しく真理子が言い淀んでいて、希望は少し不安になった。

「実は……」

「うん」

「お腹空いちゃった……」

「うわー……水族館出た後にその台詞言うんだ……」

 せっかくの感動が台なしである。

「さっきソフトクリーム食べたじゃん」

「あれだけじゃさすがに……」

 希望は訝しみ目を細めた。

「来る前に何かあった?」

「今日が楽しみで寝坊しました。朝ご飯食べてなくて……」

「……人には『寝坊するな』とか言っておいて」

「面目ない……」

 けれど、理由が理由なだけに腹を立てる気にもならない。しょんぼりする真理子に希望は笑いかけた。

「じゃあ、移動してお昼にしよ。今日『マリと出かける』ってママに言ったら小遣いくれたから、あたしが奢る」

「ホント? 助かるー」

「どこ行く? 回るお寿司とかでもいいよ?」

(しばらくいじられそうだな……)

 そんなやり取りの後二人は移動を始め、駅前のファストフード店でお昼を摂ることにする。いつものセットメニューに、デザートのアップルパイを加えた。

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