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2020.08.05:1/1

「あれ、なんだか、すごくきれいになってる……」


 そうだろう、埃も蜘蛛の巣も全て撤去し、見違えるように綺麗になったのだから。


「いつもより、ごはんがおいしい気がする」


 そうだろうそうだろう、あんなにあった呪いが一気に消えたのだから。


 果物を頬張る速度は幾分か速く、痩せた頬にはほんのりと笑みが浮かんでいるように見えた。まだまだこの廃洋館には呪いが蔓延っているが、多少なりとも体感的変化はあるはずだ。なかなか嬉しいものだな。



 ……ちなみに先ほどから我輩、何処にいるかといえば――厨房の古い棚の、物陰である!



 家の守護霊……ひいては家妖精とは、けして表には出ず、人知れず見守るのが様式美であろう。

 ……というのは建前で、本音はただ恥ずかしいのと、恐ろしいだけなのだが。

 いやいや不死の厄災が何を言っているのだと思われるが、よく考えたら我輩ずっと叫ばれる側であったし、小さな少女と話したことなどあるはずがない。


(そもそも、あんな小さな少女と何を話せと言うのだ)


 また、叫ばれるに決まっている。よって、まだ対面する時ではないのだと結論付け、当面は影からこっそり見守る事にしよう。廃洋館の呪いを、まずはどうにかしなくては。





 ――というわけで、初仕事の厨房掃除から間を置かず、早速二度目の掃除である。

 うむ、我輩、働き者であるな。こんなに熱心に働く不死は、あとは死霊魔術師(リッチ)(強大な魔術師が不死となった魔物)くらいなものだろう。

 ……いや、あいつらが熱心なのは自己探求と魔術の研究のみか。自ら進んで不死となった狂人とは同一視はされたくないな……我輩は平和主義なのだから。


 少女が眠った事を確認した後、早速第二の掃除現場へと赴く。厨房に続き、早急に改善しなければならないのは――第二の生命線、井戸である。

 大地を汚し、草花を枯らす、実に危険な水だ。まったく、常人であれば一滴飲んだら腹を壊すどころではない。何故、あの少女は無事なのだろう……。

 井戸の中を覗き込むと……これでもかと蔓延る、例のあれ。今回はどうやら、中に呪具の類が投げ込まれているようだ。少々手間だか、全て拾い上げていかなければ。


 井戸自体は立派な造りで、豊富に水源も備えている。使えるようになれば、少女の手助けになろう。

 懸命に、花へ水をあげている少女のためにも。


「――さあ、掃除を始めるとしよう」


 外套を払い、手のひらをかざす。



 不死という分類の魔物は、“動く骸骨(スケルトン)”や“腐死体(ゾンビ)”、“死霊(ゴースト)”といったもの全てをひっくるめ不死と呼ぶ。

 力を付けて“進化”を果たした不死の中には、魔術も扱えるようになる個体も現れる。その多くは、心身への異常をもたらす状態異常に特化した魔術で、まあ不死らしいものばかりだ。

 しかし、死霊の系列には、生まれながらに会得しているものがある。


 ――念動。触れずに物体を動かす魔術。


 最初期は低級な死霊だったため、我輩にも備わっている。というか、我輩が扱える魔術らしい魔術は、それと呪術系統のみだ。

 何せ我輩、魔術よりも剣術ばかり鍛えてきた、肉体派だからな!



 さあ、ともかく、ガンガン行くである!

 青白い光を滲ませ、魔力を放出する。それを、釣り糸を垂らすように井戸へ放り込み、再び外へ取り出す。僅か数秒で、魔力の糸にはわんさかと物品がくっ付いてくる。小さな指輪やひび割れた腕輪、壊れた不気味な彫刻など、面白いほど小気味よく釣れる。

 そーれそーれ、まだまだ行くぞ!





「……井戸の中に、よくもまあこれほど……」


 数十分近い長丁場の末、我輩の足元には、こんもりと積み重なった呪具の数々。

 面白かったのは最初だけで、入れ食い状態で絶え間なく釣り上げられるこの量に、数分と経たず呆れに変わってしまった。

 そして、厨房でもそうだったように、この井戸にもまた妙にしぶとく厄介なものが埋まっていた。

 しわがれた老婆にも、禍々しい悪魔にも見える、古びた小さな石像。

 これが、井戸、つまりは水に関わる区画を汚染する親玉である。石像の裏に掘られた言葉は……――。



 ――穢れを飲み干せ、やがて全て枯れるまで



 また、なんと酷い呪いの言葉か。これでは花など萎びたままだろうし、新たな緑が芽生える事はけしてないだろう。

 考えるまでもなく原因である小さな石像を睨みつけ、足元に重なった呪具の中へ放り、一塊にまとめる。それを地面から浮かせ、夜空に高く持ち上げたら――。


「捨てた主のもとへ、帰るがいい――!!」


 魔力を上乗せしながらぶんぶんと腕を回し、怒りと共に投擲する。


 あっという間に木々の背丈を超え、夜空高くに吹き飛んだそれは、青い閃光と共に遠く彼方へと飛んでいく。



 廃洋館を覆う半球体状の結界を、ガッッシャアアアアーン!! とド派手にぶち破りながら。



「………………」


 しまった。我輩、うっかり結界の存在を忘れていた。

 はたと思い出した時には、既に遅い。閉じ込められていた暗く冷たい空気は、夜風に乗り周囲へ流れていった。


「…………まあどうにかなるだろう!」


 過ぎた事はくよくよ考えぬ! 長生きのコツは柔軟性だ!


「ふふふ、我輩、家の厄災を払う守護霊としてなかなかの才があるな!」


 今夜も無事に、お掃除の任務完了である。達成感に満足しながら、我輩は額を拭う。



 ――夜空の彼方に描かれる、流星の如き青い軌跡は、早々に忘却を決め込んだ。






 翌日の朝方、少女は生まれ変わった井戸水を気持ち良さそうに使ってくれた。あの水ならば、萎びた野花もすぐに元気になるだろう。ああいう風に喜んでもらえるならば、家の守護者として誉れ高い。


 しかし、まだまだ掃除せねばならぬ場所は多い。今しばらく辛抱してくれ、少女よ。


 話し掛ける勇気のない我輩は、今日も建物の影から温かく見守るのだった。




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