第8話 残るは玉ちゃんひとり
『何だよ、占術的延髄斬りって。唐突すぎるにも程がある。ピンチを演出するなり、見せ場を作るなりもっと工夫の仕方はあっただろう』
呆れたように徹は言った。
「そう言うなよ、玉ちゃん。ボクだって全く勝った気がしないよ。手応えだって全然なかったし。あっちから物凄い勢いでボクの足を目がけて後頭部から突っ込んで来たようなもんだよ。事故だよ、事故。アクシデント。ボクが悪いんじゃない」
しかし、徹は尚も責めたてる。
『1本目のコブラ・ツイストが見事だっただけにあの延髄斬りはないわ。拍子抜けもいい所だよ。興醒めも甚だしい。熱烈な猪木信者が観客だったら暴動も起きかねない失態だよ。
これは極秘事項だけど、
"司は勢いよくキャンバスを蹴った!"
って描写も用意していたらしいよ。
"あくまで会話上で、である"
も込みでね。それが何だよ』
「ボクだってそのつもりだったって言ってるだろ。
医師免許も薬剤師の資格もない、医療現場にも出ないであろうアナタがテレビで治療法なんかを思わず口走ったりしたら医師法に抵触しかねないよって荒技を用意していたの。ね、なかなかの危険技だろ?
それがだよ、後で何とでも言える、受ける側もどうとでも取れる適当で無責任なアドバイスに感銘を受けちゃってさ……。どうかしてるよ、あの人」
徹は神妙な面持ちになった。
『毎日顔を合わせてたから気付かなかったけど、知らないうちに彼女はそこまで追い詰められていたのかもしれないな』
しんみりと徹は続けた。
『おれ達の方向性は間違ってないと思うけど、彼女にしてみれば今回の騒動の後のことが君の言うように不安だったのかもしれない。結果がどう出るにしろ、いずれはコロナは終息する。どういう形であれね。それは彼女の出演がなくなるってことだよね。
世界を巻き込む感染症なんてそうそう起きないだろうし、彼女の出番を考えると当分は望むべくもない。
そんな彼女の心の隙間を君が何気に埋めてしまったんだよ、きっと』
「だ、か、ら~~~、結果がどう出るにしろって言わない。解ってるの、結果は。玉ちゃん達は間違ってるの。しつこいなぁ~、もう。ほら見て、読者もケラケラって笑ってるよ。
彼女のことはそうだね。上手く時流をつかんだ迄はよかったんだけど、その後のことは悩んだだろうね。結局、政権批判を兼ねた番組の方針に乗っかっちゃったんだけど、彼女は君と違ってきっとおおよその事態は承知していると思うよ。
だって、彼女に指摘したように登場当初、彼女自身がCPR検査の精度は高くないって言ってたんだもん。君もそばで聞いてただろ。彼女はすべてを承知の上で番組に乗っかったのさ。自称専門家の肩書をかなぐり捨ててね。悪魔に魂を売って目先の利益を選んだ、ある種、天晴れだね。理ィーさん風に言うと」
徹は食い下がった。
『司くんの能力は認める。今のところは概ね君の言う通り物事は進んでいるからね。でも、絶対とは言い切れない。どこかで何かが変化することだってあり得るとおれは考える。未来は変えられる。過去も変えられるように、未来は変えられる。それが今を生きるおれ達の使命であり努めだ!』
「バカなこと言っちゃいけないって、玉ちゃ~~ん。勘弁してくれよ~~。未来は変えられないって。ましてや過去なんて絶対変えられないよ~。既に起きたことをなかったことには出来ないって。そんなの当たり前じゃん。TBSのアナウンサーじゃないんだから、そんなポエムみたいなこと言うんじゃないよ~。頼むよ~。
未来だってそうだよ。君にとっては未然の出来事だから理解し難い気持ちは解るけど、ボクにとっては過去に起きた、経験済みの出来事なの。それが覆ることなんてあり得ない。
いいかい、ボクが未来から君達の世界に訪れたんじゃない。ボク達の世界に過去の君を招き入れたんだよ。小説という形で時間を遡って君達を検証する意味を込めてね」
納得のいかない様子で徹は言った。
『過去から来たおれに、だからそれを全部受け入れろというのはあまりにも酷でしょ。君達にとっては経験済みの事柄でも、おれには全てが未知、未経験の世界なんだから』
「そうだね。とくに頑固な君には辛い現実だろうね。
ところで、話していて気付いたことなんだけど、今、君が言った"君達にとって"という言葉。その前にボクも"ボク達の世界"って言っちゃったんだけど、君が言う君、ボクが言うボクは当たり前のことでボクのことなんだけど、"達"って誰のことかなって思って。
この小説という世界においては、それを読んでくれている数少ない読者"達"だよね。君にとっての未知の未来を語る君を、それは既に過去の事実になってるボクと読者達が検証することで君の滑稽さを浮き彫りにさせるという体裁だよね」
徹が不満気に漏らした。
『そんなの圧倒的に不利じゃん。卑怯だよ』
「そうむくれるなよ(笑) ボクが言いたいのはそこじゃない。君が出ている朝の番組だよ。構図は同じなんじゃないかとふと、思ったんだ。
番組の視聴者はもちろん、今後どうなるかを知ってる訳はない。でも、様々な情報や自分の経験、その皮膚感覚で多くの人々はある程度の正しい未来予測ができているんじゃないかとボクは思う。あくまで仮説だけどね。でね、その人達がだよ、君がやっている朝の番組を見てどう反応するだろう。きっと、この小説みたいに滑稽に映るだろうね。ツッコミどころ満載だよね。思うに、君の番組の視聴率がいいのはそういう理由じゃないか」
『君の仮設とはいえ身も蓋もないな』
「いや、間違った答えを真剣に力説する姿ほど滑稽なものはないからね。もしかしたらって思ったの。だってさ、米朝首脳会談がベトナムのハノイで決裂した直前の君の番組での発言、自分でもう一度見直してみな。滑稽で相当笑えるぜ(笑) しかも、肝心のその決裂のことは番組の中では報道しない自由だし(笑)
あらかじめ言っておくけど、下半期に入って東京でどうやら第2波らしきものが来てるんだけどね、それでも君達のPCR検査推しは相変わらずだよ。一貫してブレる様子は微塵もないね」
徹は気色ばんだ。
『おい、司くん。今、下半期って言ったよね。下半期といえば7月じゃないか。解んないけど、随分先を行ってないか。知らない間に物凄く時間が経過したような気がするのはおれの錯覚か?』
「痛い所を突くよね、玉ちゃん。そこは君の言う通りだよ。前話の投稿から軽く2週間以上、半月を優に経過している。
あらすじのところでも書いてるけど、コロナが収まってきて作者のモチベーションが激減したんだよ、困ったことに。当たり前だけど、数少ない読者のアクセス数もサッパリさ(笑)」
『いやいや、笑い事じゃないよ。アクセス数なんて初めから望むべくもないからどうでもいいけど、どうするつもりなのさ、今後の展開は。まさかとは思うけど、中途半端な尻切れトンボで終わるってんじゃないだろうね』
「そう凄むなって、玉ちゃん。停滞したおかげでビッグ・ニュースが舞い込んで来たよ。
さっき席を立った晴恵ちゃん、先ほど大手プロダクションとめでたく契約して見事にタレントになったそうだよ!」
『マジか~~。まぁ、みんな薄々気付いてはいたことだけどな。とはいえ、ジョネトラダムス恐るべし。前話の予言、見事的中じゃん!』
「予言というか、正確にはアドバイスしただけなんだけどね。それでも悪い気はしないのは確かだけど。
ただねぇ、気掛かりなのは今後、視聴者を捕まえようとますます暴走しそうでさぁ。輪をかけて、仕事と割り切ってPCR検査全面推ししそうで恐ろしいんだ」
『何度も言うけど、PCR検査最強論は動かない。おれも彼女も番組も』
期は熟した。そう判断して司は仕上げに入った。
「よし、じゃあ最後のひとり、玉ちゃんをやっつけてしまおうか。
いいかい、PCR検査はね……」
その時、司の後方から声が飛んできた。
『いや~、遅れてすまないね』
本物の教祖様、ボスキャラの登場だった。
第9話へ続く