第7話 晴恵ちゃん、なぜか大悟し
『はにかんでって、恥ずかしいなら書くなよ(笑)』
文章の混乱を気にしながら徹が慎重に意見した。これくらいタイミングのカットインなら整理して描けそうだ。台詞の中身はともかく玉ちゃん、グッジョブ♡
『作者の投稿の動機なんてどうでもいいし。まったく興味ないんだけど、数少ない読者も含めて(苦笑)』
げんなりした顔で司が答えた。
「ボクに言われてもどうしようもないのは玉ちゃんも解っているだろ。ボクたちに意志の決定権はない。我々の思考も発言も基本、向こうの意のままだ。当たり前だけど」
『ムカつくけどね。……けど、例外もあるんじゃない?
前話までに相当の悪口を言ってるよ、おれも司くんも。バカだの技量がないだのヤバいやつだの。なのに、それを削除も修正もしないでそのまま投稿している。本人にとって都合悪い部分だろうに、それを堂々と載っけてるよ』
苦笑いしながら司は答えた。
「だから基本、と言ったの。本当に具合が悪いことはいくら何でも載せないさ。多少の悪口やバカにされることも、面白いと思ったら気にしない。躊躇せずに載せる。平気なんだ、この作者(笑)」
『本気でヤバいヤツじゃん(笑)』
『(宮脇氏のものまね風に)私ども研究者は2週間後、3週間後を見据えております』
「ナイス・カットイン! いいタイミングだ、晴恵ちゃん(笑)
しかも、自らの名言を持ち出して。素晴らしい。今度はこっちも予期して構えていたから意表は突かれなかったけど、いい入り方だったよ。玉ちゃんもほら、普通にウケてるし」
ツっ、意外性を発揮できなかったことに彼女は軽く舌打ちした。
「しね~~よ、晴恵ちゃんがそんな下品なこと! 作者、いいかげんにしろよ。まったく。
晴恵ちゃん、さっきの名言だけどね、残念ながらというか幸いというか、我が国に感染爆発は起こらない。2、3週間後の東京はニューヨークのようになる、ってしきりに警告してるけど、結果はそうはならなかったんだ。それについての弁解はあるかい?」
怪訝な様子で彼女は応じた。
『私は専門的見地で申し上げております』
「その専門的見地が間違ってたの。ね、いい? 間違うなとボクは言ってるんじゃないの。ボクだっていっぱい間違うし、その都度クレームがワ~っと来る。けど、その度にボクは謝罪し、訂正してる。解る? それが大事なの。間違ったらそれを認めて謝罪、そして訂正。
なのにアナタときたら全くそれをしない。まるで何もなかったかのように過去には触れないで次の不安、次の不安を煽ることに終始する。これから2ヶ月に渡ってず~っとそう。延々とそれをやり続けるの。
今の全部、読者にはお馴染みの時系列無視の論評で、アナタにとっては未然情報で申し訳ないけど、テレビの視聴者だって愚かじゃない。首を捻りながらアナタ達を見ている人もたくさんいる。数字が良いのを勘違いして煽り番組を続けていたら、後でとんでもないしっぺ返しを喰らうことになるよ。ボクはそれを危惧して忠告してるんだ」
徹が不満そうに口を挟んだ。
『それは言い過ぎじゃないか。おれ達は社会に警鐘を鳴らす意味でやってる。それを煽りと言われるならいいよ、それで。別にいい。煽りと言われても構わない』
「ダメなんだって、玉ちゃん! その居直った態度、ダメだよ~。実際に言っちゃってたよな~、オンエアで。いいかい、煽っちゃいけないの、テレビは。放送法に引っ掛かりかねないよ。
情報バラエティー番組といえども、政治や社会問題について放送する場合は細心の注意を払わないといけない。とくに、意見が伯仲していたり、繊細な内容を含むものについては両論併記することは鉄則だ。それを無視し続けたらドえらいことになるってこと、知らない訳ないよね」
引かずに徹は続けた。
『警鐘を鳴らすのと煽りが同義語、もしくは紙一重ならそれも仕方ないと言ってるの。警鐘のつもりでやっていても、周囲に煽りだと言われたらどうしようもないだろ。決して煽りを肯定している訳じゃない』
「ダメだよ、玉ちゃん。全くでたらめ言ってる。警鐘を鳴らすのと煽りが同義な訳ないじゃん。もちろん紙一重でもない。そんなことは自明の理だろ。君だって充分解っている。その上で言ってるよね。質が悪いね、そういうとこ。さすが、あっち側の人だね。
両論を紹介する、反論も取り上げる、それを踏まえた上で主張するのが公共の電波を使用するテレビ局のあるべき姿だよ。それが警鐘を鳴らす本来の正しい姿勢でしょ。加えて、過去の自らを検証することも、不可欠とまでは言わないけど必要事項だ。
君達がやっていることはそのどれもが明白に不十分だ。その姿勢は番組として不誠実だ。痛烈に猛省しろ。過去を戒め、今後を改めろ!」
やや不貞腐れて徹は漏らした。
『それこそ、この第7話の冒頭じゃないけど、おれに言われてもなぁ。番組の方針があるし、スポンサーの存在もあるし、視聴者の反応もあるし、台本もあるし、打合せもあるし……』
「おいおい、それは聞き捨てならないよ。君が今言ったどれをも逸脱している存在が玉ちゃんだよね! 番組の意図に拘わらず、暴れ回って賑やかすのが君の役回りだよね! タマガー・ジェット・シンの役回りだよね!
それを今さらあれはフェイクでしたとは、ホントだとしても言っちゃいけないよ。ボクも聞きたくない、そんなカミングアウト」
眉尻を下げて徹は言った。
『そこまでは言ってないだろ。それにやめろよ、そのジェット・シンっての。
おれはただ、テレ浅の社員であって局や番組の方針には、些細な部分は別として核心の部分ではさすがに逆らえないってこと。抵抗はするし、態度にも表すけど、所詮はそこまでさ。
でも、今の路線には同調してるよ。大筋で正しいと思っているし、間違ってるとはこれっぽっちも思ってない』
興味深そうに司は受け取った。
「局や番組の方針……意向ね。うん、いいことを聞けた。この仮説は次話以降に披露することにしよう。
晴恵ちゃん、アナタはCPR検査、CPR検査って呪文のように繰り返して視聴者に不安を喚起してるけど、クルーズ船の時はこう言ってたよね。
『CPR検査は精度に問題がある、完璧ではないので過信は禁物です』
それが今やCPR検査教信者のように、いや、小林先生言うところの教祖のごとくCPR検査強硬論。その変節は核心的問題であり、視聴者への重大な説明責任があると思うんだけど」
『私はその状況、状況でエビデンスに基づいてサイエンスで申し上げております』
司は鼻で笑った。
「そのつもりはないってことね。そりゃ、そうだろうね。改心して自己批判とか総括とかされちゃったら歴史が変わっちゃう、事実と乖離しちゃって大変なことになるからね。ゴメン、意味不明なことを言って。
変な話だけどボクね、何故か未来を知る予言者キャラになっていてね。ジョネトラダムスだよね、リアル・バージョンの。第1話からそうだったなぁ、今思うと。2月の設定の場面で5月のダレノガレ明美さんの件を持ち出したもんな。あれでボクの未来を見透すキャラが確定してしまったんだな。
でも、どうしても言いたかったんだよな、あれ(笑) そのせいで予言者キャラが出来ちゃった。なんか懐かしい気がするよ、来月に起きる話なのに(笑)」
自らの置かれたポジションと時系列を確かめ、司は続けた。
「そんな能力者のボクが宣告する!
コロナ騒動が沈静化していく段階でメディアはやがて、コロナについての発言者の信憑性の有無を検証するだろう。残念だけど、アナタは感染症研究者として、専門家として失格の烙印を押される。アナタの発言はことごとく裏目に出るからね。
持ち上げて、持ち上げて叩き落とすのは彼らの得意とするところだ。専門家としてのテレビの登板も少しずつ減っていって、ついには失われるだろう。ホント、残念だけどね」
意外にも目の奥の光を輝かせながら彼女は尋ねた。
『専門家としては承知致しました。では、テレビのタレントとしての私はいかがで御座いましょうか、先生』
「先生って、細木数子じゃねぇ~し! 占わね~~し!
でもまぁ、予言者ジョネトラダムスとしてはそうか、超絶当たる占い師でもあるか。けど、言えるのは確定したことだけだしな。執筆中以降の未来のことを訊かれても解かる訳ないし。
うん、まぁ、晴恵ちゃん、それはアナタの努力次第! 頑張れば道は必ず開けると思うよ」
その場しのぎの出まかせに彼女は何故かいたく感銘を受けた。
『痛み入ります。その御言葉を胸に精進いたします』
そう言って彼女は席を後にした。
〇 司(09分27秒 占術的延髄斬り→体固め)晴恵ちゃん ●
第8話へ続く