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『コロナ怖い』狂騒曲  作者: ゲッタートマホーク
4/8

第4話 僕は誰だと問うボク

 店の外に出ると街はすっかり夜の帳が降りていた。冷気が(つかさ)を包む。襟を立て、家路へ向かった。ふと、さっき別れたばかりの放心している(とおる)の姿が目に浮かんできた。


 あまりにも呆気ない幕引きに肩透かしを食らったんだろう。相当な衝撃を受けた様子だった。しょうがないだろ。これ以上無駄に頁数を増やすわけにはいかないんだから。まぁ、彼にしてみればステーキと寿司と天ぷらが出されるよ、と思い込まされているところへ御茶漬けと漬物が出てきた時のような心境だったのだろう。御茶漬けも結構美味いんだが。そういう問題ではないか。その例えもどうかな。


 それはそれとして、果たして彼はコロナに対して正しい認識を持ってくれたのだろうか。限られた制約の中でやれるだけのことはやったはずである。不満はたくさんあるだろうが、きっと納得してくれているに違いない。そういうことにしておこう。


 ここまでたどり着くのにいったい、どれだけのキータッチを繰り返してきたことか。それを2話、3話が膨らみすぎたからといった理由でどこかを割愛などできるはずもない。他ならぬこれは記念すべきデビュー作なのだ。膨らめば膨らむままに、それが楽しいと感じたならさらにそれを膨らませる。逆に、意表を突くのが面白いと思えば最少文字数で唐突に終わらせる。それだけだ。


 玉ちゃんには申し訳ないという思いもあるが、それが君の役回りだ。悪いが諦めてくれたまえ。


 くれたまえ?


 それにしても、この口調のこのキャラクターの僕はいったい誰なのだろう。もちろん、僕が司であることに微塵の疑いもない。だが、その司がいかなるキャラクターを演じているのかが気になって仕方ない。第1話とはまるで別人格と指摘されても否定できないくらいの自覚すらある。どの時点で今のこのキャラクターが自分に宿ったのか。


 第2話の冒頭、玉ちゃんの台詞に心の声で対応していた場面。あれは間違いなくボクだ。例えば、半地下芸人のチャンスさんのギャグをクスりともせずに真顔でスカす。それによって笑いを何割か増すことが期待できるというパターン。ボクはあの場面でそれをイメージしていた。あの時点の司は紛れもないボクだった。声には出していないものの、あの思考はボクそのものである。


 分岐点は手をかざして玉ちゃんを制したシーンか。いや、もっと前、コロナについて語る自分。あの時はもう既にボクではなかった! 第2話に入って第一声を発した時、あの時にはボクではなかったのだ!


 カフェの外を見渡して玉ちゃんに視線を戻すあの描写。意味があるのかないのかよくわからないあのシーン。読書好きなら似たような著述によく出くわすであろうあの表現。あの瞬間に何者かが司であるボクに憑依した。

 司は紛れもないボクであるが、司に憑依した何者かは僕だった。ボクである司に憑依した僕は何者なのか。ボクは問う。司であるボクは問う。僕に問う。司に憑いた僕に問う。僕は何者なのだ。



 僕はボクだよ。



 おかしな考えはやめたほうがいい。とくに、内なる他人とか多重人格がどうとか憑依がどうこうとかは最悪だ。なにが最悪かというと、素人のこの作者にそんな大掛かりな物語を書ける訳がないだろう。


 その仕掛けを拵えるのにいったいどれだけの資料や蔵書を読みこなさなければならないか。考えただけでうんざりするよ。素人投稿だから無責任に書いたところで問題にならないという人がいるかもしれないけど、それにしたって最低限の基礎的なことを把握していないと書くに書けない。失礼だがこの作者にそんな器量は微塵も認められない。期待していた読者がいたなら残念だが僕はボクだ。そしてボクは司であり、司は僕である。


 自分が単数ではなく複数存在していることは、意識しているかどうかは別にして誰もが経験して身についていることである。家族の中の自分、学校や会社の中の自分、趣味やサークルの中、ネットの中の自分、周囲が目上の人の中の自分、仲間内での自分、恋人とふたりきりの自分。それぞれの環境や関係性でそれぞれの違う自分がいる。


 微妙な違いかまるで別人かはその人の個性や置かれたそれぞれの場面、立場によってさまざまだが、人は他人との関係性を保つ生き物として誰もが複数の自分を持たざるを得ない。それに気付いて、それに悩んで作品にした夭折のロック歌手もいたね。でも、仕方ない。それが人間の宿命なんだ。




『そんな詭弁にだまされないぞ!!』




 いつの間にか徹が目の前に立ちはだかっていた。


『もっともらしい一般的な話をもっともらしい口調で語っているからもっともらしく聞こえるけど、そんなのは詭弁だ!

 数少ない読者のみんな! 騙されちゃいけない!』


「おいおい、玉ちゃん。君の出番は終わったはずだ。次話まで出てきちゃだめだろ。作者もびっくりしてるよ、きっと」


『うるさい! そんなことはどうでもいい! おれは気づいたんだ、君の正体をな!』


 司は自分の鼻をつまみ、耳たぶを指で挟んでぶるぶると振動させた。なぜなら、すべてを読み切って途中途中で詭弁を弄し、最後の最後で種明かしをするのが彼の役回りである。それをあろうことか出番の終わったイジられ役の徹が乱入し、ネタばらしして筋書きをぶち壊しにしようとしている。


 思いつきなのかキャラが勝手に暴走したのかわからないが、語り部が思いもかけない奇妙な動きを唐突にみせたということは、始末は自分でつけてくれという作者への抗議であり伝達だった。



『理屈っぽい喋りで煙に巻く詭弁、ミステリアスな仕掛け、決め台詞、君は司くんなんかじゃない! 憑き物落としの京極どぉ…う…!』


「はい、不審者確保!! こんなとこにいたのか! 通報があって昼過ぎからずっと探してたんだぞ」


 突如、徹は警官に連行された。


 ある程度長引くのは我慢するからさぁ、面白くしたいのはわかるけど処理の仕方も少しは考えて進めてくれよ。で、なんだよ、"連行された"って。苦しまぎれもいいとこだよ。職質も令状もなしで無茶苦茶だし。ちょっとだけ面白いけど。1話の冒頭と上手く繋がったし。


 彼の推理は概ね間違ってはいない。だから唐突に連行されちゃったんだけど。真相はこうだ。さっき触れたカフェの外を見渡して視線を玉ちゃんに戻す場面。あのシーンを書いた作者が、知らず知らずのうちに大好きな大御所作家の作品シリーズに引っ張られたんだね。


 バカだよね~。素人あるあるだけどね~。途中で気付いてはいたんだけど、面白いし割と巧く嵌ったもんだから修正せずに最後まで突っ走っちゃった。玉ちゃんの乱入は想定外だったけど、とにかくこの第4話の着地はなんとかなったかな。



 徹が連行された歩道を通り過ぎながら、横浜で停泊しているクルーズ船に司は思いを馳せた。実質上の船内隔離である。検疫、防疫の観点からみてそれは正しい判断なのだろう。実際、アメリカの防疫のエキスパートCDCの助言を受けてとの信頼度の高い情報もある。


 耳を疑ったのは平素は人命、人権の尊重を標榜している左派の論客が一様にこの隔離に賛同していることである。リベラルの名が泣く。森友問題について"右派の劣化"と評した左派のコメンテーターがいたが、どの口が、という話だ。


 もし、船内で感染が伝播したらどういう事態になるか。そんな想像力すら持てない連中である。また、船内は狭小なため運動不足や精神面等の健康被害も心配される。下手をすると国際的な人権問題に発展する懸念がある。時系列の超越ではなく、リアルタイムで司はそう考えていた。


 ただ、文字通り水際でウイルスを遮断できていたのならそれも理解できなくもない。対策の一環として納得できる部分もある。しかし、武漢から多くの旅行者が既に訪日している現状で、クルーズ船の隔離に意味はほとんどない。船内が地獄と化す恐れを指摘しないメディアにはあきれるばかりである。


 クルーズ船についての思考を閉じ、司は最後に思った。京極先生、ごめんなさい。素人作者からの伝言であった。


第5話へ続く

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