徒然なるままに……
突拍子もない話ですが、
ある著名人の、自伝を読みました。
本を開いたところに、一枚の写真があって、
その写真は、遊園地らしきところで、
子どもが、女性に抱えられて写っているんですね。
子どもは、その著名人、本人の小さい時であることは、分かります。
では、
その抱えている女性はとなると、普通、その著名人の母親だと思うじゃないですか?
それが、違ったんです。
その女性は、著名人の叔母でした。
つまり、著名人の母親の姉妹です。
私は、それを著名人自身から聞きました。
その自伝の発売記念のイベントに行き、
その著名人のトークショーで、生で聞いたんです。
その自伝を、何度読んでも、
私が、その事実に到達することはなかったでしょう。
私は、その著名人の自伝を買い、
遠方のトークショーに行った。
トークショーで、
ボーッとしていたら、
その事実を聞き逃していたかもしれない。
でも、私は、その著名人の話すことを、しっかり聞いていました。
その著名人に、私は、ずっと長い間、夢を見させてもらっていたんです。
話が、脱線しますね。
昨年、2019年、私は作家活動に本当に集中できたんです。
それは、なろう、で今も読めます。
誰かが読んでほしい、という気持ちが、一環して私の書くパワーの源になっていました。
話を戻します。
その著名人は、歌手なんです。
その人は、ある時、本気で歌手になろうとして自ら動いた。
私自身にも、最近、己に言い聞かせていますが、
もし、何か、叶えたい、成し遂げたい、やり遂げたいことがあるなら、とにもかくにも、やってみないと始まらないと思うんです。
2020年になった今、私は、小説を書くことを続けようと思いますが、まず、なろうで現在、完結済となって掲載している小説を、そのままにしていこうと思います(何か、ふと、削除したり、少し改変することが全くないとは言えませんが…)。
このことは、何もしないことが、私にとって、
何かをしている、という、ちょっと不思議な現象になるわけです。
村上春樹さんが、
とある小説の中で、
『完璧な文章なんて存在しない。完璧な人生がないようにね。』
みたいなことを書いておられ、
私は、私自身は、確かに、そうだと思うのですが、
この広い、世界、
「あら、わたしは、完璧よ♪今までも、これからも完璧なまま、人生を送るの!」みたいな人が、私は、いるように思えてならない
そんなことらを考える今日このごろです.




