第1話 虚夢
「たすけて」
鼻をつく鉄の匂いは自分の手を汚した。辺りには自分以外屍となって積み重なっていたり転がっていたりする。その数と同じくらいの武器もあり、少女が座りこんだ場所も血の水溜まりが出来上がっていた。溢した涙は覆った手の間をすり抜けて滑り落ち、下に澱んでいた血の水溜まりに音をたてながら着地する。
「だれか・・・助けてよう・・・」
紡がれる言葉はただ、真っ暗な世界に細々と響く。
「誰か、ここから出してよ !」
叫ぶ声はすら響くばかりで、自分の他に誰もいない。背後から伸びてくる無数の黒い手は少女を掴むと一気に地獄へ引きずり込むように引っ張ってくる。
「いやだよ・・・こわいよ・・・誰か・・・だれ・・・か・・・」
光を求めるように手を伸ばすが、あるのは真っ黒な虚空だけだ。もう、いいと言うように目を閉じかけた時だった。バリンっとガラスのように虚空は砕け散り、眩しい光の中から伸ばされた少女の手を掴む誰かの手があった。
『ねぇ、起きてよ。ねぇ、てばぁ!』
誰かがそうやって自分を起こそうとする。感覚でわかるのは自分が仰向けで寝ていることだけだった。
『起きないの?また、悪夢でも見たいの?』
その言葉にパチッと目を覚ます。首が動く範囲を見回しても、さっきとはうってかわって真っ白だった。
「ここは・・・?」
起き上がって、辺りを見回す。
「俺と立花が初めて会った所でもあるよ?」
背後から声がしてくる。振り返って見るとそこには、狩衣に似た着物を着た自分と同じ背丈ぐらいの黒髪の少年が、頬に手をあてがいながら寝転びながらも見上げていた。
「会った?」
「酷いなぁ~。会った事あるし、ずぅっと一緒に居たよう?あぁ、こう言えばいいか」
少年は上体を起こすと
「視覚制限で神器も使えなかったから俺とここで会えなかったし覚えてないって錯覚してるって・・・」
意地悪そうに笑いながら言う。
「大口真神・・・?」
立花はそう聞いてみる。
「んふふ、そうだよ?」
大口真神は愉快そうに笑うと、立花はじっと見つめる。
「うん?な~に?俺に見とれてさ」
「・・・小さくなった?」
ピタリと動きが止まる。
「別に小さいわけじゃないし。俺が元の姿と同じくらいの身長で会うと目線が合わないでしょ」
「ほう・・・」
「五尺二寸六分とか、本来の俺の身長はでかいんだよ!だから、神器を俺が扱えるさいずで立花に貸してるんだから!せめて、ここぐらいはいいじゃんか!」
ぶーっと頬を膨らませて言う。
「ここってなに?」
立花は膨れる大口に向かって問う。それに大口は真剣な眼差しで
「ここ?・・・夢と現実の狭間だよ。虚ろな世界だから、いつ崩れるかわからない。でも、ここで制鎖がされてるかどうかもわかるさ」
立花は何もない虚空を見上げた。
「悪魔が俺達神々の意識やら力やらを神器に詰め込んで出来たーーーだから、虚夢て言うのさ。ここには俺と立花以外いないし、もし来れるとするなら悪魔の奴ら以外いないよ」
何を思い出したのやらぶつぶつと殺してやるだの、噛み殺すだのがるるう!と唸り始める。立花はそれをどうどうとなだめているとガシッと腰に抱きつく。
「な、なに?」
「だからね?りつかちゃん、俺の~神器を~使うときぃ?性格変わったら~ごめ~んね?」
キラキラと上目遣いで見上げてくる。それに立花は
「はぁああああああああ!?」
「大丈夫だよ!神器を使いこなせるようになったらあの駄烏だって性格が変わるからさ」
大口はヘラヘラと笑いながら言う。
「駄烏ぅ?」
「大天狗だよ、立花の過保護者の持ってる神器」
過保護者は恐らく優夜の事だろう。立花が思いを巡らせているうちに大口は
「虚夢の反映は現実には起こらないよ。それに、」
トンと立花の額に自身の額をあてながら言う。
「そろそろ、現実に戻った方が良さそうだ。また、ここで逢おうよ?怖い夢を見るようだったら俺が助けてあげるから・・・俺は立花の味方だよ」
それにと付け加える。
「やっと俺も視覚制限なんてやつの邪魔が消えたんだ、これからは神器としての力を立花は使えるし俺自身も立花に力を渡すことができる。・・・同じ景色を見て楽しむよ」
すっと離れると
「あの時の約束を守ってくれるんだろう?世界を変えるんだろう?」
くるんくるんと回転しながら離れていく。
「力が欲しいときは呼べばいい。お前に助けられた恩は何があろうと成し遂げてやるさ」
立花は立ち上がり、気配と同化していくかのように淡い光に包まれ始めた大口に
「ありがとう・・・」
と呟けば、大口は背を向けたままヒラヒラと片手を振るう。が、くるっと向きを変えると
「約束を破ったら、」
「あなたに殺される・・・だよね」
ふふんと笑いながら大口は消えていった。
「また、会えるんだよね」
立花はふと目を閉じた。