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囲われた街  作者:
3/4

時間と言う概念が存在しない学校

 さて、俺たちが通う学校には時間と言う概念がない。

 というのもまあ言ったよな?時計塔が壊れているって事なんだがしかし、それだけではないのだ。元よりこの学校の、いわばチャイムは時計塔の鐘が合図だった。だがその時計塔が時間を刻まなくなってしまっては当然鐘が時間を教えてくれることもないのでほとんどの生徒に半ば強制で腕時計を所持させているのだ。でもまあ高校生と言えどもまだ子供だし若い。社会に出た経験も少ないし働いた経験だって少ないだろう。つまり、時給と言う考え方を持っていない。ので、多少遅れても良いんじゃねえのって考えているし、教師側も時計塔不調のせいで多少の遅刻はやむを得ない、と考えて遅刻者を罰したりとはあまりしない、そのせいで生徒の甘い考えを助長させているのだ。どうにかするべきだろこれはさすがに。

 いや俺は別段真面目に学校に通うかって聞かれたら一瞬の更に十分の一の速度で首を横に往復させるだろうがそれでもまあやっぱり怒られるとか、成績とか、そういうのはネックだ。だから基本的には学校に来るし極力遅刻もせず授業を受ける。それが俺のスタンス。事なかれ主義、とはまた違うのだろうが面倒ごとを避けるためには多少の面倒は我慢しようと考える質だ。普通だよな?

 しかしそんな俺のスタンスとは裏腹に、世間は非常だ。もっと簡単に非道と言っても良い。ちなみどうでも良い話だが『酷い』と言う言葉、一説では『非道』を弄って『非道(ひど)い』からできた、という話をご存知だろうか?いやごめん俺も知らない適当こいた。しかしすまんが、これどうも結構有力らしいんだな。確かに非道って言うのはまあそう言う事だよな。ひどい、つまり嫌な事をされた。要するに人の行為に反することをされた。なるほど日本語はやはり面白い。馬鹿はもう少しこういうのに興味を持った方がいい。俺は興味ないけど。

 話が反れたな。世の中はそんな真面目な俺を嘲笑うように無情に非常に現実をのしかけてくる。面倒な人間を俺の周囲に設置する。俺は、何故か昔から妙な連中に好かれることが多かったのだ。

 エイレーンが俺の人生をクソだと言って、それの影響で血が美味いと付け加える。しかし腹立たしい事に事実なのだ。変な奴が昔から集まったのだ。いや集まるとは違うのか。目を付けらえれやすいのだ。

 もちろん不良に絡まれやすいとかそんな話じゃない。まだ俺が幼稚園の頃は三回ナイフを持った男に追いかけられたし(それぞれ別の男)小三の頃に俺の部屋にダイレクトに侵入してきた泥棒が二回。郵便局に言った高一の頭にタイミングの悪い事に強盗に出くわした。しかも何故か一番離れてた俺が人質に選ばれたり。他にも挙げたらきりがない。俺の人生は常に何かに付き纏われている。

 お祓いにも行った。しかし胡散臭い霊媒師なるババアは「あ、これそういう星の下に産まれたね」だなんて微笑みを浮かべながら言いやがる。何だよそういう星って、人の人生を危機一髪だらけにする星があったのならその星の住民どうなってんだよ。毎日が危機一髪か。そこまで行くと逆に何かに目覚めそうだがな。止めてくれ。

 で、それは今も変わっていないのだ。

「このガキャああああああああ!」

 俺の目の前では、死闘が繰り広げられていた。血で血を洗う戦争、だなんてカッコいいものではない。ただ殴り合うように、文字通り殴り合うだけの戦い。痛そうだ。喧嘩する奴の気が知れん。俺は喧嘩する暇があったら寝ていたいね。

 一人はエイレーン・H・ハドソン。吸血鬼(自称)。

「うるさい奴だ。地域住民に迷惑になるとは考えないのか」

 一人は一本道迷(いっぽんどうまよい)。風紀委員長(他称)

 お前が一番風紀乱してるよ。仁科さん以上だ。

 こいつら二人は何故か、本当に何故か仲が悪い。

 確かこいつらが初めて顔を合わせたのは一年位前か。俺が、それぞれと知り合い、まあそれなりに嫌々ながらも接していた頃だ。グランド(昇降口前の広間)で、会っちまったわけだ。タイミングが悪かったんだよ。

 その日は雨で、エイレーンも普通に日傘も刺さずに登校していた。で、一本道は何を考えていたのか雨の日に傘もささずに(エイレーンの場合天気が悪い日に傘をさす人間の気持ちの方が分からないらしい。お前の頭が分からんよ)修行でもするかのように昇降口前で地面に突き立てた金属バットを両手で杖にするようにして仁王立ちしてたのだ。その頃には既にいくつかの伝説を残していたので一般生徒たちは彼女に怯えていた。そりゃそうだよね。特攻服着て金属バット持って、それだけじゃなく実害があるんだもんな。誰だって怖いさ。俺も怖いし幼馴染の小町だって若干ビビってる。

 で、双方がそれぞれ俺に気付き(俺も両方に気付いていたが気付かないふりを貫いていた)、声をかけようと近寄ってきて、目が合ったのだ。エイレーンが一本道の目を見て。一本道がエイレーンの目を見て。

 で、一瞬だった。「あれ?知り合いだったりするのかな」なんて考える暇もない一瞬。

 彼女たちは殴り合っていた。

 一本道がエイレーンの左側頭部にバッドをフルスイングで打ち付け、エイレーンが一本道の顔面に全体重を乗せた拳をぶつけた。

 当然双方無事では済まなかった。エイレーンは頭蓋骨かち割られて流血していたし一本道も額を割られて流血。でもこいつらは止まらなかった。騒ぎを聞きつけてきた小町と仁科さんに取り押さえられてからようやく止まった(生徒も先生も唖然として動けなかった。ちなみに俺は逃げた。巻き込まれたくなかったから)。

 それからというものずーっと仲が悪い。顔を合わせれば喧嘩。顔を見なければ探し出して喧嘩。お前ら本当は仲いいだろ。そう言いたくなるぐらいの執念を感じる。

 で、今もこうして喧嘩してる。

 まあ正直な話。今回に限ってはわざとだ。これでどっちかが死んでくれれば俺的にラッキーだし両方死ねば天国。なんでこいつら生きてるんだろ。

 いや待てよ?エイレーンは自称とは言え吸血鬼だ。吸血鬼って死ぬの?不死身の設定で登場する作品も多いよな。どうなんだろ?今度聞いてみよう。

「ねえしーちゃん。止めなくても良いの?」

 明らかに人体から聞こえてはいけない何かが砕けるような騒音が響く中、小町がそんなことを言ってくる。そうだな。ここはどっちが勝つかで賭けでもしてみたいところだが一年間続けてそれでも勝敗は一度も決していないのだ。今回もどうせ、すぐ終わるだろうよ。

「いいよ。それよかそろそろ時間か。遅刻しちまうから置いていく」

「いいの?」

「いいの」

 そう言いながら椅子から立ち上がって腕の血をピッピッって払う。直ぐに小町がそれをタオルで拭って理科準備室の品だろうガーゼを張り付けてくる。気が利く。ま、お礼を言ったりはしないけどな。

「おい!俺はもう行くからな!エイレーン、血はまた放課後にでも改めて!その時は邪魔するなよ一本道!あと一本道は昼休みにでもまた顔出すわ!」

 未だ人体からは想像も出来ないような叩きを繰り広げる二人を振り返ってそう言う。騒音を撒き散らしているので念のために声を出す。しかしまあ聞いてねえか。

「うるせえぞ!クソが!」

「うるさいぞ。私は低俗の相手をするのに忙しいんだ」

 聞こえてんのね。まあさすがに声出したしね。

 まあ邪魔物みたいなんで帰りますかね。俺は二人に背を向けて理科準備室を小町共に出る。

「「ここは私に任せて先に行け」」

 ……

 何言ってんのこいつら。やっぱり仲いいだろ。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 さて場所も変わり時間も変わって今は昼休みだ。結局あの後、教室に戻ってからもあの騒音は聞こえてきた。特別棟は隣の棟だから聞こえても不思議ではないのだがなんか揺れてね?とクラスの男子がぼやくぐらいに壮絶な戦いだったようだ。お前らは何人だ。

 しかし昼休みになってから、というか腕時計を見るとまだ昼休みになって一分と経過していないのだがどうしようか。一本道の所に顔を出すとは言っていたがどうせ怪我しているんだろうし、もしかしたらいつもいる音楽室にはいないかもしれない。だったらいいか。別に行かなくても。ていうか昼休みに顔を出すとは言ったが直ぐに行くとは言っていないしさすがに多少遅れても問題ないか。先に飯食ってからにしよう。

「おーい小町。飯食おうぜ」

 教室の隅で何やら床をナイフで小突いていた小町を呼びながら鞄からコンビニのパンを取り出して机に置く。ていうか小町本当に何やってんの?昔も変なところあったけど最近さすがに心配なんだけど。まあとは言えそもそも連続殺人事件の犯人である小町だ。少しの奇行など今更だろう。ほっておくのが吉だ。

「またパンだけ?しーちゃんちゃんと食べなきゃダメだぞ~」

 お前にだけは言われたくない。お前は飯こそ馬鹿みたいに食うが寝るという事を覚えた方がいい。お年頃の女の子なのに化粧もろくにせず隈だらけの顔が凄く不細工だ。

 小町は言いながら重箱の様な弁当箱をリュックから取り出して俺の机に置く。お前の荷物それだけじゃないだろうな。学校に何しに来てるんだ。

「ご飯食べに来てる~」

 ……そうか。家でも良いだろうに。

 と、まあそんな感じ。ここまでで昼休みに入って大体二分半くらいだ。

 小町が弁当箱の蓋を開けて、俺もパンの封を切る。

 瞬間。

 再度がしゃーん。

 教室の入口の、二つあるうちの前側の扉がガラスを吹き飛ばしながら土下座するかのように床に倒れ込んだ。扉が土下座って……ぷ。

 まあ、なんて考えてる場合じゃないんだ。その扉を足で無理やりに踏みしめて倒した相手は誰あろう、またも一本道だ。お前は扉の概念を勉強し直してこい。金属バットで打ち倒すもの、だなんて文句は世界中の辞書を引いても出てこないぞ。

 そして扉を倒してから一本道は教室中を見渡すようにぐるりを顔を巡らせた。目が合う度に一般生徒をビクつかせている。止めてあげて。

 しかし直ぐに俺が半分ほど出したパンを口に突っ込もうとしているのを発見し、走り出した。いやもうね?走るって言うか飛んだよね?机を蹴るように渡ってきて俺の所までマジ高速で突っ込んでくる。

「あぶねえマジでぇ!」

 そんな声を上げながら俺は高速で接近してきた一本道の金属バットを床に倒れるように避ける。

 俺が避けたことで目標着弾ポイントを失った金属バットはその勢いのまま机にぶつかり、甲高い衝突音を教室中に響き渡らせた。

 しかし机に当たる、という事はその上に置かれていた物にも被害が及ぶことを意味する。俺の焼きそばパンがただの生地になっちまった。まだ開けてもいないのに。

 そして、当然小町の重箱の様な弁当箱にもその衝撃は伝わる。

 ここで一つ小町と、小町の弁当箱について。

 小町の弁当箱はそのサイズにしてはカラフルでメルヘンな感じのデザインだ。五段構造になっていて横面にはジャージ同様何かのキャラクター。

 次に小町の食事に対するこだわりだ。

 小町は何故か、大好物を一層目、つまり一番上に置くのだ。それだけ。ちなみに嫌いな食べ物はない。好きな物レベル、なるものが存在するぐらい。

 説明終了。

 金属バットの衝撃で机が一瞬だけ大きく動いた。その影響で小さく飛んだ弁当箱はそのまま床に落ちて行って。

「危ない!」

 俺が受け止めた。ナイス俺。

 だが当然それで終わる程俺の人生はハッピーじゃない。アンラッキーの名のもとに産まれた俺が手を伸ばしただけで全てのものを拾えるはずもない。

 つまり、小町の大好物が詰め込まれた第一層目は、元から離れ、床に孤独に転落死した。中身をぶちまけながら。

 俺の思考は止まった。目の前の現実は現実ではない夢だとそう思いたいが生憎俺の寝起きは悪くないと思う。白昼夢を見るような質でもない。まるきりこれは現実である。

 俺は呆然とする。小町も呆然とする。一本道だけは怒りに満ちた顔で俺を睨みつけていた。

 そしてその顔のままバッドを持っていない左手で俺の胸倉を掴み上げた。この時に気付いたが一本道の顔は腫れあがっていて額や頬にガーゼを張り付けている。この様子だと結局エイレーンとはまた引き分けたみたいだな。もうお前ら友達になればいいのに。

「なあしのすけ。昼休みに顔を出すと言ったのはお前だな。何故来ない」

 そんなことを言いながら一本道は右手の金属バットをゆらりと持ち上げた。その顔はさっきも言ったがすんごい怒った顔をしている。影の風紀委員長だなどと言われる所以になったのは何もその暴君的な行動のせいだけではない。彼女は滅多に表情を動かさない。何時も無表情で無感動。それがデフォ。もし彼女が常に今のような顔を常にしていたのなら彼女が陰で「鬼人大一人衆」と俺が言ってるのと同じく鬼の風紀院長と呼ばれていたはずだ。だからその顔を始めてみた者も多いらしく(俺はもう何度も見た)教室に残って弁当を突いていた連中は愕然とした表情を浮かべて足をガタガタさせている。そうだね、怖いね。俺が一番怖いよ。

 俺は慌てて教室に立てかけられている丸いアナログ時計に目をやる。昼休みが始まって、この段階で四分。

 ……短気すぎだろ!

「ねえ、それはまあ良いんだけどさ」

 良くねえよ。とそんな感じに冷たい声音を発したのは、今度は誰あろう、小町だ。普段ののんびりとのぼーっとヘラーっとした雰囲気とは正反対どころかもう何かを突き抜けちゃうぐらいに対極な声を出した小町。彼女は感情が完全に消えてハイライトさんがストライキを全面的に行ったらしい両目で一本道を見つめる。

 そして気付いた。俺と一本道の顔と顔の間には、一本のナイフが置かれていた。

「これ、どうするの?私のから揚げ」

 説明追記。小町は大好物が食えない状態に落ちると。

「殺すぞ」

 マジ切れする。

 ちなみに件の唐揚げ、いやそれに限らない小町の大好物たちは今や教室の床に大好きだと愛情を叫ぶようにハグをし、落下の勢いと自重により潰れてしまっている。まあ潰れるだけならまだしも普段人の足で踏みつけられて何がこびりついてるかもしれない床だ、いくら好物でも拾って食べようとは誰もしないはずだ。いや小町ならしそうだな。ていうか多分通常時ならする。

 しかし今の小町は通常時のあほな小町ではない。マジ切れこまっちゃんだ。このこまっちゃんは怖い。手が付けられない。とりあえず対象を半殺しにするか何か別の対象、例えばお菓子とかを与えてやらない限り止まらない。アレ結構手軽じゃん。

「殺すだと愚物が。群れていなければ何も出来んような奴が大きい口を利くものではない。殺せるものならやってみるがいい」

 一本道がそう言いながら俺の胸倉を掴んでいた手を乱暴に払う。痛ぇよ。ふざけんな。ていうか群れていなければって単純にお前が友達出来ないだけだろ。ひがむなみっともない。

 そして俺を押し飛ばすようにして一本道は小町に向き直り金属バットを肩に乗せた。

 小町もそれに反応してジャージの腕からナイフを滑り出させた。それカッコいいね。どうやってんの。

 両者睨み合う。小町は首と腕の関節を鳴らし、一本道は呼吸を整えるように肩を揺らした。

 さあここでもう一度賭けでもしてみようか。どちらが勝つか、だ。

 一本道の得物は見ての通り金属バットだ。小柄な体型からは予想も出来ない得物だがこいつはなかなか器用に使いこなす。お前は音楽部ではなくソフトか野球に行け。あ、潰したんだっけ?何やってんだよお前。

 しかし金属バットは見ての通り長物だ。リーチが良しなものだから逆に近距離には向かんだろう。ある程度距離が開いていないと全面的な威力を発揮することは敵わない。何より懐に入られたらバッドを振るうことも出来ない。……そもそもそういう使い方をするものじゃないけどね。ボールを打てボールを。

 次に小町。ナイフだ。ナイフは逆に近距離においてはほぼ無敵だろう。小回りも効くし一撃必殺だって可能だ。しかし逆にある程度以上に距離が開いてしまうとただの金属塊でしかない。一本道に距離を開けられてバッドを振るわれれば的にしかなるまい。

 教室にいてこの光景を震えながら傍観する一般生徒はさておいて、さて、一体こいつらは、いやこの学校は何を目指しているのかと疑問符があふれ出て滝を形成する勢いの光景だがこの二人、さてどちらが勝つか。

 威力抜群で中距離向け金属バットの一本道か。

 一撃必殺で近距離向けナイフの小町か。

 解=邪魔が入る。

「はいちょろっとーお二人さん邪魔するよ~」

 いつもこんな感じ。大体この二人が喧嘩する時は本当に大災害が起きかねない、と言う理由でこの人、仁科一科が必ず駆けつけるのだ。是非ともエイレーンVS一本道の時もそうして貰いたい。しかしまああの二人の場合は校舎が倒壊する可能性があるくらいで小町程ではない。校舎倒壊、なるほどこっちの方が重要か。

 仁科さんは片手を拝み手でもするようにちょいちょいと動かしながら中腰で睨み合う一本道と小町の間へ入っていく。さしもの二人もその行動に一歩下がって道を開ける。ちなみに異人三人衆と鬼人一人衆の中で最も影響力、根本的力が強いのはこの仁科一科だ。生徒会長を務めているのもあってなかなかの指導力を見せる。しかし実際そのせいもあって暴挙が文字通り存在するかのような一本道にあまり大きく動けない、と言うのもある。なかなか複雑な力関係なのだ。本当にどこ目指してんだこの学校は。あ、ちなみに一本道は俺と小町と同学年。エイレーンの場合は不明。本当にここの生徒かも不明。おい大丈夫かこの学校。

「ハイ喧嘩しない喧嘩しないの。小町ちゃんには後でおかし買ったげるから。一本道さんはもうそろそろ私も無視できないよ?今日だけでも二枚扉壊したでしょ?修理費だってタダじゃないんだからいい加減退学になるよ」

 逆に何故ならないのか、と言う疑問はさておき、顔を突き合わさんと前のめりになる二人の顔を押さえながら仁科さんはため息を吐いた。この二人を前にため息。俺だったらため息の前に血を吐きそうだ。ストレスで。

 ちなみにため息とため池。これ語源同じらしいぞ。嘘だが。

 仁科さんの言葉にふんと大げさに顔を背けた二人は一応とばかりに距離を取る。しかし睨み合いは続けている。止めんかマジで。仁科さんキレると本気で怖いんだよ。

 しかしまあ形だけでも喧嘩を止めた二人に満足いったのかうんうんと満足げに頷く仁科さん。生徒会長まじぱねっす。そして仁科さんはその満足気な顔を閉まって俺の方に向き直る。

「しんちゃんちょっと良いかな?」

 良くないです。俺の焼きそばパンがピザ生地になったのでとりあえず買い直したいです。

「しんちゃんの依頼について、なんだけど」

 仁科さんがそう言うと小町の方がピクリと反応した。そして床に座り込むように膝を抱えるとそのままの耐性で足を小さく小さく動かして俺と仁科さんに接近してくる。怖い怖いよ。そんな幽霊いそうだよ。

「ま、場所を変えようか」

 まあ確かに仁科さんの登場により教室は一層騒々しくなった。いやもっと絶望に暮れたような表情と言ってもいいかも知れない。何せエイレーンがいないとはいえ奇人がここまで揃っているのだ。もしエイレーンがいたら心臓麻痺で死ぬ奴が現れても不思議ではない。いやマジで。

 俺は仁科さんに頷いて教室を出るために身を翻した仁科さんについていく。小町もやはり先ほどの体勢のまま俺の後ろについてくる。怖いよ本気で。普通に歩けよ。

 まあそんなこんなで戦々恐々な教室を出て廊下を少し歩く。するとまあ予想に違わず発散場所を失った一本道が金属バットで教室の机を殴り飛ばしたらしい音が廊下にまで鳴り響いた。

「本気で退学になっちゃうわよあの子……」

 逆に何故しないんですかね生徒会長さん。実は好きだったり仲良くしたいとか思ってるんですかね?やめてください今でこそ三人対一人だからバランスが取れているけれどもしそれが四人になったらどうするの?誰と戦うの?学校?国?滅んじゃうよ本当に。今のままお前らだけで争っててくれ。俺はそれを傍観する。俺の立ち位置はそのままでいい。巻き込まれたくはない。

「そんなこと言って、もう君は十分主犯格だと思うよ?傍観者のしんちゃん?」

 仁科さんが俺を振り返って微笑みを浮かべながらそんなことを言う。止めてくれ。死んでしまいます。

 しかしまあ否定は出来ない。

 俺自身も個人で悪さをしたことがないでもないし何度となくわざとそうなるように仕組んで小町だりエイレーンだり一本道だりをぶつけたりとしてきた。ちなみに仁科さんは戦うとか喧嘩とかそういうタイプではない。ただただその人の人生をぶっ壊すようにして徐々に徐々に追い詰めていくのだ。まあこの街の住民全てにストーカー行為をやる様なアホだ。情報量ならそこら辺の特殊部隊以上にもっているのだろうさこの街に限っては。それが一番怖い。喧嘩の場合は逃げればいい。あるいは説得でもしてしまえば良い。しかし仁科さんタイプは俺の手には負えない。情報を操るとか手に入れる手段はそれこそ仁科さんくらいにしか持っていない俺に勝ち目はないのだ。この人に勝てるような人間は異人三人衆でも鬼人一人衆でもいない。実質最強がこの人だ。まあそれに個人で挑む一本道もなかなかだが。

 場所を少しだけ移動して普段滅多に人が来ない非常階段まで来る。通常であれば施錠されているはずのその非常階段入口だが、今はバキバキに砕かれてフレームが現代アートのように拉げている。ちなみのこれをやったのはエイレーン。校門閉められて、昇降口の鍵も閉められたからと言う理由で非常階段をぶち破る様なぶっ飛んだ頭。ホントどうかしてるぜ。

「で、小町の依頼に関してらしいですけどどうしたんすか」

 俺がそう言うと小町が大げさに頷きまくる。どうやら通常モードに戻ったようだ。仁科さんも何やら悩んだような表情を浮かべているがうんと頷き、口を開く。

「ま、情報が手に入ったからさ。まだ具体的な情報ではないんだけど伝えとこうかなって」

 なんだと?依頼したのは朝だぞ?それからまだ四時間ほどしか経っていないぞ?いくらなんでも早すぎだろあいらぶワールド。むしろワールドらぶしーか。

 しかしまあこの街の事件だしこの街の住民全ての情報を持っているとも言える仁科さんだ。可能性がないでもない。いやまあやっぱり以上に早いとは思うんだが、まあどこか適当な隠しカメラを確認でもしてたら偶然大当たりを引いた的な感じか。俺的にも小町的にも長引かれたら困る内容ではあったから正直助かる。あまり時間をかけるとその分だけ料金が発生するからな。高校生のお財布事情は常に氷河期なのだ。バイトするような精神の持ち主でもないしな俺は。

 仁科さんはやはり何やら悩んだ様な、何かに納得が行っていないような表情を浮かべて右手を顎に当てている。なるほど隠しカメラチェックの際に何か変な物でも見たのか。それは大変だ。

 まあそんなこともあるまい。そんな事でいちいち顔を曇らせていたらストーカーは務まれないしそんな質でもない。では一体何が仁科さんをそこまで怪訝がらせる?

 仁科さんはまさに重い口を開く、といった風にようやく顎から手を離して口を開いた。

 多分、これが全部の始まりだったと思うんだ。

 止まった世界で、時間を失った街で、何かが、『何か』が始まる全てだったのかも知れない。

 彼女はまだ可能性の話だけどと前置いて口を開く。


「この街には小町ちゃんの他にもう一人、あるいは二人以上の、殺人鬼がいる」

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