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囲われた街  作者:
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俺たちの世界は時間が止まっている

 俺たちの時間は止まってしまっている。

 こんな感じの小説の出だしならもしかしたら興味を引きやすいのかもしれない。

 だが事実を言えば単純な話で、俺が通う高校の、時計塔だな、その時計塔の針が止まっているだけの話だ。

 俺だけの話で言えば俺の時間は他の奴らよりも少しだけ早く進んでいる。

 こんな風なことを言えばもしかしたら変人キャラとして興味を持ってくれる奴も現れるかもしれない。まあそんな奴に興味を持たれても困るけれど。

 これも単純な話で事実を言えば、俺の時計は五分早く設定されているに過ぎないって事だ。世の中なんてそんな物だ。

 誰かが見るわけでもない時計塔も学校側は修理費を惜しんで壊れてから一か月経つが一向に業者を呼ぶこともしないし俺もいつの間にかずれていたその腕時計も、まあ何かこのままでいいかなと弄る事はしない。元々時計塔も、腕時計もファッションだし、要するに飾りだ。急を要する必要もないって話だろうさ。

 冒頭と矛盾するがもちろん教室に設置された時計の針は元気にうるさくカチコチ言っているし携帯電話のデジタル時計だってしっかり一秒一秒を刻んでいる。時間の概念がない世界に行きたいね。そうすればずっと寝ていられる。そうなれば俺の寝不足も解消されるというものだ。

 まあその寝不足も種明かしをするならただ単に俺が夜の散歩が好きってだけの話だ。

 みんなが寝静まり、車もほとんど通らなくなり、静けさに包まれたその雰囲気が好きなのだ。職質されちゃうけどね。

 まあそんなこんなで今は登校中。というか学校に到着した。俺が通う私立高校だ。この街はあまり大きな町ではないから高校がここしかないんんだ。だから地元愛に溢れた奴か変人か、あほでもない限りこの学校には来ない。しかし世の中不思議なもので、この学校の総生徒数は五百人近くになる。おかしいな。みんな変人なのかな。

 学校の門を潜れば目の前に時計塔。それと繋がるように、ていうか時計塔の一階が下駄箱、昇降口だ。その昇降口から右に行くと職員室や事務室、校長室があり、時計塔の管理室(とは名ばかりのただの物置)がある。

 左に行くと渡り廊下があり、それぞれの棟に別れるつくりだ。

 しかし毎度思うがこうして、昇降口目指して元気よく朝からお喋りしている奴らを見ると辟易する。よくもまあ朝からそこまで舌が回るもんだ。俺は朝日を見るだけで死にたくなるね。ていうか今すぐ寝たい。学校は社会に出る前の社会勉強の場所だ、などと大人たちは言うが事実どうなのだろうかと俺は思うのだ。

 何で最初から社会に出るシステムにしないの?と。

 わざわざ準備期間を作るメリットがわからん。そうなれば自然、家庭の事情や育成環境によって性格、価値観、学力、等々に大きな開きが出るだろう。差別してはいけないよと小学校の頃授業で習ったがその差別を強制、容認し、差別的階級を与えているのは他でもないその学校、社会ではないのかと俺は思う。

 学歴社会、などその最たるものだ。何故学校により勉強レベルが異なるんだ?全部統一にすればいいじゃないか。どうしても学力に差が出てしまうのであれば補習をするか、学力向上のために特別授業を繰り返すか専門の教室を作るべきだ。

 あともう一つ。日本には飛び級制度を作るべきだと思うんだよ。何故って?それこそ差別をなくすためだ。

 実力は実力として評価されるべきだしそこに年齢は関係ない。昔小六ぐらいの頃に先生になぜ日本に飛び級はないのか、と質問した所「差をなくすためです」とドヤ顔で言われた。いや逆に聞きたいんですが九十九人の凡人と一人の天才が同じ空間にいた場合居心地が悪くなるのは確実にその天才だし周りの九十九人だって常に天才の実力が視界に入ると思うんですがその点はどうするんですかね?虐めとか起きそうですよ?子供はひがみやすいからね。それこそ年齢や学年による差別ではないのかと思うね。国や肌で差別する奴はいるがそれとどう違うのかと苦言を呈したい。結局、年齢と言うカテゴリ、括りに納めていたいだけではないのかと。

 日本って何か根本的に違うんだよな。方法が間違っているというかそもそもの考え方がずれてる。しかもずれてることに気付いていないという厄介なパターン。しかも集団心理なのか風習や文化を正しいと思ってたりするんだ。だったらお前ら洋式に住むな和式の庭園に住め。うんさすがにこれは極論だな。

「おーいしーちゃーん」

 そんなどうでも良い、本当にどうでも良い事を考えていると不意に後ろから俺を呼ぶ声がする。しーちゃんは俺のあだ名であり、俺をこの名で呼ぶ奴は少ない。いや友達がいないとかそんなんじゃ無くてな?普通くらいにはいるよ五人くらい?

「しーちゃんてば」

 どうも寝ぼけたような声だ。間延びしていて、なんだか語尾が伸びてるように感じる。文字に起こすとしたら必ず語尾に小文字が付くレベル。「ぁ」とか「ぉ」とか。

 その声のした方を振り返る。

 ……

 うん誰もいないね。聞き間違いか。

「下だよ」

 下?なんだ下って。

 その声の通りに下を見てみる。するとそこには色が抜けて、手入れしてねえだろってくらいにボサボサした髪が見えた。頭だな。

 そいつはその頭を振り返った俺の腹辺りにぐりぐりと押し付けて何か文句を言っているようだが何を言っているのかわかりません。拡声器を使ってどうぞ。

「ほれ止めんか」

 そいつの頭を掴んで無理矢理に引きはがす。そいつは「んなー」とか気の抜けるような悲鳴を上げて俺から離れる(離した)。

 色が薄い荒い髪。眠気が残り、明らかに睡眠不足だと言わんばかりに隈が浮いた目元と顔。身長も俺の胸くらいで小さく、華奢な体をなんかキャラ物のパーカーと「絶望感!」と印字されたニーハイ?タイツ?で包んでいる。俺はお前のファッションセンスに絶望だよ。あと制服を着なさい制服を。学校ですよ学校。ちなみにジャージのサイズが異常に大きいため恐らくは短パンか何かを履いているんだろうがそれは見えない。恐ろしいファッションセンスだ。あ、靴は、なんかすげえブーツ。軍人が履いてそうな奴。こいつそう言うの好きだったっけ?

 こいつの名前は上森小町(かみもりこまち)。俺の言わば、幼馴染?だな。もう十年近くになるな。幼稚園からの付き合いだし。

 そんな小町は携帯電話をテレビモードにしてその画面を俺に見せてくる。どうやらニュース番組のようだ。

『本日、午前五時ごろ、近隣を散歩中だった男性が公園で死亡している男性を発見しました。警察への取材の結果、死亡からまだ数時間しかたっておらず、昨晩の内に殺害されたものと思われています。なお、遺体が刃物によりズタズタにされていたところから今巷を騒がせている連続殺人鬼の犯行である可能性が高いとして警察は捜査を急ぐものとしています。これでもう十四人目です』

 どうでも良いけど巷って便利だよなあなどと考えつつアナウンサーの言葉を聞く。

 これは最近この街で起こっている連続殺人事件だ。凶器も不明。動機も不明。被害者たちとの因果関係も不明。全てランダムに殺されているため警察は個人か複数かも断定できていない。しかもこいつは死体が見つかりにくい場所でやるんだ。だからどうしても発見が遅れて捜査が難航したりする。また犯行のタイミングや日時も適当だから警察も決め手に欠けるのだ。だから、こいつは捕まらない。他にも要因はあるのだろうがまあともかく、随分な事をするじゃないか。

「昨日しーちゃんに見せた奴、もう見つかっちゃったね」

 そんな風に(笑)みたいな感じで話すこいつ。上森小町。こいつが、その連続殺人事件の犯人だ。ちなみに凶器はただのナイフ。今時通販で誰でも手に入るもんだ。

 しかもこいつは何故か知らんけど殺すたびに俺にメールを寄越して呼び出すんだ。夜中に死体を見せられる俺の気持ちにもなれよ。

 昨日もそう。夜中の一時過ぎにメールで『公園まで来てちょ。死体発見なう』と来た。まあ言われたとおりに行ってみたら死体をナイフで解体している小町がいたわけだ。

 ちょっと小町ちゃん。それ自演って言うのよ。将来思い出して枕濡らすわよ。

 しかしこいつは、何でこうなってしまったのかね。昔は俺の後ろから絶対離れなかったちびだったのに今はちびのままで頭だけ可笑しくなってる。俺の小町を返して。

 ケータイを小町に押し返しつつ俺はまた歩を進め始める。小町もそれにいそいそとついてくる。ああ、身長差があるもんね。歩幅合わせてあげねえと。

「で、今の何人目?」

「十三人。一人は私知らない。多分模倣犯だね」

「確かに俺も十四回も呼び出しされてねえからな」

「模倣犯誰かしーちゃん探しといてよ」

「金取るぞ?俺が探すんじゃなくて仁科さんに頼むからさ。あの人金取るんだよ」

「あいらぶ人類の人?」

「あいらぶワールドの人」

「うーんいいよ。死体からお金はとるし」

「お前なあ……。まあいいけど。模倣犯どうするん?殺すの?」

「殺すよ?邪魔だしね」

「さいで」

 昇降口に入り、外履きから上履きに履き替えて、少しだけ右側を見る。職員室側だ。本来生徒が行くようなことは滅多にない。しかし俺は何度か放課後に、時計塔の管理室に侵入し、そこから繋がっている時計塔内部に上がった事がある。運よくバレてはいないようだがもうしない方が良いだろう。する理由ももうないけれど。

 それはさておきまあ教室に行こうかと小町と揃って昇降口左手にある渡り廊下に入り、そして階段を上がって教室へ向かう。さすがに時間も時間だけに賑わう生徒たちでいっぱいだ。その中で俺は一人の女生徒に声をかける。

「おーい仁科さん」

 少し遠い所で辺りをキョロキョロと歩いている背中に声をかける。彼女はその声にすぐさま気付き、長い髪を振りながら俺たちを振り返った。そして俺たちを視界に入れるとニコニコ笑いながらぱたぱたと小走りで近寄ってくる。それは徐々に速度を上げながら勢いも増し、俺の方目掛けて飛び掛か……は?

「しんちゃーん!」

「あぶねえ!」

 空中でヘッドスライディングするがごとき勢いで俺に顔から突っ込んできた彼女をマジでギリギリのところでかわす。何この人相変わらず怖い。

 彼女はそのまま廊下の床に顔面を擦りながら滑走し、二、三メートルほど進んで、倒れた。何がしたいのこの人。

「もう酷いよしんちゃん!」

「あんたの行動の方がひどいから」

 勢いよく立ち上がった彼女はそんな風にぷんすかと擬音が消えるんじゃねえのかと思うくらいにわざとらしく怒って見せる。胡散臭い。非常に胡散臭いしとてもうざい。

「ちなみに何してたんすか?仁科さん」

 彼女、仁科一科(にしないちか)にそう問いかえると「別に」と制服についた埃をはたき始める。最初からするなよ。

 そして彼女の右片には『生徒会』と記された腕章がはめられている。まあ、彼女はここの生徒会長なのだ。

「この学校はそこまで荒れてるとかないから風紀委員ってないじゃない?だから生徒会長の私が見回りしてるの」

 そう言って仁科さんは腰に両手を当てて誇らしげにドヤ顔をして見せる。ちなみに彼女は俺らの上級生で三年生。俺と小町は二年生。

 仁科さんは俺からの反応待ちだろう、ずっと胸を逸らして誇らしげだ。

 仁科一科。

 端正な顔立ちにふわふわした茶髪を背中くらいまで伸ばしている。身長は大体俺と同じくらいで制服を着ている。まあさすがに小町みたいなファッションで学校に来る奴の方が珍しいだろう。小町は異常なのだ。

「本当にただの見回りっすか?また誰かを物色してたんじゃないんですか」

 俺がそうやって少しだけ嫌そうな顔を向けると「またまた~」と彼女は手をパタパタさせる。うぜえ。

「わかってるくせに。しんちゃん、この後時間ある?私とちょっと二人きりでお茶でも」

「あんたの行動が一番風紀を乱してる。特に俺の心の安定」

「いけず~」

 むくれてもうざいだけだから。

 ここで一つ彼女の特徴、いや違うな。もっと生々しく性癖について説明しようか。

 こいつ、仁科一科は人間観察と言う趣味がある。何故そんな事をするか。こいつは人間が大好きだからだ。

 とにかく大好き。どんな人間であろうと男でも女でもとにかく人間が好き。

 しかもただ好きなんじゃない。さっき人間観察が趣味と言ったがその観察方法はいわゆるストーキング。目星を付けた相手の家に侵入し、隠しカメラや盗聴器を設置し、日常生活の風景や音を全て手に入れ、それだけじゃ飽き足らずに家の中の者まで盗んじまう超変人。いや変態。俺もこいつに目を付けられた時期があったが三か月間ほぼ毎日仁科が設置した監視器具を探し出し、破壊する、それが繰り返された。本当に長かった。スプーンやジャージがなくなるなんて当たり前だ。その代わりに明らかにこれ新品だろって奴と入れ替えられていた。何のメリットがあるんだよ……。

 さすがに取りかえそうだなんて考えずに放置しているが彼女曰くストーキングに気付いたのは俺が初めてらしい。他の奴らは多分ただの馬鹿だ。

 しかし、本人談だから確証はないのだがどうやらこの街の人間ほぼ全てにそれを行ったらしい。それを知ったのは大体一年位前だ。小町が『三か月戦争』と呼ぶそれ等の行為まるで全人類を愛してるかのようなその振る舞いに俺と小町はそれぞれ彼女を陰でこう呼んでいる。

『あいらぶ人類』

『あいらぶワールド』

 ちなみに何故『あいらぶ』の部分がひらがなかと言えば仁科さん、何か馬鹿そうだからわかりやすく。まあ生徒会長やるくらいだし成績が悪いとかはないんだろうけど性格が馬鹿だからね。ストーキングするための資金集めとしてめちゃくちゃバイトしまくる様なアホ。私物盗むんならお金盗めよ。

 だがどうやら彼女にも曲がりなりにも信念があるようでそれを言うとめっちゃ怒って『それじゃあ迷惑になるでしょ!』と。不法侵入は迷惑じゃないんですかね。

「で、しんちゃんが私を呼ぶなんて珍しいけど何かあった?頼み事?」

「あ、まあちょっと」

「小町ちゃん?すごいよねもう十四人でしょ?」

「あ、その事です」

「うん?」

「どうも小町がやったのは十三人らしいです。だから一人は模倣犯の仕業だと思います」

「場所変えようか」と仁科さんから言われて移動しつつ俺たちは事の敬意を説明する。模倣犯が現れた事。それを処理したいから情報を集めてくれ等々。さすがに人目があるところで出来る話でもあるまい。いやしてたけどさ。

「でもそれって難しいと思うけど。警察も小町ちゃんか模倣犯かの区別はついていないんでしょ?その感じ。警察も知らない情報探れってのはさすがに危険な頼み事だよ君」

 言いながら仁科さんは小町に近寄り、腰を曲げて小町に顔を近付け、最終的には額と額を合わせあう。

「でえ?話の感じからしてその依頼主は君だよねえ小町ちゃん?お金払えるのん?情報提供がただで済むと思ってない?」

「あははやだなあ思ってないよんにっしー。ちゃんとお金は払うって」

「そもそも私が君の頼みを聞くメリット何もないんだけど。しかも私の趣味の邪魔しかしない殺人鬼の手伝いを何で私がしないといけないの?舐めてるの?」

「あっはっは舐めてないよいっちー。ナニコレ殺していいの?」

「止めんか」

 ……

 まあこんな感じ。この二人はすげえ仲が悪いんだ。そりゃあそうだな。まったくの対極に位置する人間なんだ。片やこの街の全ての人間を愛し、片や無差別殺人鬼。仲良く出来るはずもないよな。

 しかしもう少し普通に出来んかねこいつらは。

「金は俺が保証人としてしっかりと用意させる。だからあんまり物騒なのは勘弁してくれ」

「この子が存在している時点でこの世に物騒ではない瞬間なんて来ないと思うけど。埋めていい?」

「ダメです」

「ま、いいけどね。もしこの子がお金払えなかったらしんちゃんから取り立てるからね」

「わかりましたよ。へいへい」

「監禁するからね」

「わからねえよ!」

 まあこんな奴らだ。俺の周りは碌な奴がいない。しかしまだまだこれでは済まん。まだもう何人か、まともではない奴らがいる。どうしてこうもおかしな奴らが俺の周りには集まるのか。俺にそういう才能も趣味もないと思うんだがね。

 しかしまあ、目的は達成した。次は別の奴に会うとしよう。

「それじゃあ仁科さん。頼みましたよ例の件」

「はいはいさー。料金は模倣犯を見つけ次第領収書送るからその時によろしく」

「あい。行くぞ小町」

「うい」

 挨拶もそこそこに俺と小町は仁科さんから離れる。

「死ね」

「ふぁっくー」

「止めんか!」

 小町、中指を立てるなはしたない。仁科さんも舌を出さんでください。すんげえ不細工ですよ。

 まあ構ってたら始業に間に合わん。急がねば。

「しーちゃん誰に会うの?」

「吸血鬼」

 うへえ……と小町は露骨に嫌そうな顔をする。まあ正直俺だってあいつには会いたくはないさ。しかし合わねえわけにも行くまい。あいつはそうでもしないとすぐにでも学内の生徒全てを殺しかねん。

 とりあえず二階にある俺と小町の教室に荷物だけおいて、そのまま二階にある渡り通路を通って特別棟へ。

 特別棟は基本的にはまあ科学の授業とかで使う場合が多い。あとは音楽室か。

 そこの理科準備室に入る。

「はろはわゆー。しのちゃん」

 そんな風に薬品の匂いが充満する理科準備室の机に威風堂々寝転がっている女性が俺に向かってそんな声を投げてくる。俺はそれに「あー……ノーバッド」と返し、適当に置かれていた椅子を二個用意し、腰かける。小町にも座るように言ったが小町はどうやら棚に並べられている薬品類に興味が行ったらしく、散策を始めた。頼むから壊すのは止めてくれよ。

「あに?血飲ませてくれんの?にゃはー献身的だねえ。大好きだよしのちゃん」

「うるせえ」

 真っ赤な髪に真っ赤な目。

 真っ赤な唇から覗く真っ白な八重歯、否、牙。

 真っ赤な爪は異常に長く、尖っている。

 俺よりも少し高い体を制服に包み、机に寝た状態のままパックのトマトジュースをちゅーちゅーやっている。あれは何だろう?代用品だろうか?

 彼女の名前はエイレーン・H・ハドソン。まあ多分本名ではないと思う。年齢は本人曰く百七十歳。「永遠の女子高生だにゃー、しのちゃん」と彼女はのたまう。やかましいわ。

 彼女は自称吸血鬼、ヴァンパイアだ。のでこいつはいつも体中に日焼け止めを塗っているし日傘常備。晴れた日に登校してくる日は少ない。というか日が昇る前から日が沈むまでブラインドで覆われたこの理科準備室で一日を過ごす。ま、変人だ。

 しかしどうもどうやら本物らしいのだ。というのも俺は一回だけからかい半分で「どうせ中二病なんだろ?」と煽った事があった。それに腹を立てたエイレーンはこの学校の屋上、普段は立ち入りが禁止され、硬く施錠されていた屋上への扉をすさまじい腕力で破壊し、日光が照り付けるコンクリの上にダイブしやがった。

 で?どうなったかって?大絶叫だ。

 映画みたいに燃え上がるとか灰になるとかはなかったけれど、その代わり全身日焼けに大火傷。なるほど吸血鬼らしいなと。しかしその火傷も吸血鬼の能力なのか直ぐに治った。本物の化け物を俺は生まれて初めて見たわけだがのた打ち回りながら日陰に避難したエイレーンは超涙目。アレは笑った。殴られたけど。

 というわけでどうも本物らしい。

 あ、ちなみににんにくは個人的な好みってだけの話で、十字架も宗教観を持っていない吸血鬼には効かないそうだ。何それ吸血鬼がいっぱいいるよ見たいな言い方。怖いんだけど。

 だがそれでも俺はこいつを本物とは思っていないんだ。確かに日光に当てられて大火傷ってのには驚いたがそれでも皮膚が弱い人はそうなるかもしれないし何より熱せられたコンクリの上だ。俺でもそうなったかもしれない。証拠に欠ける。

 しかし例え設定に過ぎないとしても血は飲みたいらしい。別に飲まなくても死ぬことはないけれど単純に考えるなら時々無性に食べたくなるハンバーガーみたいなそんな感じらしい。で、俺はその屋上ダイブ大火傷事件の責任を取れという話で、もし拒めばここの生徒を全員殺す、と脅されて、定期的に血を飲ませろと言われているのだ。だから献身的も何もないだろうにな。だってほら、俺もその『ここの生徒』に含まれてるから。他の奴は正直どうなってもいいね。

「小町。ナイフ」

「あい」

 俺が小町にそう言うと気の抜けた返事と共にだぼだぼのジャージの裾部分からナイフが降りきて、それを小町は掴んで俺に放ってくる。カッコいいじゃねえか。ていうか本当に持ってるとは思ってなかったんだが。

 俺は小町のナイフを受け取りカバーから抜く。白い、手入れはしっかりしているらしき刃が俺の顔を映し出す。

「何だよしのちゃん。人でも殺すん?」

「ナイフ=殺しって何なの?発想が陳腐過ぎて果物ナイフがストライキ起こすぞ」

「にゃははー何言ってっかわかんねー」

「……」

 エイレーンは机から乱暴に降りると俺が用意したもう一つの椅子に同じく乱暴に座る。俺はそれに鼻を鳴らして右腕の裾を捲っていく。まあここは理科準備室だし包帯やガーゼくらいはあるだろうし多少問題ないだろ。

「わざわざそんなん使わんでも私の牙使えばいいのに」

「痕残るから断る」

 前にやられたときの傷まだ残ってんだよ。なかなか塞がらないから毎日消毒しないといけなくて参ってんだよ。

「ふーん」

 腕を組んで心底どうでも良さそうに息を漏らすエイレーンにムカつきつつ、俺は右腕の中間辺りにナイフを当て、浅く引く。それだけで俺の腕、もうずっとそれを待っていたかのように傷口と言う出口から血が流れ出る。

「……きゅ~ぅ」

 ……エイレーン。俺の血を見て目を見開いているエイレーン。こいつはいつもそうだ。興奮して呼吸することも忘れているのか喉から空気が微かに漏れる音が聞こえる。

 どうやら血にも美味い不味いがあるらしいのだが性格が悪く、性根も曲がり、クソみたいな人生を送ってきた奴ほど悪意が血に刷り込まれるために化け物からすると何よりもの美味らしい。ただの俺へのディすりだよね。まあ幽霊も闇持ってる人間には付きやすいっていうしそういうもんなのかね。

 エイレーンは俺の腕をがっつくように掴むと息を荒げてまるで何か愛でるかのように血が溢れる傷口を紅潮した顔で見つめる。毎度思うが、気持ち悪い。何もそんな風にしなくとも出血多量にならない程度なら何度でも与えても良いしいつでも言えばいいのに。だがどうも、「たまにするから良いんだよね」論がこいつの中では働いているらしく、基本的には週一、どうしてもの時は二日に一回の頻度だ。二日にいっぺんがたまになのかわからんが本人が納得しているからどうでもいいか。

 彼女が相変わらず俺の右手にゆっくりと顔を近付ける。その光景を小町が薬品置きの棚の方から見ていたので首を振る事で見るなと伝える。まあ食事風景など見られて気分が良い物でもあるまい。別に気を遣い訳ではないけれど。

 小町は大げさに両手で目を隠して、そこから更に俺たちに背を向けた。うん聞き分けは良いんだ。その調子で出来れば殺人もやめて欲しいね。

「ん……はあ……」

 ようやくエイレーンは俺の腕に口を付けて血を啜り始めた。

 さて、おそらくこのタイミングで来るはずだ。俺が腕を切ってから既に数分が経った。必ず、この臭いを察知して、奴が来るはずだ。

 さて、ここでこの学校の話をしよう。

 この学校は俺たちが住む小さな町でただ唯一の高校だ。ただ何てこともないただの私立高校。

 だがこの学校には隣町にすら噂が飛ぶような存在がいる。

 一人、仁科一科。生徒会長。

 二人、上森小町。変人ロリ。

 三人、エイレーン(略)、吸血鬼。

 これがこの学校に存在する異人三人衆。

 彼女たちを敵に回したいと考えるような奴は誰もいない。そんな事をすれば学校生活が一瞬で破綻してしまうことくらいは誰もが知っている。それ故誰よりもどんな奴よりも存在感を持っていながら、ほとんど、余程奇特な奴でない限り仲良くなど出来ないし近付こうなどともしない。いや俺が奇特みたいな言い方だけど俺はあくまでも成り行きだから。

 仁科さんは加害者で。

 小町は幼馴染。

 エイレーンは、これも加害者かな?俺脅されてるし。

 だが、そんな三人を置いて、まだもう一人だけ奇人がいる。そう奇人だ。あるいは鬼人とも呼ばれている。

 彼女の名は一本道迷(いっぽんどうまよい)。この学校の、影の風紀委員長。

 常日頃から小町と競えるほどに小さな体を何故か暴走族の様な特攻服で包み、片手に金属バット。

 彼女の伝説は数知れない。

 この学校にある部活動は数多く存在し、彼女自身も一人だが音楽部?吹奏楽部?に所属している。

 で、彼女はまず、入学してすぐに音楽部に入部。ものの三日で顧問含む全ての部員を病院送りにしている。もちろんその金属バットでだ。その後顧問と部員は精神を病み、この学校を去っていった。

 これが始まり。

 当然これでは終わらない。

 彼女はピアノの練習の障害になるという理由でグランドで日々練習に励んでいた野球部とサッカー部、陸上部を全て、廃部に追い込んでいる。もちろん暴力で。

 しかし先ほどピアノの邪魔になる、と言ったがこれはあくまでも後に本人から聞いた話だ。実際それを行う時に被害者たちには「近隣住民が練習の掛け声などの騒音で迷惑している」と告げ、事に及んだらしい。

 そこから彼女は『影の風紀委員長』と、そう呼ばれているのだ。

 そして、その一本道は、この学校で起こっている物事をリアルタイムで察知する能力がある。別段超能力だとかそんなんではなく、ただ、鼻が利くのだそうだ。それ故、せいぜいその能力は校内が限界のようで街中はさすがにあらゆる匂いが充満しているため効果は半減するらしい。それでも半分は出来るんだよな。

 だから必ず、一本道は来るはずだ。そろそろ、このタイミングで。

 がしゃーん、と。

 正にそんな感じで理科準備室の扉がぶち破られ、俺たちの方に倒れてくる。それを、まだ倒れ切っていない扉を無理矢理足で地面に押し付けながら彼女はこう言う。

「血の匂いで近隣住民が迷惑している。即刻辞めてもらおう」

 言って、金属バットを右肩に乗せた。

 長い髪だ。腰よりも下まである髪を真っ直ぐに切りそろえ、前髪も同様にパッツンだ。ので彼女の目は良く見える。何も考えていないが、それでいて目の前の事象には真剣に取り組む如何にもな真面目人って感じのキリっとした目と眉毛。それが一層、特攻服と相まって異質さを増長させる。

「一本道迷いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!」

 食事を邪魔された吸血鬼、エイレーンは一度俺の腕から顔を離して怒気を露わに怒声を上げる。

 しかし当の本人である一本道は全く動じることなく、金属バットを肩に乗せたまま首の関節をボキボキと鳴らす。怖えよ。

 これが、一本道迷。この学校の陰の風紀委員長。

 こいつには、さすがの仁科さんでも、小町でも手を焼く。そして、エイレーンレベルになると、いやお互いにお互いを毛嫌いしている。敵意とも、殺意とも言えるだろう。

 それ程に、たった一人で異人三人衆を相手取れるほどの鬼人。それが一本道迷。


 この学校の、ラスボスだ。

「さあ、風紀を正そうか」

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