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5話

バーを出た瑪瑙を待っていたのは、溢れる程の豪雨だった。

彼女は傘も差さず、その中へとふらふらと入っていった。



本当は、復讐などどうでも良かった。


この現世に舞い戻った時、瑪瑙が思ったのは・・・『これでもう一度翔と一緒にいられる』なによりただそれだ。

許せなくて憎かったのは、翔といられなくなってしまう自分自身だった。


そしてこの美しい体があれば、今度こそ自分の事を愛してくれると・・・今度こそずっと一緒にいられると、彼女はそう思っていた。


だが彼にはそれに目もくれぬ程の相手が他にいる。

どう足掻いても越えられぬ隔たりを、瑪瑙は感じていた。

彼女の中には・・・もう絶望しかなかった。


(アハハッ・・・。そうだ私、死のうとしてたんだ。)


彼女は再びあの部屋へと戻り、天井にロープを引っ掛けた。

だが、それ以上先に進む事はできなかった。ひょっとしたら、あの窓に空いた魔法の穴から・・・彼がまた助けに来てくれるんじゃないかと・・・そんな思いが頭から離れなかった。

虚しく吊るされたロープを握りしめ、彼女は泣いた。




それから数日後の事だ。

瑪瑙はまた街で翔を見かけた。


もはや何も無いと分かっていても・・・彼女はそれを目で追わずにはいられなかった。


街を往く彼が入っていったのは・・・大きな白い建物だった。


(病院・・・?)


何処か悪い所でもあるのだろうかと、瑪瑙が一人心配してる間に・・・ものの十分程で翔は出てきた。

その表情は、安堵とも絶望とも違った。

瑪瑙は・・・たまたまその表情の意味を知っていた。何せ、身に覚えがあったからだ。


この顔は・・・諦めだ。

何をどうしても全てが終わってしまうような、そんな悲しい顔。


この時期の天候は荒れやすい。

豪雨までは行かないが、冷たい雨がまた降り出していた。




・・・続いて翔が向かったのは、近くの墓場だった。

滴る雨の中傘も差さず・・・一直線に一つの墓へと向かう。

やがて彼は立ち止まり、そこでかがみ込んだ。

ブツブツと、小さく何かを口にしている。

その内容ははっきりとは聞き取れない。


「ごめんね。俺が・・・ぬのと、・・・まるのと、どっちが先かな・・・。」


親か・・・あるいはかつての恋人か。

多くを語らなかった翔が誰を参っているのか、瑪瑙は分からなかった。

そしてその内容を覗き見ようと、彼の背後に近付いた時、思わず彼女は声を上げてしまった。


「えっ・・・!!」

そこに書かれていた名は『椎名瑪瑙』

他でもない自身の名だったからだ。

そう、これは・・・彼女の墓だったのだ。


「っ!?君は・・・!」

突然の声に驚き振り向いた翔は、一瞬言葉を失った。

目の前の女性の姿が、雨でぐちゃぐちゃになった顔と髪・・・そして着ている毒々しい衣装が・・・誰かを思い起こさせたからだ。


しかしすぐに彼は我に返った。彼女は以前バーで会っただけの女性だ。

・・・もう『 その人』は、いるはずが無いのだから。


「・・・前に伝えたはずだ、二度と僕の前に現れないでくれ。君を見ていると・・・僕は・・・。」

くるっと背を向け立ち去ろうとする翔。


だがその瞬間・・・瑪瑙はその体へ抱き着いた。

心の奥底に封じ込めていた思いを、もはや抑える事などできなかった。


「嫌だよ、行かないで・・・私君の事が好き。好き好き好き好き好き・・・大好き、死んでも一緒にいたい。」

「・・・!!」


ぴかりと雷が落ちる。

そのせいで視界が掠れたのか・・・ともかく、絶対に有り得ないことなのだが・・・。

その時の翔には、彼女が別の誰かに見えた。

今度こそはっきりと。


「まさか・・・そんなはずは・・・。瑪瑙、なの・・・?」

「そうだよ・・・私はやっぱり翔の事が好き。たとえ百回殺されたとしても、一緒にいたい。」


瑪瑙は殺されてなお拭い切れぬ思いを・・・ぶつけた。




・・・遥か頭上で道化はその様を、見ていた。


「アタシ様は天邪鬼でねぇ・・・幸せでしょうがない奴も、逆に不幸でしょうがない奴も許せねぇのさ、ついちょっかい出しちまうのよ。だが、こっからどんな結末を選ぶかはてめぇ次第だぜ。・・・上手くやりやがれよ。」


そう言うと、彼女はすっと・・・雲間に消えた。


轟々と雷が鳴り響く。

雨は止みそうに無い。


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