8話
「おう、そこの嬢ちゃん! 美味しい肉の串焼きどうよ?」
こちらに気付いたオッサンのデカい声。なんだろう、さっきのやかましい男とはまた違ったトーンだ。しかし、今は匂いが気になって仕方ない。
…?
「…これは?」
カウンターに近づき、エスは目の前で展開される光景に注目する。オッサンが目の前にいて、下では鉄板で豪快に焼かれる肉達。
「串焼きだよ! どうだい、嬢ちゃん。いつもお菓子や果物ばかりじゃ飽きるだろう? たまには肉も食べなきゃな!」
オッサンは目の前の少女がいつもお菓子や果物ばかり食べていると勝手に決めつけて、売りつけようとする。
オッサンの言葉はあまり気にならず、少女は目の前の肉に興味津々だった。
エスは、食べなくてもよい。食べなくても、生きていられる。闇の中でもそうだった。
エスは、食の楽しみを知らない。
食べたいと思ったこともない。
そんな自分が食べ物を見たのは初めて。
食べたい、とは思わなかった、それはやはりというか。
ただ、焼かれる肉に対して、何かモヤモヤしたものがあった。
闇の中にいる時、わからないことがもしあれば、答えてくれる声――というより直接頭に響く意思のようなものがあった。
今はそれがない。
……そして、お金がない。
だから、買うことはできない。
食べたいという気持ちがなかったのは、かえってよかったかもしれない。
――焼かれる肉。元々あった命。イノチ。
人は他の命を奪い、それを喰らう。
人でなくても、そうだ。
他が他の生命を奪い、それを糧にする。
世界は、そういうことなのだ。
――他の生命を平気で奪うことをする。
自身が生きる為に、だが。




