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もしも時効がなかったら

作者: 杠葉 湖

「全然変わってないなぁ……」


 拓哉は十数年ぶりに目の当たりにする母校を見ながら、感慨にふけっていた。

 ここには拓哉の思い出がいっぱい詰まっている。


 拓哉は小学校を卒業するや、都会に引っ越してしまった。

 以来この地とは縁遠くなっていたのだが、最近になって風の噂でこの校舎が取り壊されることになったと聞き、いてもたってもいられずやってきたのだ。

 廃校となって久しい校舎は誰の気配もない。しかしそこには懐かしさが漂っていた。


「懐かしいよなぁ……」


 拓哉は昔を思い出すかのように、一歩一歩感触を確かめながら、校舎の中へと入っていった。

 木造建ての校舎の中は、辺りに埃の臭いが立ち込め、歩くたびにギシ、ギシと不気味な音を立てる。


「おんぼろなところは昔から変わってないんだな」


 拓哉は苦笑しながら、階段を上って2階へと上がると、近くの教室の扉を開けた。

 窓から陽の光がいっぱい差し込んできている無人の教室は、まるで拓哉を迎え入れるかのように、暖かい空気に満ち溢れていた。

 拓哉は感動を胸に、記憶の糸を辿りながら、自分の座っていた窓際の席へと腰掛けた。


「こことももうすぐお別れかぁ……」


 ジーンとしながら黒板を遠い目で見つめる。


「こら!! そこで何やってるの!?」


 突然甲高い声が教室内に響き渡り、拓哉は思わず身をビクッと震わせた。


「何驚いてるのよ? 拓哉君男の子なんだから、もっとしゃきっとしなきゃ」


 そして愉快そうに笑う明るい女の声が聞こえてくる。


「……奈津実? ひょっとして、奈津実か!?」


 拓哉は目を丸くしながら、その女性の名前を呼んだ。


「久しぶりね、拓哉君。拓哉君の姿が見えたから、ついてきちゃった」


 その女性は優しくにこやかに微笑む。

 忘れもしない、その女性の姿を。

 何故なら奈津実は、拓哉の初恋の女性だったからだ。


「奈津実……」


 拓哉は感激のあまり、声を震わせる。

 来てよかった、拓哉は心底そう思わずにはいられなかった。


「ほら、覚えてる? 拓哉君と私で、ここに悪戯書きしたこと」


 奈津実は教壇にあがると、黒板の真横の壁を指差す。


「ああ、覚えてるよ」


 拓哉も立ち上がって奈津実の傍に行くと、その落書きをいとおしげにみつめた。

 それは相々傘で、拓哉と奈津実の名前がボールペンで小さく書かれている。


「ここに二人で相々傘書いたんだもんな。あの時は、ホント俺達は若かったな」

「何言ってるのよ。今でも若いじゃない」

「それもそうだな」


 二人は笑うと、互いに見つめあった。

 一瞬、時が止まる。


「もうその辺でよろしいでしょうか?」


 いきなり場違いな男の声が飛び込んできたので、二人は驚きながらその方角を見た。

 そこには、中年の男が申し訳なさそうに立っている。


「あっ、業者の人ですか? すみません」

「いますぐ、出て行きますから」


 拓哉と奈津実は慌てて頭を下げると、教室を出ようとする。


「あー、そのままそのまま。出て行かれると困るんですよ」


 しかし男は、そんな二人の行動を制止した。


「私は、貴方方に用があるので」

「えっ?」

「私達に、ですか?」


 拓哉と奈津実は意外な言葉に顔を見合わせる。


「はい、そうです」


 男は拓哉と奈津実の傍に歩み寄ってくると、コホンと咳払いをし、一枚の紙を二人に見せた。


「辻平拓哉さん、山之辺奈津実さん。16年前に校舎の壁に落書きをした、器物損壊の容疑で、貴方方を逮捕します」

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お読みいただきありがとうございます。
投稿中の神僕検察官もよろしくお願いします。
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