これからの事
結論だけ言うと、飯島が作った朝食はとても美味かった。
素直に美味いと言うのは癪だったから、何も言わないで居たら料理の感想をうっとおしい程に聞いてくるから「まぁ、美味かった」と答えてから、家を出る今の今までずっとニヤケ顔だ。
「おい、いい加減その顔やめないか? 正直気持ち悪い」
そう言うと、飯島はムッとした顔になる。
「神谷君、女の子に気持ち悪いって言うのは良くないと思うわよ? そういう時は生理的に無理と言えば問題が起きにくいわ」
「嘘つけ! 絶対にお前が言った言葉のほうが問題が起きるだろ!」
生理的に無理と言ってそれで納得する女子が一体どこの世界に居ると言うのだ。
「そう? それじゃあ、試してみましょうか」
飯島がそう言って目線を前に移すと、どうやらここら辺に住んでいるであろう同じ高校の女子生徒の後姿が見えた。
試すって、まさか……。
「お、おい……」
俺が言葉を発するよりも先に飯島は早足でその女子生徒に近づいて声を掛ける。
「おはようございます」
「あっ、おはよ……って、恵お姉様!?」
恵お姉様……?
「今日もいい天気ですね」
「そ、そうでごじゃいましゅねっ!!」
女子生徒、めっちゃ噛んでるやんけ。
飯島に話しかけられた女子生徒はもう、いつ死んでもいいと言わんばかりに幸福そうな顔をしていた。
よく見たら膝も笑ってるけど、アレ大丈夫なのか?
「ところで貴女のその顔……」
飯島はそこで一旦言葉を切って、こちらをチラ見する。
そこで俺はこいつが本気でやる気だという事を察した。
「生理的に無理だわ」
飯島がそう発言した瞬間、女子生徒はヘナヘナとその場に座り込んでしまう。
ほれ見ろ、あまりのショックであの女子生徒は心に消えない傷が――
「あ、ありがとうございましゅぅ……」
――なかった。
女子生徒は座り込みながら、飯島をキラキラとした眼差しで見上げている。
え、なにこれ?
状況が飲み込めずに居ると、飯島がこちらに歩いてきてドヤ顔をしながら口を開いた。
「ね?」
「ね? じゃねぇよ!!」
俺は飯島の頭にげんこつを落とすのだった。
数分後、俺たちはようやく通学路を歩き出していた。
ちなみに、あの女子生徒は放置してきた。
強く生きてくれ……。
「さっきはげんこつして悪かった」
「いいえ。貴方は何も謝る事はないわ」
思いのほか、飯島は気にしていないと言った風に髪をかき上げる。
「そうか? ならよかっ……」
「だって、私ドMだから!」
「よくなかったわ」
コイツ、マジでやべぇ奴だわ。
「だから、貴方の愛は全て受け止めるわ! さぁ、もっと殴っていいのよ!」
「もう、お前がダメだってのは良くわかったよ」
俺は飯島をスルーしつつ通学路を歩く。
そろそろ、チラホラとウチの生徒が目につくようになるはずだ。
「あっ、そうだ飯島」
「恵でいいわよ」
「……飯島、これからの事を決めよう」
そう言うと、飯島は頬を赤くする。
「そんな……そうね。大切な事だものね」
「ああ」
「まず、子供は二人欲しいわ。コレは私が一人っ子だからって理由もあるけど……あと、新婚旅行は――」
「待て、お前は何の話をしている?」
「え? これからの事でしょう?」
おかしい。
俺がしたかったこれからの話ではない。
「ちげぇよ! そうじゃなくて、学校での事だよ!」
飯島はあからさまに肩を落とす。
「あぁ、そっちね」
「お前はどうでもいいかもしれないけど、俺にとってはとても大切な事なんだが?」
俺の平穏を守るためには、コレを決めておくのがとても大切だ。
学校内で人気者の飯島と俺がいきなり関わり合いを持ったら、色々な所からやっかみがくるだろう。
そうなっては、俺の平穏な学校ライフが壊れてしまう。
「とりあえず、学校内では俺に関わらないでくれ」
「あら、どうして?」
「人気者のお前には、わからない話だ」
俺がそう言うと、飯島は寂しそうな顔をする。
「そう……」
「ああ、だから関わらないでくれよ」
一方的にそう言って俺は飯島の先を歩き出す。
飯島の表情が少しだけ引っかかったが、まぁ、別に大した事じゃないだろう。
とりあえず、学校では今まで通り過ごせそうだ。
そう、この時の俺は思っていた。




