俺と彼女
さて、こんな話を聞いたことがあるだろうか。
自分には毎朝起こしに来てくれる可愛い幼馴染が居て、何故か海外に両親が出張していて一人暮らし。
クラスメイトにはやけに情報通の友人が居て、学校の可愛い女の子数人から色々あって好かれることになる。
そう、これらは全て『ギャルゲー』の話だ。
では、俺の目の前に広がっている光景はなんだろうか。
「ほら、神谷君。早く支度をしないと学校に遅刻するわよ? ……いや、これじゃあ幼馴染っぽくないわね……ほら、正樹くん! 早く支度しないと学校に遅刻しちゃうよ!」
「いや、言い直さなくていいから。あと、何で飯島さんが俺の部屋に……俺の家に居るんだよ」
朝、誰かに揺さぶられて起きてみると、学年トップレベルに支持されている飯島 恵が俺を揺さぶっていた。
「何故って、それは私と神谷君が幼馴染だからでしょ?」
何を言っているんだ? と言った風に俺に行ってくる飯島。
補足しておくと、俺には幼馴染なる物は存在していない。
「いや、違うだろ。そもそも、学校でも滅多に話したことない間柄だろ」
「そうだったかしら? 私の記憶が正しければ、貴方と私は幼馴染で過去に結婚の約束も……」
「なるほど、わかった。お前、さては頭が相当アレなんだな? そうなんだな?」
「自慢じゃないけど、私は健康も完璧よ?」
おかしい。
現在俺の目の前に居る飯島 恵はイメージと全然違う。
「さいですか……さて、と……」
枕元に置いてあった携帯を手に取り、通話ボタンを押す。
「あら、どこに電話を掛けるのかしら?」
「警察。不法侵入者が居るから捕まえてもらおうと思って」
言うのが早いか、飯島の右腕がぶれたと思ったら俺の手から携帯が取り上げられていた。
「おい、今、何を……」
「全く、幼馴染を不法侵入者呼ばわりとか酷いじゃない」
「いや、待て。お前は今何をした……?」
「さ、早く準備をしなさい。朝ごはんは出来ているわ」
「俺の話を聞けええええええええええ!!」
だが、悲しきかな。
飯島は俺の言葉をことごとく無視して、部屋から出て行ってしまった。
「はぁ……って、親父は!?」
俺の親父はごく普通のサラリーマンであり、夜遅くに帰ってくるという事もなく19時には家に帰宅しており、俺と同じ朝6時には起きているはずだ。
飯島が俺の部屋に居るという事は、親父は既に起きているかもしれない……。
いや、待て。希望を捨てるな。
飯島が俺の部屋に入る前に親父にエンカウントしていなければ、まだ希望は……。
『朝ごはんは出来ているわ』
「あっ……」
そこで、飯島が先ほど残していった言葉が思い出される。
ヤツは朝ごはんを用意してあると言っていた。
つまり、親父とエンカウントしている可能性は高い。
「はぁ~……何て親父に言えばいいんだよ」
友達? 彼女? まさか、どっちもあり得ない。
ならば、こういう時に取れる手段は一つ。
「よし、諦めよう」
現実逃避である。
俺は考えることを放棄して、制服に袖を通した。
結果的に言えば、俺の心配は杞憂で終わった。
リビングに行ってみると、そこには親父の姿はなかったのだ。
「あれ? 親父は?」
我が物顔でテーブルに朝食を並べていた飯島についつい聞いてしまう。
「そう言うと思って、貴方のお父様からお手紙を預かっているわ」
飯島はそう言って胸元から……正確には制服のボタンを少し外して谷間から茶封筒を取り出した。
「待て。お前、今どこからその茶封筒を取り出した?」
「どこからなんて……神谷君のエッチ」
「頬を赤らめすな! あと、お前が普通にカバンとかに入れてなかったのが悪いんだよな!?」
「まったく、神谷君は朝から騒がしいわね」
「誰のせいだよ!!」
や、やばい。
突っ込みすぎて息切れしてきたぞ……。
「まぁ、そんな騒がしい神谷君は置いておいて……はい、コレ」
俺は突っ込むことを放棄して、飯島が差し出してきた茶封筒を受け取る。
表面には親父の字で『正樹へ』と書かれている。
「間違いなく、親父の字だな……」
「あら、その台詞いいわね。まるで、推理小説の主人公のようだわ」
「どんな感想だよ、それ」
飯島に返事をしながら、茶封筒を開けると便箋が一枚入っていた。
「えーっと、なになに……?」
手紙の内容は以下の通りだった。
正樹へ。
急な話になってしまうが、俺も急に言われて混乱しているので許してほしい。
俺が所属している会社が昨日、急に飯島グループに買収された。
その結果、海外にも事業を伸ばすことになったんだがその第一陣として海外出張の経験もある俺に白羽の矢が立った。
というわけで、しばらく家を空けることになる。
お前も連れていくか悩んだが、高2にもなった事だし将来のためにも今のうちに一人暮らしを経験しといた方がいいと思って置いていく事にする。
給料がいきなり上がったから、生活費に関しては心配しないでくれ。
PS.早く友達を作って青春を謳歌しろよ
父より
「親父いいいいいいいいいいいいいい!!」
親父はいきなり会社を買収され、海外に飛ばされていた。
「海外進出の第一陣なんて、とても優秀なお父様なのね」
「普通のサラリーマンだと思ってたんだけどな……ん? てか、何で飯島さんが海外出張の事を……?」
待て、何か大事なことを見落としてないか?
手紙に書いてあった飯島グループ。
目の前に立っている飯島 恵。
「お前の仕業かあああああああああ!!」
「あら、気づいてしまったのね……ならば、しょうがないわ! そう、私がやりました!」
やけに芝居がかった感じで飯島は俺に超絶ムカつくドヤ顔を披露する。
「まぁ、でも安心して頂戴。貴方のお父様なら向こうで休暇と言えるレベルの生活を送る予定になってるから」
「……そうなのか?」
「ええ。これは、私の名に掛けて保証するわ」
そうか。
親父は、向こうで少しはのんびり出来るのか。
「あら? お父様に関してはもういいの? もっと反発されると思ったのだけれど」
椅子に座った俺に向かって飯島は意外そうに顔を傾げる。
クソッ、ちょっと可愛いと思ったじゃねぇか!
「いいんだよ。お袋が死んでから親父は男手一つで俺を育ててくれたんだ。それに対しては凄く感謝してるしな……海外に飛ばされたと言っても、そっちで少しは休めるなら、それでいい」
「そう……そう言えば、神谷君のお母様は……」
「俺が小3の時に死んだよ。病気だったんだ……元々、身体は弱かったしな」
「ごめんなさい……言いたくないことを言わせてしまったわね」
「いいよ、別に。もう慣れた」
俺が顔を背けて飯島に言うと、急に両頬を掴まれて強制的に飯島の方に顔を向けられる。
「やめなさい! いい? 誰かが死んだ……それが、特に身内が死んだ時に『慣れる』なんてことは絶対にないの、あってはいけないのよ! だから、慣れたなんて言うのはやめなさい!」
飯島の目は先ほどまでとは打って変わってとても真剣な目だった。
一体、彼女に何があったのだろうか?
そこまで彼女に言わせる何かが過去にあったのだろうか?
そう、疑問に思い口に出そうとして……やめた。
それを聞いてしまったら、コイツと関わって行かなければならない。
それは、コイツと『人付き合い』をしなければならなくなる。
ならば、ここは聞かない方がいい。
「そうか……すまなかった」
「別に、謝って欲しかったわけじゃないわ……お母様の仏壇はあるの?」
飯島は俺の頬を離し、顔を背けた。
「ああ。そこのテレビの横にあるよ」
「お線香をあげても、いいかしら」
別に、そんなこと一々確認しなくても……とは思ったが、これも彼女なりのこだわりなんだろうと思って手のひらを出す。
「ありがとう。飯島君は冷めないうちにご飯を食べていてね」
そう言って、彼女は仏壇の方に歩いていく。
俺は、箸を持ちながらその背中を見送った。




