(4)
「君はもう知っているだろうけれど、私は拝み屋をしている。祈祷、占い、霊視、それにお祓いや憑き物落としが主な仕事だ。ただ時折……呪詛を扱うこともある」
呪詛。呪い。
恨んだり妬んだりしている相手に災いが起こるよう、神秘的なものの力を借りて危害を加える術である。呪文を唱えたり、呪う相手に見立てた人形を責めたりすることで、相手を苦しめ、病気や死に至る災厄を生じさせるのだ。
結月も呪詛の存在は知っている。旅回りの巫女であった母に、呪詛の依頼をする者は少なからずいた。もっとも、母が引き受けることは無く、依頼してきた者に呪詛の恐ろしさを言い聞かせていたものだ。
「私が扱うのは呪詛祓いだ。呪詛を掛けられた者の穢れを祓い清める。穢れを人形に移し、川や海に流して浄化したり、神として祀り上げることで立ち去らせたり……あるいは祈祷や呪力に寄る攻撃で撃退し、相手に呪詛を返すこともある。そのせいで、何かしら恨みを買うことがあるんだよ」
呪詛を掛けた者、あるいは彼らに依頼された拝み屋。
涼が呪詛を祓えば、恨みを果たせなかった者、あるいは呪詛を返されて酷い目にあった者が、彼を恨むのだ。
「そんな……逆恨みではないですか」
「ああ。でも、この仕事をやっている以上、仕方のないことだ」
それゆえ、涼は自身や家族の身を守るための防御策を取っている。
門柱の白い花、護花もその一つだった。
護花は紙屋の『花紙』で作られ、護符のような効力を持つ。天神様の地下水を使って作られた、祓いの力を持つ和紙に、魔除けの香を焚き染め、涼が自身の霊力を込めて花を作る。
護花を持てば弱い雑霊は近づけず、持ち主の穢れを代わりに受けてくれる。
涼は家の周りや室内に護花を置き、さらに護符を貼って、結界を作っているそうだ。
そういえば、結月が初めて天方家を訪れた時、風もないのに花びらが一枚落ちた。それを見て閑子が「悪いものが落ちた」と言っていたが、結界の力が働いたということか。
漣や閑子にも護符を持たせており、涼が側にいない時も彼らを守るようになっていた。
しかし、涼の気づかぬうちに、閑子に呪詛が掛けられた。
呪詛は、閑子の身体を蝕んでいった。足からふくらはぎへと文字が広がり、黒ずんでいく。それだけではなく、感覚が無くなり動かなくなった。
呪詛の文字は普通の人には見えぬもので、医者に診せたところで原因も分からない。そのうち左足にも文字が浮かび、とうとう立つことができなくなった。
涼は閑子の呪詛を祓うためにあらゆる方法を試したが、呪詛の進行を多少遅らせることはできても、消すことはできなかった。
そうしている間にも、呪詛は広がっていく。涼は進行をさらに遅らせるために、閑子の身体を眠らせることを決めた。
身体の活動を最低限に抑え、冬眠のような状態にしたうえで、魂に呪詛の影響が及ばぬように身体から離す。さらに、涼は閑子の記憶も封じた。
呪詛は、掛けられた本人が『呪いだ』と認識することでより強まってしまうものだ。閑子が呪詛のことを忘れることで、効力は少しは弱まる。
だから、霊体となった閑子は自身が霊であることはわかっているが、その理由を知らずにいた。
「……では、まだ呪詛は……」
「情けないことに、今も解呪できずにいる。呪詛の元が判明すれば、糸口になるのだけどね」
呪詛を掛けられた時の記憶は、閑子にはなかった。
おそらく、最初の異変……玄関ポーチに倒れていた時に何か起こったのだろうが、どういった方法で行われたのかは不明だ。
呪詛に使われている文字も、梵字に似ているが少し違う。おそらくは神代文字――かつて古代日本、神代の時代に天津神や国津神が使ったとされる文字かと思われたが、これも種類が多く、どこの流派のものか特定できていないと、涼は目を伏せた。
「今のところ、呪詛の進行は抑えられている。けれど、それよりも……」
涼の視線が、客間のある方へと向けられた。
「魂が長時間離れているせいで、身体の衰弱がひどいんだ。このままでは、閑子の身体が持たない」
呪詛の影響を受けないためにと施した方法は、閑子の身体を徐々に弱らせていった。
身体の活動を抑えているとはいえ、完全に停止すれば死んでしまう。定期的に水分や栄養を取らなくては、生命活動を維持できない。身体に限界が来ると、危機を覚えた身体によって、閑子の魂は引き寄せられる。それが、閑子が『ひどく眠たくなる』原因であった。
そうして身体に戻る短い時間に、涼は彼女に砂糖や塩を溶かした水を取らせた。そのおかげで、何とか身体を維持している。しかし、魂が身体に戻るたび、呪詛も進行してしまう。
身体が持たなくなるのが先か、呪詛が全身に広がるのが先か――
そう告げる涼の目には、暗い翳が落ちていた。




