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(4)


 漣は溜息を吐き、上がりかまちへと腰掛ける。風呂敷包みを傍らに置くと、所在無げな結月にも「座ったら」と促してきた。その顔は何故かむすっとしている。


「……あの人の言うことを真に受けない方がいいよ。若い女性を見たらすぐ口説くような人だから」

「ええと……紙子さんのことですか?」

「他に誰がいるって言うの」


 漣は眉根を寄せて、それきり口を閉ざしてしまう。

 沈黙が居た堪れなくなり、結月は漣から少し離れた場所に腰掛けた。ふと、気になっていたことを口に出す。


「あの……漣さん。旦那様のお仕事というのは何なのですか?」


 天方家には、いろいろな人が尋ねてきて涼に相談をしていく。おそらくは、奇妙な物事についての相談で、涼はそれを解決することができる。

 以前に涼本人に尋ねた時には「自由業のようなもの」と言っていたが、ちゃんと答えてもらってはいなかった。


 結月の問いに、漣は少し目を瞠った。やがて、すっと目を細め、どこか冷たい表情で答える。


「……拝み屋だよ。他にも祈祷師や呪術師、陰陽師、巫女……いろいろ呼び方はあるけれどね。名前の通り、祈祷や占いを行ったり、呪いを祓い清めたり、霊や憑き物を落としたりするのが、父さんの仕事だ」


 巫女、という言葉に、結月は小さく肩を跳ねさせる。

 何となく気づいてはいた。涼もまた、結月の母――梓巫女と呼ばれ、各地を渡り歩いては祈祷や占い、死者の霊の口寄せなどを行っていた――と同じような仕事をしているのだ。呼び方は違えど、普通の人には見えぬものを見て、それらの対処を心得ているという点では同じだろう。

 だから怪異な現象に困った人々は、涼を頼り『天方先生』と呼んで相談に来ていたのか。

 今まで曖昧にしていたことがはっきりとして、少しすっきりとする。


「そうだったんですね。先ほど、紙子さんが護符用の紙と言っていましたが……」

「護符……霊符や神符ともいうけれど、いわゆる守り札だよ。作る際にはそれなりの作法があるんだ」


 曰く、護符を書く際に用いる筆や墨、すずりや紙、墨を溶く水などは、清浄な物を使う必要があると言う。

 紙は普通の半紙でも構わないが、生漉きの和紙がよいとされている。しかも、この紙屋では、和紙をく時の水に天神様の神泉な地下水を使っており、熟練の職人が漉く紙自体に強い祓いの力が宿っているらしい。拝み屋関係の中で有名な紙屋であり、遠方からわざわざ買いに来る者もいるそうだ。


 すがすがしい香りがするのは、清浄な力を宿す紙だからだろうか。結月は紙がしまわれた棚を感心して眺めた。

 そんな結月を、漣が探るような目で見ていることには気づかないでいると――。


「――おや、熱い視線ですねぇ」


 いつの間に戻ってきたのか、紙子が手に紙の束を携えて立っていた。

 漣はばっと振り返り、紙子を睨む。結月はと言えば、不躾に店内を見ていたことを咎められたのだと思い、「すみません」と急いで謝った。

 紙子は小首を傾げて、結月を見やる。目の端では漣を捉えて、にやにやと口元を歪めていた。


「どうしてお嬢さんが謝るんです? 俺は坊ちゃんに……」

「おい、きち。おめぇ、あんま若いもんをからかうんじゃねぇよ」


 紙子の頭を後ろから誰かが叩いた。結構な強さであったため、紙子が前によろめく。

 後ろにいたのは、紙子よりも小柄な老年の男性だった。紙子と同じく紺色の作務衣を着ている。短く刈り上げた灰色の髪に、ぎょろりとした目と尖った鷲鼻。厳めしい顔には深いしわが刻まれているが、背筋はしゃんと伸びている。

 老人は大きな目を動かして漣を見た。


「久しぶりだな、ぼん。元気にしてたか」

「はい。お久しぶりです、玄弥さん」

「涼と閑子さんは?」

「……以前と変わりありません」

「そうか」


 玄弥と呼ばれた老人は、結月の方へと顔を向けた。


「で、そっちのお嬢ちゃんが涼んとこに新しく入った女中さんかい」

「はい。若佐結月と申します。よろしくお願いします」

「おう。俺は紙子玄弥だ」


 よろしくな、と言う玄弥に、結月もお辞儀を返した。


「玄弥さん。頼まれていた『使い鳥』を持ってきました」


 漣は玄弥に風呂敷包みを渡す。紫色の風呂敷に包まれていたのは、柳で編まれた小さな行李こうりだった。

 玄弥が蓋を開けると、中には束になった切り紙が入っている。十字……いや、翼を広げた鳥の形に似たそれを、一枚手に取った玄弥はしばらく眺めていたが、やがてふっと放り投げた。

 放り出された紙は、しかし床に落ちることなく、すうっと滑るように宙を飛ぶ。ぴちちっ、と鳴いた紙は紙子に向かって飛ぶと、その頭をつつき始めた。


「うわっ、ちょ、師匠!」

「うむ。相変わらずよう出来とる。天方あまがたの名前通り、鳥のしきはお手のもんだな」


 使い鳥というのは、紙で作られた式神のことであった。

 玄弥は一人満足したように頷くと、行李の蓋を閉じた。その間も紙の鳥は紙子を攻撃しているが、漣も玄弥も気にした様子も無く話を進める。


「護符の紙と花紙を二百ずつだったな。いつもよりも随分と入り用だな」

「父も忙しいようです。母のこともありますので」


 答える漣が目線を落とすと、玄弥は眉間の皺を深めつつ、手を伸ばして彼の頭を撫でる。


「……坊、あまり気に病むなよ」


 玄弥は漣の頭を一撫でした後、紙の束をそれぞれ別の大きな和紙で包んで封をして、漣が持ってきた風呂敷で包んだ。

 その後、涼から預かっていた代金を支払って、用を終えた結月と漣が店を出ようとすると、ようやく紙の鳥から逃れた紙子が結月に手を振った。


「お嬢さん、いつでも店に来てくださいね」


 愛想の良い紙子を玄弥が叩く姿を後にして、結月は一礼して店を出た。


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