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閑話 色硝子の蝶


 天方家の応接室は、結月にとって少し特別な場所である。


 応接室は、玄関から入ってすぐの左手にある。まるで活動写真に出てくるようなモダンな洋室で、初めて入った時は感動したものだ。

 天方家へ訪れるお客様を通す部屋であり、玄関ホールと同様に毎日の掃除は欠かせない。

 最初の頃は勝手がわからず(何しろ洋室の掃除をするのは初めてだったのだ)、緊張して掃除をしたものだ。

 艶を帯びた木目の美しいテーブルや本棚、飾り棚やソファーなど、傷をつけないよう、しかし埃は残らぬようにと丁寧にはたきを掛け、布巾で拭いた。

 閑子や涼はそんなに気にしなくていいとは言ってはくれるが、雇われている以上そういうわけにもいくまい。何より、結月のお気に入りの場所の一つなのだ。

 この部屋に入ると、まるで自分が異国に来たような、活動写真の中に入り込んだような、少し不思議な気分になる。綺麗に保つのは遣り甲斐があるというものだ。


 掃除は大変ではあるが、結月には楽しみがあった。

 それは、東側と南側の壁にある大きな窓の一部に嵌められた、色ガラスを眺めることである。

 透明な窓ガラスの一部は、まるで絵画のように様々な色のガラスが嵌め込まれている。この絵画のようなガラスは、ステンドグラスというそうだ。

 東側と南側に一枚ずつあり、それぞれ鮮やかな花が描かれている。赤や濃い桃色、黄色、橙、緑色……。それらの色ガラスを、外の光を透かして見るとたいそう綺麗で、思わず見惚れてしまうのだ。


 今日もまた、床に落ちる色のついた光を見ながら、絨毯を掃いていると、ふと光の中で影が動いた。

 ひらひらと飛んでいる影は、四枚の翅を動かす蝶だ。

 窓の外にいるのだろうか、と顔を上げた結月は目を瞠った。

 東側のステンドグラスの中に、蝶がいる。白い翅をもつ小さな蝶だ。


「あれ……?」


 ――蝶なんて、描かれていたかしら。


 不思議に思って窓を見つめていると、蝶の白い翅が小さく動いた。


「えっ」


 色ガラスの中を、白い蝶がぎこちなく動いて、濃い桃色の薔薇へととまる。

 すると、薔薇の色が移るかのように白い翅が桃色に染まっていった。蝶はまた翅を動かして、次は黄色の薔薇へととまり、今度は翅が黄色へと染まる。

 目の錯覚かと思ったが、蝶はひらりひらりとガラスの中を飛んでいる。結月は思わずステンドグラスに近づき、蝶へと手を伸ばした。

 すると、蝶は逃げるようにステンドグラスの端へと消えてしまう。かと思えば、今度は普通のガラス窓に蝶の影が映った。窓の外を飛んでいるかのようだが、透明のガラスの向こうに蝶の姿は無い。ただ、黒い影だけが映っていた。

 蝶の影は、桃色の光と黄色の光をはらはらと零しながら、移動する。

 目で追っていると、南側にあるステンドグラスの中に、再び蝶が現れた。

 白色に戻った蝶は金盞花キンセンカへととまり、蜜の代わりに色を吸うように、金盞花の橙色を吸い上げて染まっていく。鮮やかな橙色へと変わった蝶は、やがて満足したかのように翅の動きを止めた。

 結月が近づいても、今度は逃げることなく、蝶はステンドグラスの中に納まっている。

 四枚の翅に、細い針金のような足と触覚。先ほどまで確かに動いていたのに、今はすっかり色ガラスの一部となっていた。伸ばした指先には、固く冷たいガラスの感触しか伝わってこない。

 気のせいか、自分の勘違いかと思ったが、あとで閑子に尋ねるとこう返ってきた。


『ああ、蝶々さんね。春になるとよく来るのよ。ほら、ステンドグラスの花、いつも満開で綺麗でしょう? ついつい寄ってしまうそうよ。お腹が空いたときに丁度いいからって。でも、せっかくの色ガラスの色を吸い上げてしまうのが困りものね。今年も色を塗り直さないといけないかしら。結月ちゃんは何色が好き?』

 

 閑子はうきうきと尋ねてくる。来年一緒に塗りましょうね、と今から楽しそうな彼女に、結月もつられて笑顔になった。


 余談ではあるが、サンルームにあるステンドグラスの睡蓮には、初夏から夏にかけて小さな蛙が遊びに来るそうで、水面から顔を出したり、波紋を立てたりするそうだ。そちらもぜひ見てみたいものだと、結月はサンルームの掃除も楽しみになった。



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