ボルサリーノ2、または二代目鬼台貫(卅と一夜の短篇第16回)
『北の国から』をきちんと観てはいないのだが、田中邦衛のモノマネの定番と言えば「ほたるぅ」である。私の年代であれば誰しも、一度はそのデフォルメを行使しているだろう。『北の国から』をきちんと観ていない人間としては、五郎と純と蛍について語る言葉を持たない。私が語りたいのは、『トラック野郎』における田中邦衛の魔的構造についてである。
『トラック野郎』シリーズ全十作のなかに二回、田中邦衛は登場する。第二作と第八作、同一人物としての出演ではない。それぞれまったくの別人として出演している。
『トラック野郎』シリーズについて語る必要があるだろう。「一番星」こと星桃次郎と、「やもめのジョナサン」こと松下金造。ふたりのトラック運転手が全国各地をめぐるロードムービーである。桃次郎のひとめぼれ、ジョナサンの日常としくじり。桃次郎とライバルの丁々発止、クライマックスの配送シーン……おおまかな筋は、以上のとおりである。
田中邦衛は二度とも桃次郎のライバル、敵として現われる。初出は白いスーツを着たダンプ乗り、ボルサリーノ2として。二度めは警察官、花巻の鬼台貫として。どちらとも、ジョナサンとの因縁が深い。ジョナサンはかつて警察官で、「花巻の鬼台貫」とおそれられていた。ボルサリーノ2はかつて、ジョナサンに捕まった恨みがある。二代目鬼台貫は、ジョナサンの後輩であった。警察を辞めたジョナサンへの愛憎が入りまじる。
ボルサリーノ2は、ジョナサンへの復讐のために現われる。最後にはジョナサンをひとりのトラック野郎として認め、和解する。『ワンピース』に出てくる海軍大将の ボルサリーノはたぶん、ここに由来するのだろう。
二代目鬼台貫は、桃次郎とジョナサンをしょっぴこうとする。使命感篤い警察官、頑なな正義漢である。難病に冒された妻がある。ラスト、桃次郎が運ぶのは医療機器である。妻が入院する診療所へ向かう桃次郎を、鬼台貫はパトカーで追う。法の番人として、法を冒す者を看過できない。妻の施術の妨害になるとわかりながら、桃次郎を追う。そうして医療機器を届けた桃次郎に鬼台貫は、「ありがとう」と涙ながらに言うのだ。
ボルサリーノ2と二代目鬼台貫、不可思議な構造である。ボルサリーノと鬼台貫が瓜ふたつ(同一人が演じているのだから、とうぜんである)なことに、誰もいっさいふれない。情が薄いのか、あるいは物忘れがひどいのか。はたまた、多元宇宙を表わした演出であるのか。脈絡のないそれに、感心することはない。