8.不死鳥の話
イミコのことを考えて何故か乱れてしまった心のせいで、縮むのに思ったより時間がかかった。術式を組み、意識を集中させた後いっきに身を縮めるのだが……その意識を集中させるのに時間を食ってしまったのだ。結局我が身を縮めることが出来たのは、奇妙な男女の二人組みが足元にやってきた時だった。
風体は冒険者。ただし男の方は身なりがよく、見目も性能も良さそうな装備を身に着け、女の方は冒険者を始めたばかりというような貧相な恰好をしている。だが二人の間に上下の関係があるわけではなさそうで、奇妙としか言いようがない凹凸のコンビだった。
「うわー……龍って縮めるんだ」
「……セイリア、緊張感を持ってくれ。相手は龍だぞ」
「あ、うん、ごめんね」
我の眼前で気の抜けるような会話をしている黒髪の人間の男と、青い髪の女のような見た目をした別の何か。人間のように見えるが何かが違う。しかし、形は人間に近いように思える。不思議なその女をじっと観察していると、それに気づいたらしい女はどこか気まずそうに我から目をそらした。
人間の表情にしか見えないが、小さな体から放たれる強大な魔力が人間のものであるはずがない。貧相な装備はそれがあろうとなかろうと関係ない力量故、といったところであろう。
「ふむ、実に面白いな。それはどうなっているのだ?お前本来の姿ではあるまい」
「え?あーこれは【変身】のスキルと魔法の重ね掛けをしてて、本当の姿は別で……えーっと」
化け物と呼ぶべき力を持っているそれはあまり頭が良くないらしい。困った顔で人間の男に目を向けている。それにしてもよく表情の変わる生き物だ。イミコよりもずっと動く表情を見て、あやつもいつかこのようにコロコロと表情が変わるようになるのだろうか、などと想像してみる。……うむ、あまり想像できんな。
目線を受けた人間の男がため息を吐きながら、しかしどこか温かい目で化け物を見る。それだけで伝わる深い情に少しばかり驚いた。人間でありながらこの男は化け物を大事にしているのだと分かってしまったからだ。
……人間は別種族であり、かつ化け物と呼べるような相手に深い情を持つことができるのか。恐れを微塵も含んでいない男の金の瞳が、どことなく我をまっすぐ見ている時のイミコの赤い瞳に似ているような気がした。
「一度幻を解いて【変身】の姿を見せたらどうだ?」
「あ、うん。そうだね。えーとね、黒龍さん。私は人間の姿にはなれないから、人間に近い姿に【変身】してて」
そのように言った女の姿が一度人間の胴体に鳥の翼と下半身をつけた姿の鳥人に変わってみせ、すぐにまた人間の姿に戻った。普段はこのように魔法を使って幻影をかぶせて人間のフリをしているらしい。そして元々は鳥人ですらないまったく別の生き物で、本来の姿は龍ほどではないが人間よりもずっと大きいという。
人に近い姿をとっているのは体の形を変えることができる【変身】という能力を持っているから。我の体の大きさを変える【変形】とはまた違う性質の能力であるらしい。
ふと、思う。それがあれば、我も他人に近い姿になれるのではないだろうか。その姿ならば、イミコに触れることが出来るのではないか。
「【変身】……【変形】ではないのか。そのスキルはどうやって手に入れたのだ」
「え?一回死んだら勝手に覚えてたんだよね」
「……どういうことだ?どう死んだらその【変身】とやらを手に入れて蘇る?我も人型になれるか?」
「えーとそれは……えっと…………アロイス……」
困った顔をした女が、助けを求めるように共にいた人間の名前を呼んだ。それだけで意図を察した人間が代わりに口を開く。
「彼女の種族は不死鳥。死ぬことのない生き物。おそらく、体を焼かれて一度灰となり、そこから再び形を成したことで身に着けたスキルかと」
「え、そうだったんだ」
不死鳥は原始の龍に並ぶ希少種だ。自分の事を全く分かっていない様子で、人間の男に呆れた目を向けられているこれが不死鳥と言われてもしっくりこないが、不死鳥だからこそ手に入れられたスキルだと言われてしまうと龍である我は諦めるしかない。
「むぅ……その【変身】とやらは、一度死なねば得られぬのか。その方法を取ることができるのは不死鳥であるお前だけだろう。我には不可能だな」
人型になれれば、イミコを傷つける心配もなく触れられるのではと思ったのだが、そう上手くいかぬらしい。我の感情につられてため息とうなり声が漏れる。
……何故こんなことで落ち込まねばならんのか分からないが、残念だと思ってしまっている。全てイミコが弱い人間であるせいだ。おかげで我は日々頭を悩ませねばならない。
「なんで人間になりたいの?」
「む……ううむ、それはだな……」
我が気を落としているのが分かったらしい不死鳥が、不思議そうな顔をして尋ねてくる。なんで、と問われると上手く言語化できないが……イミコに触れるため、というのは間違いない。
ちらり、と彼女がいるであろう小屋の方へ目を向ける。ここからでは聞こえないだろうが、念のため不死鳥に顔を近づけ、声を潜めた。
「実は、触れてみたい人間がいるのだ。衝動に任せると噛み付きそうな、絞め殺しそうな気がしてな……爪も牙も鱗もない体になれば、傷つけず触れられると思ったのだが……」
強大な力を持つ、不死鳥になら我の思いが分かるかもしれない。壊したくないのに、壊してしまいそうなことをしたくなる。人に触れるために、人になりたい。そんな我にも理解できないわれの想いを聞いた不死鳥は何度も同意するように頷いた。
「よっぽどその人間が可愛くて、撫で回して可愛がりたいけど出来ない感じなんだね?」
「……は?」
「鳥の甘噛みならともかく、龍の甘噛みだと人間は死にそうだもんね、なるほど」
一人、いや一羽で納得している不死鳥に我の思考がついていかない。我がイミコを、人間を可愛いなどと思っている、そう考えているらしい。原始の龍である我が、下等な種族である人間を、だ。自然とそう思ってしまうくらい、この不死鳥は隣の人間に情があるのだろう。我は決して、この鳥と同じでは――――ないと、言いきれなかった。
(…………たしかに可愛いのだろう。だから我は、イミコ一人に心を左右されるのだ)
腑に落ちた、といえばいいのか。今まで必死にそんなことなどあるはずがないと否定し続けたものを、直接他者の口から聞かされたおかげで納得してしまった。どうやら我はイミコを可愛がりたい、と思っているらしい。
我が自分に驚き、そして納得している間にも不死鳥は我が人に触れる方法を考えていたようで、思い付きを口にする。
「貴方の【変形】って縮めるんだよね?触るだけなら小鳥サイズまで縮めば、できそうじゃない?……無理かな?」
「無理だな。これでも努力したのだぞ……わが身をここまで縮めるのは本当に苦労するのだ。それでもまだあの人間に触れられぬ。本当に小さくて、脆弱な生き物だ」
人間は脆く、触れることも憚られる弱い生き物。絶対的強者である我がそんな矮小な存在に惹かれているとは認めたくないが、認めなければ己の中に不和が生じる。認めざるを得ない。
一度認めてしまえば己の感情を理解するのは簡単なことだった。……理解できたのだから、我は素直に己の思うことが出来るよう、努めなければならんな。
「……ごめんね、私じゃ龍が人間になる方法が思い付かないよ」
不死鳥は暫く考えるそぶりを見せていたが、申し訳なさそうな顔でそう言った。しかし、それは予想の範囲内だ。不死鳥といえば暫く前から見なかった種族。この者が生まれたのも、ごく最近の事であろう。長く生きる我が知らぬことを、若いこの魔物が知るはずもない。
「であろうな。見たところ、お前はかなり若い。この世のことなど殆ど知らんだろう」
仕方のないことだが、自分の感情を理解できたところで進む方向が分からないことにため息がでる。しかし、不死鳥の方はふと何か思いついたように明るい顔をした。
「ものすっごく長生きだと思う魔物を知ってるけど、興味ある?」
「……ほう?」
「黒龍さんより長生きかは分からないけど、多分すごく物知りだから」
少しでも手がかりがあるならば、それを頼らぬ道理はない。我は不死鳥のたどたどしい説明をじっくり聞くことにした。
お久しぶりです。月一更新くらいになってて申し訳ないです。
前作と被る部分でもあるので、中々難しくて筆が進みませんでした。