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5.微笑み



 我は考えた。人間の脆さや弱さについても頭に入れて、イミコの喜びそうなものを用意する方法を。そしてふと、川に入り震えていた姿を思い出し、あのような思いをせずに汚れを落とせる場所を作ってやればよいと思い付いた。

 人間は毎日身を清めているはずだ。他の魔物と違い、ほとんど汚れたままに過ごすことがない綺麗好きな種族。しかし水を使うと体調を崩すのだから、温水を使って毎日体を洗っているということになる。恐らく火で適度に温めたものを用意するのだろう。ここにも似たようなものを作ってやればよい。それも、いつでも好きな時に使えるようなものだ。


 幸いなことに、この場所は山に囲まれた土地。山の中には活動している火山も混じっていて、地下に熱が流れている。その熱で温められた地下水を掘り出してやればよい。これを使えばイミコも安心して汚れを落とすことができよう。このようなことを思いつくとは、さすが我である。

 そうと決まれば後は作るだけだ。ありとあらゆる工夫をこなし、人間の低い身体能力でも楽に使える設計をする。日が昇る前には湧き出る地下水による、温かい水浴び場ができあがった。目を覚ましたイミコの反応が楽しみである。



(……まだ起きぬのか。早くこれを見て驚けばよいものを)



 深く眠っているのか、地面に穴を開けてもまったく起きなかった彼女の顔を覗き込む。呼吸が浅く、少し速いような気がする。心なしか頬も赤く染まっていて、いつもより眉が中心に寄っているようにも見える。……もしや、これはどこか悪いのではないか?



「イミコ、どうした。何があったのだ」



 小さな体は身じろいだだけで、返事がない。我の声が聞こえているのかどうかも分からない。このような時、その体に触れることすら出来ない己が何をすればいいのか思いつかない。

 ふつふつと焦りが湧いてきて、不安で揺れる尾が地面を叩く。人間は弱いのだ、何もしないままだと死んでしまうかもしれない。



(何か食べれば体力が付くのか?それとも寝かせて置いたほうがいいのか?弱った魔物はじっと動かず休むが、人間もそれでよいのか?)



 覗き込んだ顔には汗が浮いていて、苦しそうに見える。暑過ぎるのかもしれない、と二つある燃え続ける炎の片方を消した時、ゆっくりとイミコの瞼が持ち上がった。赤い瞳と目があい、つい動きが止まる。

 その瞳は少し濡れていて、焦点があっていない。ぼうっと我を眺めているだけだ。



「イミコ、話せるか?話せるならしてほしいことを言うがよい。我には人間がそのような状態になっている時、何をすればよいか分からぬ」



 我は真剣であった。真剣に、この人間の辛そうな状態をどうにかしてやりたいと思っていた。それなのに、当の本人は暫く惚けたような顔をした後、目を細め口角を少し持ち上げる。それは小さな変化だったが、確かに笑顔であるように見えた。

 彼女が笑ったことにまず驚き、それを見られた事に対する喜びと、こんな時に笑うものではないだろうという呆れとが入り混じった複雑な感情に支配される。



「……何を笑っているのだ」


「わたし、しんぱいされたの、はじめて。うれしい」



 周りの人間から忌み嫌われていた彼女であるから、誰かに気をかけてもらうということがなかったらしい。我は断じて人間の心配などをしているわけではないが、イミコが嬉しそうに目を細めているのを見ているとわざわざ否定してやる気がすっかり失せてしまい、何もいえなくなった。

 ……そのような顔が出来る人間はずるい生き物だ。龍である我を黙らせてしまうなど、弱いくせになんという能力を持っているのか。

 ふい、と顔ごと彼女から目をそらし、その表情を直接見ないようにする。あまりそれを見ていると我の調子が狂いそうだ。顔をそらしたところで、我の広い視界の端には嬉しそうにしているイミコが映ってしまうのだが……。



「……そのようなことを考えて笑っている暇があるなら休め」


「ん……みず、のんでから、やすむ」



 ゆっくりと起き上がったイミコが川辺にフラフラと歩いていき、手で水を掬って飲む。かなり汗を掻いていたし、喉が渇いていたようで何度か水を掬って飲む動作を繰り返し、ほっとした様子で羊毛の寝具へと戻った。

 彼女がそうしている間今にも倒れるのではないか、川に落ちるのではないか、とハラハラしながら見守ることしか出来なかった己が身を少々窮屈に感じる。我が人の体に変化できれば、色々と手伝ってやれるのに。


 再び眠りについたイミコの顔を眺めながら、今の状態でわざわざ歩かなくても水を飲める方法を考えた。何か器を作ってやって、それに我が水を注いでやればよい。



(……うむ、では早速素材になるものを探すか)



 人間の貧弱さを考えて、軽い素材、硬い木の実の殻などが使えるだろう。ついでに噛まなくても食べられるような果実も採ってくれば良いかもしれぬ。



(……器を作ってやればまた喜んで笑う可能性があるな。湯浴み場にも気づいていないし、あれを見ればきっと笑うであろう)



 イミコが笑った顔を思い出す。それは微笑みという小さな笑顔だが、彼女の表情の変化と考えればとても大きなことだ。あまり見ているとどうも調子が狂いそうだが、見たくないとは思わない。むしろもっと笑わせてやろう、という気になった。



(まあ、そのためにはまずイミコの不調を治してやることが先だが)



 きっと調子が良い方が良く笑えるはずだ。そう思えば、自然と森の中に進む足が速くなった。




サプライズプレゼントは贈れてないけどイミコの小さく笑う顔は見られたクロムでした

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