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3.縮む黒龍



 人間は脆弱な生き物である。それは理解しているつもりだったが、本当の意味で理解できていなかった。実際目の当たりにしてみなければ分からないことは多いのだろうが……。



(……まさか……あの程度で喉が枯れるとは……)



 イミコは話し慣れていないからこそ舌足らずな話し方になるのだから、とにかく言葉を発する練習方法をとった。一文字ずつはっきりと、母音から発声練習。それから挨拶などの短い言葉をゆっくり喋らせる。我も練習に付き合い、寝そべって顔を彼女に近づけ人間の言葉を発音し、同じ言葉をイミコに喋らせるようにした。そのような練習を数十分続けただけで彼女の声が掠れてきたのだ。

 弱いと思ってはいたがまさかそこまでとは思っておらず、少々慌てることとなった。幸い近くに川が流れていたので、そちらに移動させて水を飲ませたが、暫くはそのまま休憩させたほうがよかろう。



(計画は変更だ。言葉の練習はあきらめ、根気強く会話をするしかあるまい)



 水を飲んでほっと息を吐いたイミコを見ながら考える。人間は皆小さくて分かり難いが、彼女は今まで見た人間よりさらに小さく見える。……小さいというよりも、細く頼りなさげだな。痩せているのかもしれない。



「イミコ、食事を採れ。お前はもっと膨れた方が良い」



 そうすれば多少は力もつくであろうと思い口にしたことだったが、イミコはキョロキョロと辺りを見回した後、ぎゅっと己の手を握って動かなくなった。何も言わぬ彼女の行動を人でない我が理解するのは難しく、しばし無言の時が流れる。……考えてやらねばならんのか。



(これは食事を採りたくないという意思表示なのか?しかし人間は食べなければ死ぬ生き物であるはずだが……)



 しかも人間は食べるという行為に対し特別な情熱を持っていて、料理という様々な手を加えた物を食べているはずである。同じ物でも様々な扱い方があり、予想のつかない形のものが出来上がっていることもある。出来上がったものだけ見れば、元々が何であったのか分からないことも多々あるくらいだ。

 人間の生活圏には自然にない形の食べ物が多く存在し、野にあるものを採るよりも、己の手で育てたものを食べていることの方が多く……ああ、なるほど。



「……何を食べれば良いか分からんのか」



 静かに頷かれて、頭を抱えたくなった。イミコは人間の生活圏から今まで出されたことがなく、自然にある食べられるものを良く分かっていないし、それを採る方法も知らぬのであろう。まさか食事の面倒まで我が見てやらねば生きていけないとは……なんと世話のかかる生き物なのだ。

 仕方がないので食べるものを用意してやろうと思ったのだが、一体どのようなものだったら食べられるのかよく分からない。今は喋らずに休ませたいが、訊かなければどうしようもない。……人間と共に過ごすのがこんなにも大変だとは思わなかった。



「お前は普段何を食べていた?料理とやらは出来るのか?」


「さかなと、やさい…りょうりは、できる……どうぐがあれば」



 まだ少し掠れた声で答えられて、これ以上話させてはならないという気になった。人間は回復も遅いらしいからな、よくそのような性能で生きていけるものだ。まったく、世話の焼ける仕方ない奴だな……。

 魚は川から狩れるし、野菜は人間が育てている植物なのだから、人間の歯で噛める果実で代用できるだろう。道具というのは後で魔法を使って作ってやればいい。そうとなれば早速集めるか、と寝そべった体を起こそうと前足を着いたら、その振動でイミコがぐらついた。……これではまともに動けぬではないか。



(この大きさで人間と接するのは危険だな。縮むしかあるまい)



 本来は縮むために使うものではないが、我は【変形】という能力を生まれながらに持っている。全く別の生き物になることは出来ないが、龍としての特徴を残したままならある程度形を変えることができる力。これを使えば人間を吹き飛ばさない程度には小さくなれるだろう。

 我が力は強大であり、抑え込んで縮まるのは中々に骨が折れる作業だった。実際に骨を折りながら縮まったような気さえするが、どうにか周りの木々の高さと腹這い時の頭の高さがほぼ同じになるくらいには小さくなった。初めてだが此処まで小さくなれるとは、流石我である。



「では今からお前の食事を用意してやるぞ。感謝するがいい」



 そう言って改めてイミコを見たところで、彼女の顔が先ほどまでと違っていることに気づいた。少しばかり目を大きくして、間抜けに口が半開きである。……この間抜け面はあれだな、人間が驚いている顔だ。

 生気が薄いというか、どこを見ているか分からないようなぼーっとした顔ばかりして、我を初めて目にした時も気力のない目をしていた彼女が今、人間らしく驚いた顔をしている。我が小さくなっただけで驚かれるとは思っていなかったが、悪い気はしない。



(……うむ。この調子でいけばイミコもいつか笑うであろう)



 しかし、イミコの顔は直ぐに元通りになってしまった。……いや、別に人間らしい表情が直ぐに消えてしまって残念と思っているわけではないが、戻るのが早すぎる。もう少し惚けた顔をしていても良かろうに。

 我の小さな不満は尾で地面を軽く叩き、解消した。気にしても仕方のないことだ。これから暫く共に過ごすのだし、最終的には笑う顔も見る予定なのだから、驚く顔くらい何度でも見られるであろう。



「……ゴホン。とにかくお前が食べられそうなものを見つけてくるので、此処で大人しく待っていろ」



 美味そうな果実を探してやらんこともない。そう思い翼を広げた風圧で、イミコが飛びそうになった。……飛ぶのもだめなのか。人間は軽すぎる。吹き飛ぶという意味ではそこいらの小石と変わらんぞ。

 仕方がないので飛ぶのは止めて、遠視の魔法で森の中を探し、果実のある木まで徒歩で行くことにした。龍を歩かせるとは全く世話のかかる人間である。

 一歩踏み出して直ぐにイミコの状態を確認する。この大きさであるならそこまでの振動ではないようで、ふらついていない姿にほっと息を吐いた。



(……いや、違う。これは呆れ混じりの溜息であって安堵したわけではない。龍である我が人間の心配などするわけがなかろう)



 誰に聞かれるでもない心の内の言い訳は、我自身も何のためにやっているのか分からなかった。




全く世話がかかる、仕方ない……といいつつちょっと楽しい黒龍。素直じゃないです。

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