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2.生贄の少女



「あり、がとう」



 糸を取り払い地面に人間を降ろしてやれば、下手な話し方で礼を言う。そして礼を言ったきり、人間は何をするでもなくその場に腰を降ろして無言で我を見ている。何がしたいのだ、こやつは。

 我が魔法を使い、人里を覗いた時の人間はもっと色々な顔をしていた。人間とは喜怒哀楽がハッキリと顔に出て、非常にわかりやすく興味深い生き物だったはずで、このように気力のない顔をして惚けているものではなかったと思う。



「……お前は一体なんなのだ?」



 堪らず尋ねてみたのだが、人間は質問の意図を理解しかねるのか首を傾げている。……うむ、少々質問の幅が広すぎたかも知れぬな。どうやら話すのが苦手な人間のようだし、単純かつ分かりやすい質問をするべきなのだろう。



「……名前はなんという?」



 これなら流石に答えが返ってくるだろう、と思ったのだが人間はまた首を傾げている。難しい質問はしていないはずなのだが、何故だ。我にはこの人間のことがさっぱり分からない。



(まさか人間との意思疎通がこんなにも難しいとは……)



 人の言葉を話せる我が人と出会ったなら、会話は容易く行えるものだとばかり思っていた。この人間が特殊なのであろうが、予想が外れて少しばかり困惑する。名前が無理なら何を訊けばよいのかと悩み始めたところで、人間のか細い声が聞こえてきた。



「イミコ……って、呼ばれてた」


「……それがお前の名か?」


「たぶん、そう」



 なんとも要領を得ない答えであり、我の方が首を傾げたくなる。しかしどうやら会話ができないわけではないことに少し安堵した。時間はかかりそうだが、話ができるなら暇は潰れるだろう。我は暇潰しのために人間と話すつもりでここを休憩場所に選んだのだからな、話ができなければ無駄になってしまう。

 それから粘り強く人間に話しかけ続け、得られた情報を繋ぎ合わせて分かったのは、この人間が共同生活をしている人間から嫌われている者だということ。それ故に魔物の生贄として差し出されたこと。他の人間と話す機会があまりにも少ないために、話し方が上手くないということだった。



「お前はそのような扱いをされて、泣きも怒りもせんのか」


「わたしには、ゆるされないこと、だから」


「……どういう意味だ?」



 言葉の意味が理解できなかった。己の感情を表すことが許されないというのはどういうことなのか。尋ねて返ってきたのは「なぐられる」という一言だったがそれだけでよく伝わった。この人間が人間らしいことをすれば、それを気に入らない他の人間に暴力を振るわれるのだろう。

 目の前に居る者が、我が今まで見てきた人間とは別のものであることを理解した。おそらくこの人間は笑うことも、怒ることも、泣くことも出来ない。人間として扱われなかったから、人間らしさをなくしてしまっているのだ。



(なんともったいないことか。せっかく笑える顔を持っているというのに)



 我の固い皮膚に覆われた顔は、人間のように笑うことができない。顔を歪めて泣くことも、眉を吊り上げて怒ることもできない。それは人間という種族に許されたもので、人間独特の感情豊かな表情が我は嫌いでないのだ。人間に生まれたはずなのに、それができないイミコという人間が哀れなものに思えた。



(ふむ、良いことを思いついた。我がこの人間を笑わせてやろうではないか)



 笑うことを知らない人間を笑わせる。簡単なことではないし、それなりに時間もかかるであろう。しかし、長い命を持つ我にとっては大した時間ではない。暇潰しに丁度良いではないか。

 それに、村という共同体から追い出された者に帰る場所などないはずだ。ここで朽ちるだけの命であるならば、我が好きに扱っても問題あるまい。



「イミコ、我の名はクロムウェルディア。お前は暫くの間、我の相手をしろ」



 おそらく誰かに逆らったことなどないのだろう。イミコは何の躊躇いもなく素直に頷いた。

 さて、共に過ごすことになったのは良いが、まずは何からはじめるべきか。やはり笑わせるためには喜ばせるのが良いのだろうが、我はこの人間が何を好むか全く知らぬ。それを知るところからはじめるべきか、と話しかけようとしたところで、イミコがもごもごと何かを言っていることに気づいた。



「……くろむうぇり、うえるで……くろむ……」



 どうやら我の名を呼ぼうとしているらしいが、舌が上手く動かないようで全く発音できていない。流暢に話すこともできないイミコに我の名は難易度が高すぎる。仕方がないので、短い名で呼ぶことを許してやるとするか。



「クロムでよい」


「くろむ……あり、がとう」


「む……うむ」



 何についての礼なのかよく分からないが、悪い気はしない。そして、まず始めにやるべきことが決まった。今の舌足らずで言葉足らずの彼女と会話するのは非常に時間がかかり、効率が悪いのだ。もっとスラスラと話せるようになれば、意思の疎通もしやすくなるはずである。



「イミコ、もっと上手く喋れるようになれ。我が練習に付き合ってやろう」



 フン、とひとつ息を吐いたら、風に煽られたイミコが座った体勢から倒れそうになった。……鼻息ひとつでこれとは脆弱すぎる。このように弱い生き物にはどうやって接すればよいのか。



(……とりあえず、触れてはいかんな)



 触れただけで折れるか斬れるかしてしまいそうな細い体に、少々行き先が不安になった。




なんだかんだ言いつつ人間が好きなクロムさん


タイトル修正。下書きのままだった…

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