12.見えない未来
原始の龍は古くから存在し、形を変えずに生きてきた。対して人間は、比較的新しい種族である。根本が大きくことなり、龍が人に近いものになる原理は存在しない、とサクヤは言った。
「では、人が」
「人を変えるのは難しいですが、龍が人になるより可能性がありますよ。けれど……その人間、どうやら器が上手く成長できなかったようですね。しっかり育てれば、望めるだけの才は持っていたでしょうに」
器とは生き物が持つ魔力の器であろう。イミコは人間としての生活を、まともに送っていない。体の成長にまわす力で精一杯で、魔力を育てるだけのエネルギーが不足していたのだと予測できる。
我にもイミコにも同じになる方法がないと告げられて、どうすればよいのか分からなくなった。おそらくこの狐ほど、物を知っている存在はないだろう。彼女が知らぬのなら、誰もどうにかする方法など分からない。
(……無理だと教えられるくらいなら、知らぬ方がよかったのかも知れぬ)
うなだれながら考える。我はイミコを愛おしいと思う。しかし、我がそれを表現しようとすれば弱い人間を傷つけることは確かなのだ。果たして我は、初めて抱いたこの感情と衝動を堪え続けることができるのだろうか。……正直にいえば、自信はない。
「……どうしても、とおっしゃるならばもう……次の世に望むしかありませんね」
「……来世か」
「ええ、来世に。貴方も彼女も魂を神に返し、もう一度肉体を得て……次こそ結ばれえる間柄に」
この世の者は死すると神の元に魂が帰る。そこで記憶を含むすべてを洗い流し、もう一度この世界に戻るのが魂の循環だ、という知識が我にはあるのだが……すべては神の意思によるものである。我にとって神とは会話のできる相手ではないし、不確かな事が多すぎて喜んで受け入れられる話でもない。
「それは……確実では、ないではないか」
「確率をあげる方法はありますよ。……私に教えられるのは、それくらいですね」
悲しげな顔でサクヤが言う。そのまま続けられた、来世で同じものに生まれる方法を聞いたが、どこか靄がかかったような……それほど、我はショックを受けていたのだろう。来世の我が我であるとは限らぬし、来世のイミコがイミコであるとも限らない、とそう思う。
この先我と弱い人間である彼女がどうなるのか想像もできぬし、今我が持つ感情をいったいどう扱えばよいのか。思考もまともに動いていない、何も考えたくはない。
「クロム……?」
「……む。イミコ、起きたのか」
目が覚めたのだろう、繭の中からイミコが顔をだした。特に調子が悪そうにはしていないので、改めてほっと息を吐く。次の移動はもう少し気を遣ってやらねば。
「クロム、何かあったの?悲しそうに見える」
「…………いや、何もない」
そう、何もない。我にできることは何もない。今の我がイミコに触れて、傷つけずに可愛がるようなことはどうしてもできぬのだと分かっただけだ。我の持つ、持て余しそうな感情の行き場がないだけだ。
「……暫く休んでお行きなさい。夜に飛び立てば、黒い体の貴方も目立たないでしょう。私の結界の中に居る間は人間に見つかることもないので、安心してよいですよ」
優しい声で語りかけてくる狐を、イミコがじっと見つめている。我らに向けられた優しさは同情の類であろうか。……おそらくそうなのであろうな。
夜に飛び立てば我は目立たぬし、空を低めに飛べばイミコへの負担もへるのだろうか。だが、我らはこれからどこに行けばいいのだろう。行く宛てなどない。
「……クロム、次はどこに行くの?」
「さて……どこに行くべきか」
「行く場所が決まってないなら、私……クロムの家に行ってみたいな」
我が家。今の我に住処はない。住処を探しに出て、イミコに出会ったのだとふと思い出した。ああ、そうだ、我は住み良い場所をさがさねばならぬ。人間が住みやすく、人間が食べられるものが多く溢れる場所がいい。
「我は今、住処を探している途中だ。良い場所を探しに行くとしよう」
「うん、分かった」
人間の暮らす場所からは、それなりに遠い方がいい。イミコと我が静かに暮らせる場所を探そう。我は人に成れずとも、触れられずとも、それでもこの弱くて小さな一人の人間と共に過ごしたいのだ。
夜。辺りが闇に沈み人の生活の明かりが灯る中、イミコを連れて旅立った。夜までにイミコとサクヤは何かを話していたようだったが、我は少し疲れて休んでいたのでその内容は知らぬ。明るい顔をしたイミコの様子を見るに、変な話はしていないと予測できるので気にはしていない。
「達者で。貴方たちの道に幸があらんことを」
九尾の狐は優しく、悲し気に我らを見送った。その言葉に込められた願いが叶うかどうかは、誰にもわからない。
次で最後…になると思います




