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10.友達

イミコ視点です


 私は生まれた瞬間から気味悪がられる存在だった。この村に住む者は皆黒い髪と黒い目を持っているのに、私だけは白い髪と赤い目を持って生まれてきたから。そして私が生まれてすぐに、蜘蛛の形をした災厄が村を襲った。私の白い髪は蜘蛛の糸を連想させ、私の赤い瞳は蜘蛛の目と同じ色をしていた。

 いらない子、忌まわしい子、望まれない子。そのような意味で“忌み子”と呼ばれてきた私に、他の人が持つような名前はない――――いや、なかった。とある黒龍に出会うまでは。


 蜘蛛は不定期に大人一人を生贄として要求してくる。村のはずれに蜘蛛の糸が垂らされた時がその合図だ。生贄は小さな子供では認められない、と知ったのは最初に生贄に出された私が返されて、大人が連れ去られたからだと聞いた。それから私は、大人になって生贄に出されるためだけに育てられた。死なない程度に生かされて、大人と言える年齢になって、村人たちの冷たい視線の中生贄として蜘蛛に連れて行かれ、ああようやくこの時が来たのかと思ったその時に、黒い龍が現れたのだ。

 初めて見る生き物で、その時の私はそれが“龍”と呼ばれる生き物であることも知らなかったのだが、とにかく強大でそれを前にすれば私などは砂粒ほどの価値もない存在なのだろう、と一瞬で理解できた。


 恐ろしい蜘蛛をあっけなく潰してしまった黒龍は私を食べたり殺したりする気はなく、何の気まぐれなのか、驚くことに相手をするようにと言ってきた。しばらく誰とも話さなかったせいもあり、私の言葉は覚束なく、会話するのも一苦労であったのだが、それでも私と話をして満足そうにしていた。

 クロムと名乗ったその黒龍が私を“イミコ”と呼ぶとき、その言葉に一切の悪意が篭っていないのが伝わってきて、初めて私は名前を呼ばれた、と感じた。それがとても嬉しかった。

 それから黒龍は私の言動に呆れつつも、何故かとても親切にしてくれた。今まで気遣いというものを受けたことのない私には彼の行動の全てが驚きと温かさに満ちていて、それがただの気まぐれであったとしても、私にとってはとてつもなく大きくて優しい出来事だった。


 クロムには深い感謝しかない。私は彼が飽きるまで……彼が望んでくれる限りずっと一緒にいたいし、話をしたい。けれど一人では何もできない私は、傍に居る限り迷惑をかけ続けるだけだろう。以前に一度、旅立つ時には連れて行ってくれると言ってくれて、それは言葉にできないほど嬉しかったけれど、でも気まぐれで構ってくれている彼の気が変わったなら、そんな約束は気にしなくていい。クロムが居なくなると考えるだけで胸は押しつぶされそうな程苦しいけれど、迷惑をかけるほうが嫌だ。だからいざとなったら私を置いていって大丈夫だよ、気にしないで、とそう伝えたかったのだけれど。



「……イミコ、何故そう思うのだ。我はお前を連れて行くと言っただろう」



 そんな私の言葉でクロムがとても悲しそうに翼をすぼめて項垂れていて、一体何がなんだか分からなかった。顔には出ないが大きな体で感情を表すのでとても分かりやすく、だからこそ悲しんでいるのがよく伝わってきて酷く申し訳ない気持ちになった。



「……ごめんなさい、クロム……」



 なぜ彼が悲しむのかはわからないが、それでも謝りたくて謝った。クロムは長い息を一つ吐くと、ぺたりと地面に座り込み、長い首も落として頭を地面につける。そうするといつもは遥か頭上にあって見上げる顔が私と同じ目線にあって、なんだかとても不思議だった。



「……イミコ、我はお前が何を思っているのかが分からぬ。だから話せ。なぜ我がお前を置いていくことを当然に考えるのだ?」



 その言葉の答えに詰まる。むしろ何故、クロムが私を絶対に連れて行ってくれると思うのだろう。彼のような生き物が私のような弱い人間に、ずっと興味を持ってくれるとは思えない。いつかのこの気まぐれは終わってしまうものなのだから、私はいつでもそれを受け入れる心構えをしていなければならない。そうでなければ、きっと二度と立ち直れなくなってしまう。

 それを素直に話していいものだろうか。呆れられるのではないか。不安に思いながら大きな紅の目を見れば、その目もまた私と同じように不安そうな影を持っている気がした。



「……私、クロムが気まぐれでも一緒に居てくれることが嬉しい。でも、私は何もできないし、迷惑かけるし、だから、クロムに嫌われる前に私……」



 言葉にしながら気づいた。私はこの龍に嫌われたくないのだ。村の人々と同じような、冷え切った目を向けられたくないのだ。温かさというものをクロムのおかげで知ったから、彼から冷たい目を向けられた日にはきっと、あまりの温度差に心が凍えて死んでしまう。

 想像しただけで恐ろしい。小さく身震いしていると、すぐ近くから小さな唸り声が聞こえた。クロムが何かを悩んでいる時によく出す音だ。



「むぅ……気まぐれ……たしかに、気まぐれ、だったのかもしれぬが……」



 わさわさと落ち着かない様子で翼と尾が動いている。彼が必死に何かを悩んでいるらしいことがそれだけで伝わってきた。彼はよく人間のよく動く顔のことを話すけれど、私からすれば彼の尾や翼は人間の表情以上に感情豊かだと思う。



「……そうか、我も話さねば伝わらぬのだな。お前ばかりに話させていては、我のことをお前が理解することはできない。我もお前も、心の内を語らねば本当に親しくはなれまい」



 クロムが何を言っているのかよく分からなかった。親しくなるとかならないとか、それではまるで。


(……友達、みたいな)


 ふと脳内に蘇る、自分と年の変わらない子達が笑いながら遊んでいる姿。私は畑仕事をしながらそれを見ていて、私が見ていることに気づいた子達は不愉快そうな顔をして去っていくか、見るなと言って泥を投げてくるか。親しい相手など私にできるものではない、私には許されなかったものだ。



「イミコ、我はお前と親しくなりたいのだ。我は龍で、お前は人。分かり合うのは難しいのかもしれぬが……きっと不可能ではなかろう」



 本当だろうか。クロムの言葉はまっすぐで、やさしい声をしているように思う。本当にこの龍は私に仲良くなろう、と言ってくれているのだろうか。



「……私と、友達になって、くれるの……?」



 心の中が大雨の日の川のようで、思うことを上手く言葉にできない。どうにか搾り出したその言葉も自信なさげに震えていた。



「む、そうか、まずは友だな……うむ。イミコよ、我の友となれ」



 クロムは少し口篭ったけれど、直ぐに友達になると断言してくれた。それがとてもとても嬉しくて、つい直ぐ傍にあった大きな顔に額を押し付けてしまったが、それを咎められることはなかった。



「ありがとうクロム、仲良くなろうね」


「…………う、うむ……そうだな……」



 クロムの尾が激しく地面を叩く音が聞こえる。これは結構機嫌がいい時にしているようなので、喜んでくれているらしい。今日、私には初めての友達ができた。種族は違うけれど、きっと仲良くなれると信じている。



クロム視点で進むとイミコの情報がとんでもなく少ないな、と思いイミコ視点でお送りしました。

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