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1.黒龍の旅立ち



 岩のように硬く黒い鱗、鋼を切り裂く爪、金剛石すら砕く牙。豊富な魔力で古代の魔法を使う、強大な存在。それが我、(ドラゴン)である。

 我が身から放たれる魔力を長年浴びたことにより、辺りは魔力をたっぷり含んだ鉱石が大量に存在している。人間にとって貴重で価値のある物であるはずだが、それを採るためにここを訪れる者は居ない。あまりにも我が住処への道が険しいらしい。

 龍の住処に他の魔物は怯えて全く近寄らぬし、のこのこやってくるのは魔力をほとんど感知できぬ種族である馬鹿な人間くらいのものであるのに、その人間すらもやってこない。自分以外の生命体を見ないまま千年以上の時が経っているのは確かだが、千年を過ぎた時点で年月を数えることをやめた。もしかすると二千年以上経っているのかもしれない。


 しかし、それでも。此処を訪れる者はいない。



(今日も誰も来ぬか……)



 あまりにも退屈。あまりにも味気ない。古き龍は大地より気を吸収し、食事すら必要としない。ただ地に腹を着けて寝そべり、何をするでもなく時が過ぎて行くばかり。あと何千年もこうしていれば、誰か一人くらいは我が住処にたどり着く者がいるかもしれぬ。しかし、待つのはもう飽きた。



(あまりにも暇だからな、新しい住処を探すとするか。今度はそうだな、もう少しばかり人間に近い場所へ……)



 龍は全生物から恐れられる存在だと我は知っている。生まれた時からある知識だ。魔物は勝手に逃げていくが、人間という生物は違う。奴らはあまりにも近づきすぎると弱いくせに敵意を向けてくる。だから人から離れた場所に住処を作ったが、しかしあまりにも遠すぎたようだ。お陰で誰と話すこともなく千年以上の時を過ごしてしまった。


 強く羽ばたき、空高く雲の上まで飛び上がる。体を風の魔術で包み飛行して、新しい住処とする場所を探す。人間の暮らす区域からは近すぎず、しかし遠すぎず。人間の足でも何とかたどり着けるような、大きな山がいい。

 時々高度を下げては雲をくぐりぬけ、目ぼしい場所を探して視線を地上に向ける。我の望むような場所は中々見つからず、一度体を休めることを考えた時だ。高い山々に囲まれた盆地の森林に、二つのものが見える。

 ひとつは我が足と同等の大きさの蜘蛛、もうひとつは我の小指ほどしかなさそうな人間である。



(……ふむ、やはり少し休むか。丁度良く山に囲まれ、他からは見えにくい場所だ。ついでに邪魔そうな魔物を一匹潰しておけばゆっくりと休める)



 決して丁度良く一人で居る人間が見えたから休むわけではない。まあ休憩中の暇つぶしに少しばかり話し相手となってもらうつもりではある。これはただの退屈しのぎだ。

 己が巣に人間を捕らえた蜘蛛を目掛けて降下する。紫と緑の目を引く色を持つ蜘蛛は接近する我に気づき、威嚇するように前足を振り上げたが無駄だ。その爪が木々を切り裂くほど鋭かろうが、その牙が他の魔物を一撃で殺す毒を持っていようが、我が体を覆う鱗に傷をつけることなどできぬのだから何の意味も持たぬ。

 足裏に、(ひしゃ)げる蜘蛛の感覚が伝わる。少しばかり不快な感触に軽く尾で地面を叩いた。



「妙なものを踏み潰したな……」



 人間にわかるよう、人の言葉で呟く。糸にとらわれた人間が我をじっと見上げている。白い髪や肌は土に汚れ赤い瞳には力がないように見えるが、伝説上の生き物と龍を恐れる人間が我を見たのだから驚くはずだ。何か面白い反応をしないかと暫く待ってみたのだが、その人間は我を見上げたまま全く動かない。

 驚きすぎて言葉も出ないのかと首をひねりかけた時、その人間がゆっくりと唇を振るわせてか細い声を発した。



「あ、の……わたしを、たべる……?」



 どこか舌足らずというか、話しにくそうに発せられた言葉に頭が少しばかり痛くなった。何故、そうなるのだ。我は下等な龍と違い、元から食事などという行為は必要ない。それに、たった今助けてやったばかり人間をわざわざ食べるはずがない。……ああいや、休憩するために降り立った場所で虫を一匹潰しただけであって、助けたわけではない。たまたま、結果的に助けてやったことになっただけだったな。



「……我は原始の龍ぞ。人間など食うものか」


「……そう、なんだ……」



 そう言って人間はまた、ぼーっと我を見上げ始めた。蜘蛛の糸から逃れようとするでも、我に話しかけるでもなくただ我を見ている。何がしたいかさっぱりわからない奇妙な人間。



(……一体こやつは何なのだ……)



 人間らしからぬ反応の薄さに、強く戸惑いを覚える。しかし放っておくのも何だか忍びなく、糸を尾で払ってやりながら、期待した会話ができそうにないことに軽く息を吐いた。



ゆっくりの不定期更新予定です。

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