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接待②

徳川家康一行の接待係に抜擢された光秀。しかし、その裏には何かが隠されていた。

 同年五月十五日、徳川家康一行と穴山梅雪が安土城を訪れた。


 表向きは駿河拝領の御礼と対武田戦勝祝いである。安土城に入城した一行は明智光秀に出迎えられ、到着早々華々しい歓待を受けた。一行は各人の小部屋に通され、しばしの旅の疲れを癒した後、大広間にて五膳からなる本膳料理が振る舞われた。そして晩は三膳に減らされていたが、これは昼の胃もたれに配慮した光秀なりのもてなしだった。


 翌日は、朝より菓子付の四膳が配膳され、そして夕飯は五膳の他に菓子と点心までも付け合わせた豪勢な献立が並べられた。

 これらの料理には京出身である近衛前久も喉を唸らせたばかりか、普段濃い味付けが主流の三河武士でさえも全員感嘆の声を漏らし、特に徳川家康はそのもてなしを絶賛した。しかし、事もあろうにここで信長の顔つきが突然険しくなり事態が急変した。



「こんな不味いものが喰えるか! 光秀はどこだ!」



 激昂する信長に一行は唖然となった。配膳係もその信長の異形に腰を抜かしたほどだった。その怒鳴り声は館中に響き渡り、光秀は使用人に呼ばれるまでもなく信長の元にはせ参じた。



「光秀! こんな薄味を三河の方々、それも大事な徳川殿にお出しするとは何事だ! 貴様三河の方々を舐めておるのか!」


「いえ、決してそのようなことはありませぬ。直ちに作り直して参りまする」



 恐れおののきながらも光秀は別の膳を提供することを提案したが、信長の怒りは収まらない。家康も「兄上殿、私は全く気にしてはおりません。我が家臣も同意でありますゆえ、明智殿をお叱りにならないでくだされ」と懇願したが、信長はその言葉を退け光秀に下知した。



「長曽我部元親の件でもワシに口答えしおって。貴様、何様のつもりであるか。四国の分領など我らで決めてしまえ。うむ、そうだ、良いことを思いついたぞ。貴様、この詫びにすぐさま備中高松城へ行け! サルがつい先ほどワシに援軍要請をしてきたのだ。ワシより先に備中に赴き、秀吉の指揮下で指令を待つが良い」


「しかし某しは今、徳川殿の接待役にあります」


「それについては五郎左(丹羽長秀)に任す。ついでに四国方面の指揮権も五郎左に委ねよう。貴様では長曽我部との交渉役に不向きであるからな。現刻を以て四国方面の指揮権を剥奪する。直ちに坂本城へ戻り軍備を整えよ」


 それはあまりに惨い仕打ちだった。家康の接待係を突然解任されただけではなく、四国方面の指揮権までも剥奪されたのだ。土佐国の長曾我部元親とは領土の分割でもめており、光秀は懇切丁寧な対応で長年交渉を続けていた。そして、あともう一息というところまで妥協案が進められていたのだったが、その努力が水泡に化した瞬間だった。その上、秀吉の下で働けという指令は光秀の自尊心を完全に打ち砕く行為でもあった。


 しかし信長の怒りは頂点に達しており、今反論などしたらその場で手打ちにされなくもない。ここは潔く引いた方が得策と考えた光秀は、下知の通りに翌日以降の接待を丹羽長秀に引き継ぎ、居城である坂本城に帰参して行った。


 それ以降の接待は、信長の下知通り丹羽長秀を筆頭に堀秀政、長谷川秀一、菅屋長頼の四名が務めた。


 これには家康をはじめとする家臣団一行も光秀への仕打ちに少々いたたまれなくなり前日までのような盛り上がりは既になくなっていた。その後一行は能などの伝統芸能を嗜んだのち、いよいよ京の都へ向けて上洛。信長は長谷川秀一を案内役として付き添わせた。



――・――・――・――・――・――・――・――・――・――・――・――・――・――・――・――・



 さて徳川家康一行が京観光を楽しんでいる間に、森成利がひとつの情報を入手し、すぐさま信長に耳打ちしに赴いた。



「全て明智殿の読み通りであります」



 成利が信長にそのように報告すると、信長は口角を少し上げニヤリと不気味な笑みを浮かべた。


 そう、実はこの理不尽にもとれる一連の事柄は、全て光秀が下書きを描いたものだった。信長はその光秀の演出通りに演技したに過ぎない。つまりこの舞台の裏側には、信長と光秀とで取り交わされた『とある密談』があったのである。


 その密談は家康一行が安土城に到着した二日目の午後に行われた。どうしても信長が隠している今回の設宴の真意を伺うべく、光秀は接待役の合間に信長の居間を訪ねた時のことだーー



「なんだ光秀、徳川殿の接宴の準備中ではないのか」


「すでに夕食の仕込みは整えてあります。あとは配膳するのみです」


「では何要か。四国の件で文句でも言いに来たのか」


「いえ、確かにその件でありますれば、某しにも思うところなきとは言い切れませぬ。しかし、お館様にもお考えがあってのこと。当件につきましては下知に従いまする。只今お伺いした儀は此度の設宴の真意についてでございまする」


「真意とは何事であるか」


「では、率直に申し上げます。『穴山梅雪』殿でありますが、いかがにしてもてなしましょうや」


「いかがとは、どういうことであるか」


「いえ此度の宴、接待するにしては徳川殿の配下の人数があまりにも多すぎます。それに対して穴山殿も同席というのは不自然であると考えます。もしや、お館様にお考えがあっての設宴ではないかと」


「光秀よ、頭が切れ過ぎるのは早死にの元であるぞ」


「お館様の身代わりになれるのであれば早死にも依存ございませぬ」


「むう… …。そう言われては返す言葉はないであるな」



 問答で一本取られた形の信長は、負けた詫びとして全てを打ち明けた。


つづく


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