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接待①

旧・武田家の領地をも手中に収めた信長に、既に敵と呼べる大国はなかった。

安土に戻った信長は、駿河で寛大にもてなしてくれた徳川家康に返礼の書状をしたためた。内容は信長本人による安土城においての接待と、京の都観光である。しかも付き添いの家臣団の制限はつけないという豪勢ぶりだ。

これは駿河で家康から受けた接待を超えるくらいのもてなしをしたいという信長の矜持の表れでもあった。そして、この接待係として任命されたのが、またしても明智光秀だった。馬揃え式に続く大抜擢人事である。


ここまで来ると信長の『家臣贔屓』が目に余るものとなる。特に丹羽長秀ら文人派の重臣らからは光秀に対する妬みや嫉みが増幅し、そして明らかな嫌がらせの類も見えつつあった。


そんなある日、信長は家康接待の進捗状況を聞くために光秀を城に呼び出した。



「光秀、此度は徳川殿の接待であるが問題はあるまいか」


「はっ、特に問題はございませぬ。馬揃え式同様に、お館様には恥をかかせぬよう取り組みまする」


「そんなことは分かっておるわ。並み程度のもてなしなら貴様には頼まぬ。ワシが言っておるのは、貴様の周りで起こりつつある変化のことである」


「もしや… …お耳に入っており申したか」


「入るも何も、そろそろ文人派の連中が動き出す頃と思って待ちわびておったくらいである」


「では、お館様はこうなることをご承知で某しに接待役を… …」


「無論である。当家の大行事を二度に渡り任命されたとあれは、妬みや嫉みの一つや二つあるのも当然であろう。だかな光秀、これも上に立とうとする者の宿命、避けては通れぬ道である。その過程で蹴落とすことになる者、また退けた者の心の痛みが分からなくては真の指導者にはなれぬのだ。此度の件で一番苦汁を舐めるのは、恐らく五郎佐(丹羽長秀)らであろう。その苦汁の数だけ彼らはお主を貶めるやもしれぬ。だが決して恨むではない。その者らを今後扱うのも上に立つものの役目である。むしろ時間をかけてでも取り込むように努力するのだ」


「な、なんと… …お館様はそこまで見越して… …。でも何故にそこまで… …」


「何故も何も、先の馬揃えは見事であった。この接待役はワシから貴様への返礼でもある。徳川殿の接待役を見事果たすことができれば、貴様の家中での格は数段上がるであろう。文人派の者どもを見返してやる良い機会にもなる」


「有りがたきお言葉… …、この光秀、しかと心得ましてございます!」



 光秀は頭が擦り切れるのではないかというほど、畳に額をつけて礼を言った。いや正確には目頭が熱くなり、とても顔を上げられない状態だった。信長もその光景から状態を察し、しばらく黙って見守った。


ようやく心が落ち着いた光秀は、接待の内容について切り出した。



「此度の宴、徳川殿は総勢三十五名で来られるということでありますが、献立の趣向にて、お館様のご意見をいただきたいと思いまする」


「献立か… …、貴様ならば何にいたす」


「折角来られる徳川殿には、京ならではの素材と料理を召し上がっていただきたいと考えております」


「それで良いではないか。何か問題でもあるのか」


「徳川殿は三河のお方、付き添いの方々も同じでありましょう。三河と言えば濃い味付けが主流。対極的な味付けの京料理がお口に合いますかどうか」


「良く研究しておるな光秀。しかし心配無用である。今後、徳川殿も京に赴くことが多々あるであろう。そのためにも家臣一堂にも慣れてもらわねばならぬ。一切の遠慮などせず、本場の京料理と京遊びでもてなせ!」


「御意。徳川殿と言いましたら、今やお館様の分身とも言うべきお方。お館様を接待する覚悟で臨みまする」


「良く理解しておるではないか。貴様を推挙したこと間違いではなかった。安心したぞ」



 光秀の心配りは信長も認めるところであった。だからこそ任せられたのであろう。単に京料理の知識や公家作法程度であれば、知識と心得を持ち合わせている家臣はいくらでもいる。しかし期待を裏切ることのない配慮ができる人間はそうはいない。信長の光秀に対する絶対的な信頼はココにあると言えた。


 当然任された光秀もそれに応えるべく、全身全霊を掛けて任務に臨む。だが光秀には、今回の設宴がどうも不自然でならなかった。それが何であるか分からないため光秀は『お館様は何かを隠している… …』と、歯がゆい思いを身に感じるのだった。


 つづく


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