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崩壊・信長包囲網

竹中重治の遺志を受け継いだ森成利は、内紛が勃発する徳川家へ向かった。

さて竹中重治の遺言ともいうべき任務を受けた森成利の姿は、既に遠江国内にあった。


旅人風の出で立ちの上、顔を知られていない成利は、すんなりと三河国をすり抜け、駿河国内の古寺で徳川家の重臣・酒井忠次と落ち合った。



「自分、亡き竹中重治の代理、織田信長公の許可を受け参上した森成利であります」


「酒井忠次である。ようお越しなされた」


酒井は見たところ齢五十を超えていそうな比較的華奢な武将だった。武人というより文人というべき類の武将で物腰も柔らかである。



「さて森殿、早速でありますがこれを見ていただきたい」



 そう言って忠次が差し出したのは二通の文書だった。一つは徳川家康の嫡男・信康の正室である織田信長の娘・徳姫からのもの、もう一つは徳川家康自身からの文書であった。



「忠次様、見ていただきたいと言われましたが、いずれも私のような小姓が開ける文書ではございませぬ。持ち帰りお館様に直接渡したく存じます」


「それについては心配無用じゃ。我がお館様の許諾もいただいておる。それに要請あれば小生も直接織田様に面会をしたいのじゃ」


「分かり申しました」



そういうと俊成は早速文書を手に取り、二通すべてに目を通した。そして読み終える頃には自身の目を疑った。それが事実だとしても信じることができず、思わず二度見したほどだった。そこには次のようなことが記されていたからだ。


最初に目を通したのは徳姫の文書だった。といっても表題には『訴状』と記されている。内容は夫であり三河国の岡崎城主・信康の暴君としての振る舞いの数々だ。従者への暴力的行為はもちろんのこと、民衆をまるで鹿猪を殺めるように弓矢で射貫く非人道的な恐怖政治への訴えが書き綴られていた。

そしてなにより問題なのは、家康暗殺の企てだった。しかしこれだけだと信康と不仲になった徳姫が、自分の夫を単に貶めるために、父・信長や義父・家康の力を借りて成敗してもらう企てと判断されかねない。


ところがこの徳姫の訴状に家康の文書を加えると、事態が確信へと変わるのだった。


その家康の文の内容は、自身の奥方・築山に関するものである。それによると元々今川方の人間である築山は、今川義元を討った織田信長を今もなお恨んでおり、家康が同盟を結んだことも許せずにいたという。そこに駿河国内に潜む旧・今川の残党を束ねた甲斐国の武田勝頼が、築山を介して三河国の徳川信康に接近。遠江国の徳川家康を駿河と三河で挟み撃ちして遠江国を制圧した後、尾張国へ進出するという旨の記述がされていた。



「酒井殿、このようなものを信長公に見せたら、信康殿も築山殿も命の保証はありませぬぞ」

と、焦る成利に対し、忠次は、

「我が主も承知の上であります」

と、冷静に応えた。



どうやら妻と息子の命を取られようとも、三河国と遠江国内の火種を最小の内に消し去りたいというのが家康の希望とのことだった。そして信康殺害の折に、彼がその企てに気付き挙兵に踏み切った場合、尾張国からも挙兵して駆けつけてほしいという協力要請であった。


成利は大急ぎで安土城に帰国すると、信長は真相究明のためにすぐさま酒井忠次を呼び寄せた。そしてそれが家康の真意であると理解するや否や、深いため息をひとつし、家康の要望を全面的に許諾したのである。


こうして天正七年の夏、母である築山と家康暗殺を企てた信康は切腹の刑に処せられ、次いで武田と内通していた築山自身も移送中、家臣により殺害された。家康の用意周到な手配により、織田方の力を借りるまでもなく三河国内のみで無事終結したのだった。



――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――



ここで話疲れたのか養華院が一息つくと、間髪入れずに


「この後の織田方の各地の制圧ぶりはすさまじかったものよ」

と、天海が話の流れを受け継いだ。


「同盟国である徳川家が治める遠江国までを盤石にした織田方は、続いて明智光秀が細川藤孝と共に丹波国を平定。次いで翌年の天正七年(一五八〇年)には羽柴秀吉が三木城を降し三木合戦を終結に導いたのじゃよ。そしてこの間に城主の荒木村重が逃亡したことで有岡城も陥落したのじゃ。城の中からは捕らわれた黒田孝高がボロボロになりながらも生きながらえていたそうじゃ。だが一年近くにも渡る監禁生活のためか、体よりも心の方の痛手が凄まじかったらしい。その影響で黒田孝高は、まるで別人格になってしまったとの噂もあるくらいじゃ」


「重治殿も既に他界、黒田孝高が秀吉の手に落ちては真相の糾明は難しそうですね」


「うむ。真相は闇の中じゃが、黒田孝高の嫡男で長浜城にて人質になっていた長政が、この時同時に解放されておる。このことを考えれば孝高は息子の命と引き換えに真相を闇に葬ったのじゃろう。それはさておき、織田方の何よりの吉報は約十年続いた石山合戦が終焉を迎えたことじゃ。本願寺光佐は加賀国の二郡を信長に譲渡し、加賀からの撤退を約束すると、次いで石山本願寺も明け渡すことで完全なる敗北を認めたのじゃ」


「よく石山を明け渡しましたね。余程の圧力でもあったのでしょうか」


「まぁ、圧力と言うほどでもなさそうじゃが… …、前関白の近衛前久が動いたらしいぞ。彼はその他にも薩摩国を拠点とする島津義久と、豊後国を拠点とする大友義鎮との和平締結にも関与していたそうじゃ」


「関白職を失職してもなお各地の大名をまとめ上げる権力。近衛前久公の威厳と影響力は並みの大名以上でありますか」


 と、前久のチカラに感嘆する深海をよそ目に、天海は「そう… …じゃな」と、聞き取りにくいほど小さい言葉を発して顔を背けた。



 つづく

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