竹中重治の遺志
戦乱のさなかに病に倒れた竹中重治。しかし病床においても信長に対する忠誠心は変わらなかった… …
天正七年(一五七九年)四月、しばらく前から体に異変を感じ始めていた竹中重治は、いよいよ立っていることもままならなくなり、有岡合戦の途中で戦線離脱。急遽、京の療養所にて保養していた。そこに織田信長、帰蝶、そして小姓として採用されたばかりの森成利(通称・森蘭丸)が見舞いに駆け付けた。
外は桜が咲き乱れ、春の日差しが縁側に差し込む心地よい小春日和。とても各地で戦火が巻き起こっているとは想像もできない、ゆったりとした時が刻まれていた。
「お館様がわざわざ見舞いに来られるとは、有りがたき幸せにございます」
と、病床から体を起こし重治は挨拶を交わした。
「ふっ、案ずるでない。帰蝶が来たいと申すから付き添ったまでよ」
と、信長は無理に体を起こそうとする重治を手で静止した。
「あらあら、わざわざ他の謁見を延期してまで来られたのはどなたでしたか?」
と、帰蝶は口元をほころばせなから、信長の照れ隠しにもとれる言葉に追随した。
「黙れ、帰蝶。まぁ秀吉の監視など、面倒な責務を任せているからな。して、具合のほどはどうなのだ」
「本日は久方ぶりに咳も収まっており好調であります。これもお館様のお力なのでしょうか。見舞いに来ていただけると聞いてから、このように起き上がるまでに回復しております」
「それは良かった。辛くなったらいつでも横になるがよい」
「かたじけのうございます。ところでその後、各地の様子はいかがでしょうか」
「うむ、権六(柴田勝家)率いる加賀征伐は首尾なく進んでおる。それに光秀の丹波攻略もいよいよ終盤であろう。今は戦線を離れられぬゆえ、お主の見舞いに来れぬことを悔やんでおるようであった。あとは有岡と石山、そしてサルの三木合戦を残すのみである」
「そのような大事な折に倒れてしまい申し訳ありませぬ」
「そんなことは気にせずともよい。ところで念のため聞いておくが此度の病、もしや一服盛らされてはおるまいな」
「それはありませぬ。拙者もその類に関わる事物には常日頃より気を配っております。それに毒に関する知識は人一倍あると自負しております。これまで食事の配膳、間食に至るまで毒物の混入形跡はあり得ず。しかるに此度の病、単に拙者の不注意、持病の悪化に相違ございませぬ」
「そうであるか。ならばゆっくり養生するがよい。各地の戦乱は成り行きに任せるつもりであるからな」
「いえ拙者、近いうちに現地に戻る所存であります」
「それはならぬ。病状が回復するまではここでしばし療養しておるのだ」
「そうですよ重治。そなたの活躍する機会は今後いくらでもあるのです。今はそのためにも英気を養ってくださいまし」
と、帰蝶も心の底から心配してなだめた。
「お館様、そして奥方様、お言葉感謝いたします。しかしどうしてもやらねばならぬ責務がありますゆえ、戻らなければならぬのです」
「お主の忠誠心は良く分かっておる。だが今現地に赴くということは命に係わると、薬師も言っておる。それはそなたも知っておろう。病を押してまで行く必要があるのか」
「これは織田家の、いえこの日の本の国の行く末を左右するかもしれぬかも知れぬことであります。此度の荒木村重の謀反の裏には庸穂(安国寺)恵瓊が絡み、彼の策略で覚恕法親王と本願寺が呼応しているということはおそらく間違いありません。ただ秀吉のしっぽまでは見えないのです。三成を使って巧妙に拙者の目を欺いているようにも感じます」
「だが現にサルに関しては、村重や本願寺に呼応する動きは全くないと思える。逆に現状においては三木城攻略を難なく進めている以上、疑心を抱くこと自体無理があると思えるがな」
「確かに現時点においては拙者の行き過ぎた推測に過ぎませぬ。しかし黒田孝高殿が幾度か有岡城に足を運ぶ姿を目撃しております。そして此度、彼は村重により捕らわれ今なお幽閉されていると聞きます。おかしいとは思いませぬか」
「いかにも… …、黒田孝高は我が織田家とは無関係の人物。ワシにおいては人質の価値もなき者であるな。交渉の道具にもならぬ男よ」
「左様、ともすれば黒田殿の価値を高めているのは、恵瓊の属する毛利、覚恕法親王の属する延暦寺、そして対立中の本願寺、さらに秀吉の陣営のうちいずれかになります。このうち、お館様と対立する延暦寺と本願寺は明らかに論外ですし、毛利においても黒田殿に価値を見出すことはあり得ず。黒田殿が生きていて一番貧乏くじを引くのは一人しかおりません」
「なるほど。有岡城が陥落し、村重と黒田が生きて拘束された場合、彼らはそれらの陰謀を暴くことによりサルを巻き添えにできるということか」
「黒田孝高殿においては幾ばくかの酌量の余地はあると存じますし、何より有岡城が陥落した後、生き証人である村重と黒田殿に危害が及ばぬよう、誰かが監視しなくてはなりませぬ。ただ表立った行動ができぬのも事実。慎重な三成の目を欺くことは並大抵の人物にはできませぬゆえ」
「それができる者は、お主しかいないというわけであるな。確かに村重と黒田は是が非でも生け捕りにせねばならぬな」
「それともう一つ、お館様にお願いの義がございます」
「何だ、申してみよ」
「そこに控える森成利殿を、酒井忠次殿の元に遣わしていただきたくお願い申し上げます」
「酒井忠次とは徳川家古参の重臣のことか。お主と酒井との間に交流があったとは驚きであるな」
「さほど珍しいことではありませぬ。拙者と酒井殿は、それぞれ織田家と徳川家の参謀同士。特に浅井・朝倉攻略時の折は、攻略会議にて二人で夜通しの議論を続けて参りました。その縁もあり、周辺諸国の情報共有を現在でも続ける仲であります」
「ということは三河・遠江周辺で何か変化があったのだな」
「三河・遠江周辺というより徳川家内部と言えるかもしれませぬ。詳細が記載された文書は酒井殿が保管しているとか。ことの次第が分からぬため現時点では水面下で動かざるを得ず。本来拙者が仲裁せねばならぬ事柄なれど不本意ながらこの有様。直接会う以外に方法はございませぬ」
「あい分かった。成利、話の通りである。しかと責務を果たすがよい」
「はっ、承知仕りました」
と、成利は真直ぐに見開いた目を向けつつ頭を下げた。
「しかしなぜ成利なのだ。伝令役なれば他にもおろう」
「それは… …、目でありますよ。その曇りひとつない瞳にはお館様しか映ってはおりませぬ。徳川家の国事に係わりそうな重大事、口が固きものでなくては安心できませぬ。それに成利殿の顔はまだ徳川領内では知られておらず。適役かと存じます」
「病床の身なれど、その洞察力は未だ健在であるな」
と、信長は深く頷いた。
「ところで成利殿は、お幾つか?」
「今年で十五であります」
「そうであったか。ではこれから益々知識を蓄えねばならぬな。勉学は好きであるか」
「はっ、お館様を守れるだけの知識はつけとうございます」
「良い心がけであるな。では安土にある拙者の住居の書物、全てお主に託そう」
「えっ… …それは、有りがたきお言葉なれどそうはいきませぬ。それではまるで… …」
と、思わず『遺言』と言いそうになり成利は言葉をつまらせた。そして咄嗟に言葉を変えて、
「竹中様がご帰還された後、直接受け取りに参りまする」
と、言い直した。
「そうか… …気遣いすまぬな。ではこうしよう。拙者の代わりに書物の整理を頼む。長い間家を空けておるので埃が被っておるやもしれぬ。度々訪れて手入れをしてくれぬか」
「そういうことでしたら… …お館様よろしいでしょうか」
「構わぬ。我が織田家を守るための知識であろう。それも立派な小姓の務め。励むがよい」
チカラ強く言い放った信長だったが、その顔は心なしか寂しさが滲み出ているように見えた。
この一ヶ月後の天正七年六月十三日、戦場に復帰した竹中重治は攻略会議中に倒れ、そしてそのまま帰らぬ人となった。享年三十六歳。戦国の世に名を轟かせた天才参謀のあまりにも若すぎる死であった。
この訃報を丹波攻略の陣中で聞いた明智光秀は、声も出さず目に涙を浮かべたという。
そして重治の弔いとばかりに黒井城を陥落させ、ついに丹波国を平定。翌年の論功で丹波一国二十九万石、旧領地の五万石と併せ三十四万石の国持大名へと出世するのだった。
つづく




