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霧の群像~今明かされる真の信長暗殺者~  作者: トビー
第五章 信長包囲網
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近衛前久の帰参

義弟・浅井長政を討ち滅ぼした信長。信長包囲網を先導していた将軍・足利家もなきいま、新たな構想が京にて始まっていた… …

越前国の大半と若狭国・近江国を統一し、畿内における脅威がある程度取り除かれた信長は、これまでの家臣たちの功をねぎらう余裕が出て来た。そこで丹羽長秀には若狭国一国が付与され、ここに織田家初の国持大名が誕生する。


続いて柴田勝家には、まだ越前一揆衆との抗争が絶えないものの、越前八郡の計四十九万石もの所領を付与。北ノ庄城を任せて越後国・上杉輝虎の侵攻に備えた。


この間、光秀は優柔不断で将来の希望が見いだせない将軍・足利義昭に完全に愛想を尽かし、両属の家臣から正式に織田家専属の家臣として家中入りを果たしていた。


 また同時に出世欲の強い秀吉も動きを見せていた。


まずは木下秀吉を改名し、丹羽長秀と柴田勝家という織田家の筆頭家臣から一字ずつを貰い受け『羽柴秀吉』と改め、今まで交流の薄かった勝家の取り込みを図った。

続いて小谷攻めの論功として小谷城を与えられると、この土地を『長浜』と改めて城名も同様に改名した。


畿内における体制を整えた信長は、その後同盟国である三河国の徳川家康と共に長篠にて武田勝頼の主力部隊を壊滅させると、いよいよ長きに渡る石山本願寺との最終決戦に照準を合わせた。まずはお膝元の長島における一向衆つぶしである。


死をもいとわない一向衆門徒の捨て身の攻撃は下手な軍隊よりもたちが悪く、そして脅威であった。これまでも有能な家臣を続々派遣していたがことごとく玉砕を喫していた。ただこのような各地で蜂起する門徒に対して本山である石山本願寺自体は喜んでいたが、法主である本願寺光佐は複雑な思いで報告を受けていた。


光佐自身は確かに信長包囲網の形成に参加表明したが、決して信長を滅ぼすためではなく、岐阜に帰参させることが目的だったのだ。各地の門徒に蜂起させたのも信長を美濃本国で足止めをさせるためであり、決してつぶすためではなかったのである。

 もし織田家が滅亡するようなことがあれば、再度畿内は三好方、さらには弱体化を見越した地方大名までもが上洛し、戦火に飲み込まれること必定。そちらの方が数倍脅威であったからだ。


 しかし一度火がついた一揆衆は既に光佐の下知が及ぶところではなく、単に暴徒と化していた。それに長島、越前と立て続けに一向一揆を蜂起した門徒が討伐されており、法主としてはこれ以上門徒を犠牲にすることはできなかったのだ。


 『止めねばなるまい』と考えていた光佐の元に、先の関白である近衛前久が手を差し伸べた。この頃石山本願寺の下へ逃げ込んでいた前久は、久しく客人として光佐の世話になっていたのだった。


 天正三年(一五七五年)十月、光佐は前久の仲介もあり、信長との間に一時的な和議が成立。この功績が高く評価され、前久は数年ぶりに入洛を果たした。

 そんな前久が都に帰参した秋も深まりつつあったある日、信長と実に七年ぶりとなる顔合わせを果たした。



「久しいであるな、信長殿」


「前久公も息災であったか。どうじゃ久しぶりの都の空気は?」


「生まれたころより当たり前のように存在した幕府がなくなったということ以外は、さほど代わり映えはせぬな」


「義昭も馬鹿な男よ。例えお飾りだとしても、黙っておれば一生将軍として介在させてやったものを」


「この世の中、能も何もない者ほど口を出したがるものよ。廻りを見てみよ。公家の連中が良い例であろう。やつら自分では動かぬくせして偉そうに踏ん反り返り、上納金を期待しておる。やることがないから口だけ達者になる暇人よ」


「我が家中でも昨今、そのような者が増えつつあり困っているところだ」


「ほう、織田家中に何があったのか」


「以前論功を行った後のことだ。功績ある家臣には地位、立場、新旧の隔たりなく褒美と治領を加増したのだがな」


「うむ、それは知っておるぞ。その結果、丹羽殿など国持大名も誕生したのだったな」


「家臣によっては受け取り方にかなりの差があってな。特に光秀への陰口は増えておるようだ」


「明智殿か。して、陰口の発信元は、やはり羽柴殿あたりかな」


「いや、むしろサルのやつの沈黙が気にかかるくらいである。知っての通り真っ先に異議申し立てしそうなやつであろう。まぁ、そのえげつないまでの野心と出世欲は武将として見上げたものではあるが、今回は音沙汰もなく拍子抜けしておるところである」


「では騒いでおるのはどの者よ」


「牛助(佐久間信盛)や林秀貞ら、老いぼれた旧臣よ」


「むう確かに佐久間殿は信長殿が関わる各戦場で駆り出され、その活躍も華々しいと聞いておる。林殿は文官として、その実直なまでの生真面目さは不正などの懸念を抱かず安心さを備えるもの。信長殿は冷遇でもされておるのか」


「何を申す。両者ともむしろ手厚く懐柔しておるくらいだ。牛助は確かに働かせ過ぎているきらいはあるが、その分佐久間一族への恩賞は弾んでいる。それに我が家中一の大部隊を与えているのだ。それを考えると成果が比例しないことが問題である。秀貞に関しては老兵ゆえ前線には立たせておらん。その分、手柄は減るが文官として重用しておる。今の報酬でも十分すぎるくらいよ」


「それらの矛先が明智殿に… …、八つ当たりであるな」


「まぁ、それについては光秀も納得済みにて問題はないのではあるが、今後の論功の与え方が難しくなるのが懸念である」


「論功といえば信長殿も従三位・参議を受けたらしいではないか。これまで幾度となく断り続けていたものを。一体どういう風の吹き回しであるか」


「その件は藤孝の助言を聞いたまでよ。ワシはやはり気が進まなかったのだが、これ以上朝廷との揉め事を起こし、心象を悪くするのは得策ではないと言うのでな。確かに今後の中国攻め、甲斐攻略を控える今、また畿内で反乱でもあったら面倒であろう。機嫌取りがてらにもらっといてやったわい」


「そんじょそこらの大名連中なら大金積んで願い乞うものを… …。罰当たりであるな、信長殿は」


「好きに言えばよい。それがワシの生き方なのでな。媚びず、へつらわず、顧みずが信条である」


「そういう意固地な部分も貴殿らしい。だがこれからはそうはいかん。細川殿の言うこと最もであろう。家中の行く末と家臣のことを考慮すれば、信長殿も朝廷への迎合はやむを得ぬかもしれぬな。嫌われては家臣が苦しむだけであろうよ」


「耳の痛き話であるな。そのような説法、ワシに面と向かって言いおる輩は今やこの国にそうはいないであろう。身近では貴公の他は帰蝶くらいのものだ」


「それは恨まれて寝首を掻かれぬようにせねばな。ハッハッハ―――」



二人は笑いあった。信長自身も本音で話し合える相手がいることが心底嬉しかったに違いない。ひとしきり笑い終えると、また信長は真面目な面持ちに還った。



「まぁ、そうは言うものの実は、近々家督を嫡男・信忠に譲ろうと考えておるのだ」


「家督を? それはまだ早いのではあるまいか。石山本願寺との戦もまだ終結してない今、家督を譲るとなると混乱も起きよう」


「だからこそよ。この本願寺との戦、どうも長期化する恐れがある。ワシも前線に立つことも多々出てこよう。万が一に備え織田家の相続権を決めておかなくては、この戦国の世にいらぬ戦火を巻き起こすことになろう。別に仏門入りするわけではない。むしろ裏から手を回す方が面白ろかろうと思ったまでよ」



 こうしてこの年の末、信長は嫡男・信忠に尾張・美濃両国を与えると家督を譲り、新たな居住地として琵琶湖沿岸に安土城の建築を開始しはじめた。


 数年前まで裏で怪しげな動きを見せていた秀吉だが、浅井家を滅ぼし長浜城を手に入れた後は何の動きも見せていなかった。これはひとえに与力と言う名の監視役として就任した竹中重治が目を光らせていた功績ともとれるが、この重治の任務に秀吉は薄々気づいていた。秀吉は『李下に冠を正さず』の精神で、自らの行動を抑制していた。さらに直臣である蜂須賀正勝の動向にも重治が目を尖らせていたため、正勝にも不穏な動きを封じさせていたのだ。


 だが素直に大人しくしている秀吉でもない。北近江にて今後の人材発掘に励み積極的な登用を開始していた。そしてこの数年間で中村一氏、堀尾良晴などの忠実な部下の育成や、石田三成、加藤清正、福島正則ら小姓、さらに血縁からも浅野長政を引き抜いたりしていたのだ。

 

 中でも実弟の羽柴秀長の働きは群を抜いていた。


 表立った動きを封じられている兄・秀吉の代わりに金策担当を引き受けたものの、これが適材適所の大的中。特に堺においての商才が凄まじく、今井宗久、津田宗久らの会合衆の絶対的信頼を勝ち得、さらには千宗易(千利休)と共に錬金術の荒業で莫大な財力を羽柴家に蓄積させたのだった。


 この後、秀吉があらゆる大国の有力大名や朝廷・公家を手名付けられたのも、単に秀長の手腕によるものと言っても過言ではない。その上、波に乗る秀吉に最高の手駒が転がりこんできたのもこの頃の話しである。その名は黒田孝高。後に黒田官兵衛の名で知れ渡る秀吉の右腕である。


 つづく


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