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霧の群像~今明かされる真の信長暗殺者~  作者: トビー
第五章 信長包囲網
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光秀の決意①

延暦寺焼き討ちの首謀者の影がおぼろげに浮かび出てくる中、信長による家中戦略が密かに進められていた。

それと時を同じくして信長はもう一つ、家中立て直し対策のための矢を放った。その白羽の矢の矢先は明智光秀に突き刺さる。ある日のこと信長は光秀を隠密に岐阜城内に呼び出した。



「光秀よ。先ごろ義昭公に暇乞いを出したそうであるな」


「もう織田様のお耳にも入っておりましたか。端的にお伝えしますと、今の将軍には先の見込みがない故、お仕えする気力も失せましてございます。困窮した民に目を向けることもなく、地に落ちた将軍職にしがみつくことだけに精を注ぎ込む姿、とても命を懸けてお守りする値も感じられず、支える気も日に日に薄れるばかり。義昭公に完全に愛想をつかす前に縁を切るが筋かと考え、先ごろ暇乞いを申し出ましてございます」


「ではいよいよこの信長の直臣になる意志表示とみて良いのだな」


「それが暇乞いは却下されましてございます」


「うむ。困ったものであるな。ワシはお主を迎える準備を進めていたのだがな」


「準備と申しますと?」


「お主を正式な家臣として迎えるため近江国志賀郡、居城として坂本城を与えるつもりであったのだ」


「えっ… …、そ、それは誠に有りがたき幸せでありますが… …」


「何、嬉しくないのか」


「仮に義昭公の暇乞いが叶ったとしても、某しは織田家中では新参者であることは変わらず。いきなり城持ちとしてご登用されたとあれば、他の重臣の方々の不満が高まります」


「それは『お主へ』の不満であろう」


「いえ、むしろ『織田様へ』の不満と不信の増幅です。これまで長年仕えてこられた家臣団の方々も大なり小なりの働きはあったはず。その方々を差し置き、某しのような新参者を優遇されるということは家中混乱を招きかねませぬ。例え某しの直臣が叶ったとしても即断はお止めくだされ。織田様のお心使いのみ有りがたくお受けさせていただきます」


「欲がないのう光秀。それにワシの方こそその心根と忠誠心、しかと受け取ったぞ。どうだ、帰蝶?」


「帰蝶? 奥方様?」



 光秀は突然帰蝶の名を口走った信長の言葉に耳を疑った。それもそのはず部屋は密室で、この部屋内には自分のほか信長と側近の小姓しかいないからだ。キョロキョロと自分の背後や部屋の隅々まで見渡すが帰蝶の姿などどこにもない。光秀が不思議そうな顔をしていると、



す―――っ



と、静かに隣部屋との境にある襖が開いた。開いた襖からは淡い桃色の着物を着た帰蝶が、はにかみながらその姿を現した。



「お気づきでありましたか、旦那様」


「最初から気づいておる。盗み聞きなどしおって恥さらしな。貴様程度の気配が分からず、この乱世生き延びることなどできぬわ」


「それは頼もしいお言葉で」


「光秀のことが気がかりであるか」


「気がかりと言うか、私も将軍様に暇乞いを出されたこと耳にいたしまして、本日こそは家中入りいただけるものと心待ちにしていたのですが、先走りましてございます」


「残念であったな。しかし良き心根は聞けたであろう」


「それはもう。十兵衛殿、今後とも旦那様をよろしく頼みますぞ」



 ニコッと微笑む帰蝶に光秀は頭を下げて応えた。



「とんだ邪魔が入ったが光秀、先ほどの話の続きであるがひとつ頼みたいことがある」


「なんでありましょうか」


「現時点で直臣ではないにしても、お主には近江国志賀郡を引き受けてもらいたいのだ」


「いえ、それにつきましては先ほども… …」


「早まるでない。初めに頼みと言ったであろう。これは論功ではなく、重治も絡んだ計略であるのだ」


「重治… …、竹中重治の策でありますか」


「うむ。今後我が家中は所帯も大きくなるであろう。さすれば家中内で派閥もでき、徒党を組む輩もでること必須。中には良からぬことを考える輩もいるやも知れぬ。それが悪いとは言わぬ。人の常であるからな。だがそれが、そもそもの内部分裂の火種よ。みすみす分かっている火種は防ぐが肝要。つまり未然防止である。そこでだ、お主にその矛先… …いやはっきり言おう『はけ口』になってもらいたいのだ」


「はけ口… …、つまり『妬み、嫉みを一身に受けよ』と、そういうことでありましょうか」


「有体に言えばそうである。このような計略は譜代の家臣ではなし得ぬこと。それこそ派閥ができる温床になるからな。外部にいるお主にしかこの大役出来はせぬ。嫌な役目ではあるがどうであろう。断ってくれても構わぬ。まだお主は直臣ではないのだからな」



「… …」



 光秀はしばらく考え込んだ。


 しばらくと言っても光秀の頭の中における時間だ。脳内を高速回転させ、考え抜いていたため永い(とき)を刻んだように感じていた。

 そんな光秀を見て帰蝶が口を挟んだ。



「十兵衛殿、亡き父・道三の意志を継げる者は今や旦那様おひとり。そしてその旦那様をお守りできるのも我ら美濃衆であればと、私は願っております。幼少のころより顔なじみの重治や十兵衛がいてくれたら私も心強い限りです。今、重治も秀吉の与力として監視役を担っています。そなたにも嫌な役回りをさせてしまうかもしれませぬが、どうか旦那様にお力を貸してはいただけませぬでしょうか」


 必死に頼む帰蝶に心を打たれたものの、光秀の結論はそれよりも先に決まっていた。


つづく


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