思惑
上洛を果たした織田軍だったが、その織田軍に足利義昭の魔の手が動きはじめる… …
天海はここで一息ついた。外の雨は激しさをさらに増していたが、室内は逆に静けさを増している気さえした。
「少し遠回りをしたが、ここでようやく元の話に戻ったようじゃな」
白湯をすする天海の横で、深海はここまでの話を整理した。
「信長公の上洛と幕府支配を面白く思っていなかった義昭公と諸国大名が、結束する理由は理解できます。また義昭公の内書が切っ掛けとなり、信長包囲網が形成されたのも諸国の利害関係が少なからず一致していたのでしょう。ただ解せぬことが二つあります。一つ目は、参戦することで利益が少ない上杉輝虎と朝倉義景、それに本願寺顕如が加わったことであります。武田晴信は元々上洛の野心があり、義昭の内書は上洛理由の絶好の手札となり得たはず。また毛利元就ら中国勢も信長公の進出を事前に食い止めるという理由で、参戦理由はありそうです。しかし取り立てて野心のない上杉輝虎や、浅井長政との盟約で領土侵犯の危害を受ける可能性が低い朝倉義景、それに一向衆に物理的被害を加えられていない本願寺顕如が参戦する理由が見当たりません。二つ目は、正親町天皇が関与しているという先ほどの見解です。確かに信長公の朝廷軽視ともとれる行動で、正親町天皇の心象が悪くなったかもしれません。しかし朝廷としては応仁の乱のような戦が再度繰り広げられるよりは、力のある信長公に治安維持させた方が安全だというもの。この頃の朝廷に信長公を排除してまで、権力を取り戻さなくてはならない理由がないと感じます」
「そうであるな。確かに普通に考えればそうであろう。しかしその場に居合わせると、冷静に考えられないこともあるのじゃよ。正親町天皇自身は、信長殿による天皇軽視とも思える行動を前にしても対決する意志はなかったと思われる。ただその取り巻きたちが騒ぎ立てたのじゃ。これまで朝廷を押さえつけていた変わり者関白である近衛前久が失脚して以来、武家の怖さを知らぬ公家連中が、正親町天皇を取り込んだのじゃ。そして信長殿につけ込まれる隙があったのも事実。一つはフロイスの布教活動を勝手に是認してしまったこと。これには延暦寺の座主に就く正親町天皇の弟君・覚恕法親王が直談判に動いた。同調したのが異宗教を神聖なる都に入れたくない公家衆や寺社仏閣一同、正親町天皇が動く理由としては十分じゃ。そして二つ目。天下布武の解釈の違いじゃ。暴を禁じ、戦を止め、大を保ち、功を定め、民を安んじ、衆を和し、財を豊かとすの七徳の武。これは信長殿が天下を治めるたに、自身に言い聞かせるように掲げた座右の銘のようなもの。しかし公家連中は、これを自分たちの住む畿内を信長殿が手中にすると解釈したのじゃよ。まぁ小さな世界にいて外の世界を知らぬ公家連中の考えそうなことじゃが、天下というのを畿内と取り違えたのじゃな。つまり自分たちが支配されると思ったのじゃ。そして三つ目。これが決定的であった。商業都市・堺の掌握じゃ。会合衆は朝廷や公家においても金のなる木。自分たちの懐だったのだが、これを織田家にまんまと支配されてしまった。収入源が半減した公家連中が騒ぎ立てるのも当然じゃ。これらの理由で正親町天皇も動かざるを得なくなったのじゃよ。その手始めが越前の朝倉義景だったのじゃ。義景にあえて信長殿の上洛催促を無視させることで、織田家の越前討伐を促したのじゃ。もちろん義景だけでは到底織田家に対抗しうる戦力はない。そこで第二の矢として、北近江の浅井長政に裏切らせたのじゃ。長政にしてみれば信長殿とは同盟関係ではあるものの、越前不可侵が同盟条件。その上朝廷からの勅書があればもはや断れはしまい。こうして金ヶ崎戦を緒戦として姉川戦、さらには志賀の陣へと戦場が転戦していったのじゃ。もちろん長政側にしてみれば巻き込まれたような戦。講和の機会はいくらでもあったのじゃが、これを裏で焚きつける者がいたのじゃよ」
「ようやく私にも真の黒幕の姿が見えて参りました。秀吉、でありますか」
「なぜそう思う」
「秀吉の最大の好機は堺を任されたことでありましょう。会合衆を手中に収める大義名分を手にした彼は、上納金が半減し困窮していた公家連中に資金の横流しをしたかと推測できます。それにより公家の信頼を勝ち得た彼は、朝廷への口利きの権利を手中に収めたものと思います。また、織田家の軍資金作りと言う名目で、錬金術も覚えたのではないでしょうか」
「錬金術とは如何に?」
「松永久秀の投降のくだり、九十九髪茄子が良き例でしょう。茶器一つが国を買えるほどの値にまで高騰する。この現実を目の当たりにし、どこぞの目利き商人でも雇って茶器や骨董品類に不当な値を付けて売ったのではないでしょうか。これにより個人的な資金力、つまり裏金を作ることは可能。資金力さえあれば家中の軍事費を自分の思い通りに配分することもできるというもの。さらに家中での発言力も高くなるどころか、周辺諸国大名をも取り込む道もできそうです。これはフロイスの持参した地球儀を眺めながら、信長公が世界進出の夢を描いた手法そのもの。下手な武力による統治ではなく、財力による平定を実践したのではありませぬか」
「大方その通りじゃ。そしてそなたの言う錬金術に加担したのが、千利休であるのだが、それはまた別の機会に話そうかの。兎にも角にも資金力のある秀吉は、公家を味方につけ朝廷さえも動かせる権力を身につけてしまったのじゃ」
「しかし、勅命により浅井長政を裏切らせた金ヶ崎の退き口の一件では、彼は自ら殿として危機に陥ったはずではありませぬか。合点がいきませぬ」
「それは秀吉の誤算だったのじゃよ。まさか浅井長政の裏切りが直前に発覚するとは思ってもみなかったのじゃ。そしてその裏切りを見抜いたのが竹中重治じゃった。それにより予定より一刻ほど早く、信長殿は金ヶ崎から退却してしまったのじゃ。しかし一刻程度であればさほどの誤差ではない。そこで秀吉は自ら殿の役目を願い出たのじゃ。他の家臣に殿を任せたら信長が逃げおうせてしまうからのう。自身が殿役に徹することで無条件で朝倉軍を通過させる予定であったのじゃが、ここにもう一つ誤算が生まれのじゃ。それが明智光秀軍と池田勝正軍の殿への加勢じゃよ。これにより表立った裏切りができなくなった秀吉は、当初の意図とは反して攻めよって来た朝倉軍と本気の死闘を繰り広げなくてはならなくなったのじゃよ」
「金ヶ崎での戦が秀吉の誤算が生んだ戦いだとすると、その後の幾多の戦いも裏があった可能性があるというもの。しかし姉川戦などは秀吉も参戦し活躍していたと聞きますし、志賀の陣までもかなり織田軍の要として功績があったかと思われます。秀吉の意図とは反しているのではないでしょうか」
「姉川の戦から志賀の陣までは筋書きのない戦いであったと思われるのう。何せ朝廷や公家からの進言があったとしても、朝倉方が金ヶ崎の一件で秀吉という人物を信じなくなっていたのじゃからな。しかし秀吉も朝廷や公家の信頼を取り戻すのに必死じゃ。そこで秀吉は二つの策を弄したのじゃ」
この後、天海は秀吉による綿密な出世物語を深海に語り始めた。
つづく




