広き世界②
二条城でフロイスと面会した織田家一派。フロイスが持参した地球儀を眺め、信長は… …
しかしこれに対して光秀と藤孝は、『そうだったのか』と、心の中でこの事実を消化し納得した。そしてもう一人、素直に頷いている人物がいた。
「フロイス殿、お主の国はどこである」
「ハイ、ココデゴザイマス。ココガ我ガ祖国、ポルトガルデアリマス」
指示した場所は日本から見て正反対の位置、ほぼ真裏にあたるこれまた小さな領土だった。それを知った信長はニヤッと笑った。
「そうであるか。お主の国も小さき領土なれど、航海技術かあればこの日の本まで来れるのであるな。それに世界にはまだまだ土地が有り余っておる。これは楽しみであるな」
「お館様、こんな突拍子もない話、信じるでござるか」
秀吉は信長が狂ったのかとなだめようとしたが、信長自身は見るからに正気も正気だ。なだめようとする秀吉を逆に「何を言っておるのだ、サル?」と不思議そうに諫めた。そして次のように続けた。
「光秀、前久公の言った通りよ。ワシは天下布武をなし得た後、まだまだやらねばならぬことがありそうであるぞ。これは楽しみで楽しみでしかたあるまいな」
「はっ左様であります。天下布武が通過点であること、某しもようやくその意味が分かり申した」
「―――!? お館様、天下布武が通過点とはどういう意味でござるか」
と、秀吉が驚きを隠せずに話に割り込んだ。それに対し信長は、地球儀とフロイスが持参した献上の品々を見回しながら秀吉に教授した。
「サル、これを見てみよ。我が国全て、それこそ東は陸奥から西は薩摩まで統一したとしても、世界全体からすると米粒大の大きさにもならぬ。それこそ隣の朝鮮国ですらこの地球儀なるものを見る限り、日の本と同等の国土と見えるが、その先の明の国の大きさはどうだ。明国はワシも大国だと思っておったが想像以上の大きさよ。さらにその先にはその明の数十個分にもあたる土地が控えておる。この地球儀上の全ての土地を治めるとしたら、お主ならどうする?」
「それは全国の戦力を結集し、鉄砲や槍、船等の武器を蓄え、戦略を練る有能な参謀を結集し、鍛え上げた兵力による武力で、まずは手前の朝鮮国を降し、次に明を抑え… …の繰り返しにて徐々に領土を拡大させていくでござる」
「その方法で、サル、お主なら何年で統べるのだ」
「… …十年、いや二十年… …」
「ぬかせ、千年あっても足らぬわ。つまり武力による統治には限界があるのだ。例え統治したとしても、治めた傍から人の心はすぐに揺れ動き、国家崩壊は始まっておる。現にこれほどの国土を持つ明ですら、未だに近場の我が国すら属国にできておらぬのが証拠だ」
「では、お館様ならどう攻めるおつもりでござるか」
「攻めはせぬ」
「… …?」
「先ほども申したであろう。武力統治には限界があるのだ。日の本のように同一の民族であれば意思の疎通もでき、チカラによる統治はむしろ有効的な手段であるが、民族が変わればどうなると思う。意思の疎通も困難極まる上、文化も違う。現にフロイス殿が持ってこられたこれらの献上の品々、我が日の本にはないものばかりである。それにここにある品はポルトガルの品の一部。武器の類に関して言えばどんなものがあるか計り知れぬのだ。そんな相手にむやみに戦いを挑んでみよ。返り討ちに会うが必定。武力による統治は、人心、文化、兵力などの面で限界があるのだ」
「ではお館様はどうされると?」
「ふむ。統治した国は法を以て制す。そして領土は財を以て拡大する」
「財? つまり金を使うということでありますか」
「馬鹿者! サルはいつまでたってもサル知恵しか働かぬのか。光秀、貴様はワシが言わんとすること理解しておるな」
「はい。お館様は経済的な流通、輸出と輸入により相手国、いわゆる異国民の懐を豊かにさせつつ、当方は絶対的優位な財力を蓄えようとされるのでありましょう。異国民の人心をまず初めに掴むことで、相手国の首領との交渉を優位に進める。こうなれば当方に有利な条約を締結することが可能。戦わずして属国化させられまする。あとは交渉力のある人材と、有力な商人組織を作り上げれば良いだけ。統治した国々は、統一された戒律と立法を作り上げ、徳を有した公的な統治者が統べるのみ。これなら武力統治よりもはるかに早く治められまする」
「うむ。光秀の言う通りである。分かったかサル。口だけでなく少しは頭を使え」
「はっ… …まことに申し訳ございませぬ」
秀吉は平身低頭、頭をかきながら愛想笑いを続けた。しかし内心、光秀に良いところを持っていかれ腸が煮えくり返っていた。
つづく




