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広き世界①

近衛前久という盟友を得た信長。しかし畿内の動乱は続いていた… …

その後、義昭は将軍職就任の立役者である信長に対する感謝の意を、盃や刀の下賜をはじめ、観世大夫を招いた観能会への招待など、あらゆる手段を使って表したが、どれも信長の心に響くものはなかった。


信長を手放したくない義昭は、最後の手段として官職や副将軍職への就任要請に打って出たが、既成権力に全く興味がないどころか小馬鹿にしている信長が受け入れる訳もない。信長はその後義昭が提案する全ての官職をも固辞した。


この一連の拒絶には、信長に心底感謝していた義昭もさすがに面白くない。感謝の意が次第に疑念へと変化していき、両者の間に小さな確執が生じ始めていた。


 このように信長が義昭の誘いをことごとく跳ね返していた理由は、もちろん権力に縛られたくないというそもそもの信念からなるものでもあったが、もうひとつ信長を怒らせた原因があった。それは相談もなく近衛前久を一方的に関白から解任したことである。


そこで信長は、上洛成功と征夷大将軍就任を見届けると、自身の責務を果たしたと言わぬばかりに入洛わずか半月ばかりで早々に母国の美濃に帰国してしまった。この潔い撤退行動には、このまま畿内に居座り続けるのではないかと疑っていた朝廷や公家衆も呆気にとられ、信長に対する称賛の声も一部で上がったほどだった。


実際この行動は、単につまらぬ傀儡政権を作り上げようとしている義昭を見かね、嫌気が差して帰国しただけであるが、将軍になって意気揚々としていた義昭にとっては、実に面白みのない称賛であり、信長に対する嫉妬心を増幅させるだけだった。


 信長が帰国した後も、そのまま本圀寺を御座所として居座っていた義昭だったが、この寺の防御力の低さを対抗勢力勢は見逃さなかった。


永禄十二年(一五六九年)一月、織田の本隊が撤収し手薄となった本圀寺を、三好三人衆が四国から畿内に再上陸し襲撃を掛けた。しかも信長に美濃を追われて以来、これまで身を隠していた斎藤龍興までもが参戦。信長に恨みを晴らすべく襲撃に加わったのだった。


しかしこの襲撃戦はある程度予想されており、信長は防衛部隊として明智光秀を主力とした部隊を予め配備していた。それゆえ明智軍がなんとか奮戦し防衛している間に、細川藤孝軍、それに織田家に降ったばかりの池田勝正軍と三好義継らの部隊が間に合い、難なく防衛に成功した。


 襲撃の報告を聞きつけ、たった二日で岐阜から入洛した織田信長だったが、友軍の勇猛な活躍により、到着した時点で既に戦は終結されていた。信長は「さすがに将軍の居所としてはこの本圀寺では防衛力に難あり」と痛感し、永禄の変で焼失した二条御所の再建に着手。僅か七十日間という異例の早さで天守を再建したのだった。


 この二条城の建設中、信長は細川藤孝の仲介でイエズス会の宣教師、ルイス・フロイスと初対面することになる。前久の事前情報通り、異国人の肌の色と髪の色には驚きを隠せず、信長はまじまじと視線を釘付けた。尚、この対面には京の警備担当(京都奉行、京都政務)として任命し常駐させていた明智光秀や木下秀吉、丹羽長秀も同席。

 

建設中の二条城の一室にフロイスを案内すると、フロイスはそこで初対面の挨拶代わりに西洋土産を信長に献上した。


 数ある献上品の中で、信長の目を奪ったのは丸い球体だった。



「これは何であるか?」



 信長はその球体を撫でまわしながらフロイスに尋ねた。



「コレハ地球儀デアリマス」


「地球儀? なんだそれは」


「今、織田様ガ立タレテイル大地、ソノ模型デアリマス」



 それを聞いた長秀と秀吉は吹き出した。



「これが大地であると西洋人は言いおるか。球体ではではないか」


「そうでござる。これのどこに立つというでござるか。落ちてしまうわい。全く西洋の者は何を言い出すか分からぬ人種でござる」


 長秀と秀吉は、こぞってフロイスの発言を愚弄した。ところが意外と冷静にその球体を見つめていたのは信長だった。



「うむ。これが地球という大地だとして、今ワシらはどこにいるのだ」


「ハイ。今織田様ガイラッシャルトコロハ、ココデゴザイマス」



と、言ってフロイスが指示した場所は、球体の中の小さな一角、米粒みたいな場所だった。



「ここが京の都か」


「イエ、コノ場所スベテガ、日ノ本ノ国デアリマス」


「… …?」


「… …!?」


「… …!」



 その場にいる全員が絶句した。


 それもそのはず、今自分たちが命を懸けて戦い領土を広げている土地が、世界全体から見ると米粒にも匹敵しない領土だと言われているのだからだ。絶句の後、秀吉、長秀は「これは笑止、西洋人は大地を丸くしたり、この日の本の国を米粒と言ったり面白きことをいう人種よ」と、嘲り大笑いしだした。


 つづく


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