本能寺での密会③
本能寺で天下布武を実現すべく出会った男達。近衛前久を付け狙う相手とは… …。
「言えぬほどの相手であるか」
「いや、むしろ小者の類である」
するとここで、今まで二人の会話を沈黙して聞いていた光秀が、口を挟もうと微かな造作をした。しかし前久はそれを事前に諫めて首を振る。
「これは麿自身の問題であるからして、貴殿には言わずにおこうと思ったのではあるが、まぁ、数日後にはいずれにしろ周知されるであるからな」
「言うのか言わぬのか、どちらかにせい」
「まぁ、そう急かすではない。その者の名は足利義昭である。貴殿が連れて参った男よ」
「なぬ?」
「あやつ、三好衆や松永が実行した義輝殺害を、麿が関与していると勘違いしておるらしい」
「火のないところに煙は立たないともいう。実際はどうなのだ」
「信長殿、冗談がきついぞ。まぁ実際疑われるとすれば、政治の空洞化を解決するため、早々に義栄を十四代将軍に就任させてしまったことであるかな。もしあの時、次期将軍を決めてなかったら、三好衆や松永、他の周辺大名を含めた新たな戦が起こってたかもしれぬ。致し方のない決断だったのだ」
「そうであったか。貴公の判断は、まぁ… …正しかろうな。要するに単なる義昭の逆恨みであったか。兎にも角にもワシは貴公の敵を都に招き入れたことになるのだな」
「結果的にはそうなるな。しかしそれは麿が明智殿と謀って望んだこと。ここまでは予定通りじゃ」
「ふむ。ということは、この先の流れも織り込み済みであるのだな」
「あることはあるのだが、貴殿の上洛が早すぎてな。麿の予定ではあと数か月はかかるだろうと思っておったのだ。未だ準備が整っておらぬ」
「それはすまなかったな。我が軍は精鋭ぞろい。以後その点も考慮に入れておかれるとよろしい」
「あい分かった。今後はその点も織り込むとしよう」
顔にこそ出さなかったが二人の心の中で苦笑が生まれているのが、光秀には感じ取れた。
「して、義昭公の征夷大将軍への叙任式はいつの予定じゃ」
前久は質問を続けた。
「三日後だ」
信長も受け答える。
「それはまた… …急だな」
「あの男、将軍と言う称号に異様なほどのこだわりを持っておる。早く就任したくてたまらぬのだ。今や誰も見向きもせぬ称号だというのに馬鹿な男よ」
「まこと貴殿の言う通りじゃ。今の世の中、真のチカラを持つ者のみが物を言える時代。将軍などと言う肩書を欲しがる者は所詮そこまでの器。この日の本の統治者には到底なり得ぬ」
「如何にも。貴公も叙任式に参加される予定か」
「いやいや、むしろその時分には京から抜け出す予定よ。奴が将軍に就任したら、その権力で麿を捕えかねぬのでな」
「行く先は決めておるのか」
「近郊の諸大名には内々で承諾を得ておる。麿はしばしの間、近場の国に身を隠すが、いずれまた帰参するつもりじゃ。その際は麿が朝廷を押さえつけてやろう。貴殿の掲げる天下布武、麿も目指してみたいものだ。それに… …明智殿、そろそろ腹は決まったのではないかな」
突然光秀を会話の中に引きずり込む前久だったが、これは光秀の心を読み取ったからに他ならない。光秀もこれにすぐさま答えを用意していた。
「はい。今お二方の話を傍で伺い、某しには到底及びもつかない高度な心理的駆け引きに感服いたしておりました。同時に己の力量も分かりましてございます。そしてこの乱世の先に待つ世界。お二方の脳裏には既に描かれ始めているのでしょう。それがどのような世界かはまだ理解できませぬが… …、さすれば織田様!」
「なんだ。申してみよ」
「はっ、恐れながら申し上げます。各々方が描く世界、某しもその景色を一緒に見とうございます。この夢と希望が絶たれた戦乱の世にこれほど心躍る心境ありませぬ。できますれば織田様の下で、その世界を覗いて見とうございます」
「よし。よく決断した明智殿… …いやこれからは光秀じゃ。思う存分、夢の実現のために働け!」
「はっ有りがたき幸せ。お館様の目指す世界のため、某しこの命捧げまする!」
ここに光秀の織田家家臣入りが内定した、といってもこの時点では足利義昭付きの家臣でもあったため、専属ではなく両属の状態である。しかしこの光景を間近で見ていた前久は、最後に「では、まずは三人、天下布武を掲げ互いに大いに暴れようぞ」という言葉で締めくくった。
これより三日の後、近衛前久は足利義昭の第十五代征夷大将軍叙任式の人込みに紛れて、播磨の赤井直正のもとに下向。
しばらくの間身を預けるだけの予定だったのだが、義昭は前久が都を離れたことを口実に、すぐさま関白の職を解任。前久は事実上、京の都から追放される形となった。
つづく




