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本能寺での密会②

光秀が信長に会せたい人物とは、時の関白・近衛前久公だった。しかし、この関白は少し変わっていた… …

この二人の中で繰り広げられた心理的駆け引きは、さしもの光秀の知能を持ってしても心中が読めなかった。


生来真面目な光秀では、このような小芝居じみた駆け引きは最も苦手な分野であり、今の会話の流れのどこで二人が打ち解けあったのかも全く理解できないでいた。これこそ自身が人の上には立てない理由であり、己が力量の限界を感じる節でもあった。光秀が己の心と向き合っている間、お構いなしに二人の会話は進んでいく。



「余興はさておき、改めて遠路はるばるようお越しくだされた信長殿。貴殿のお噂は朝廷内にまで広まっておりますわい」


「どうせつまらぬ噂だろう。しかしまさか明智殿の会せたき者というのが関白とはな。それも変わり種で有名な」


「前久でよい、信長殿。どうも関白と呼ばれるのは性に合わぬのでな」


「左様か。では前久公、貴殿は越後の上杉と懇意ではなかったのか。ワシなどと会っていたら上杉殿も面白くはなかろう」


「輝虎(上杉謙信)殿か。それなら問題あるまい。彼もまた面白き男であるからな。ただ家中内での揉め事が絶え間ないのが難点である。昨今では相模の北条殿と内通している家臣まで出たらしい。越後国内の立て直しに翻弄しておるそうだ。当分の間、上洛は難しいであろうな」


「良いのか、ワシも天下を狙う大名のひとりであるぞ。そのような内輪の情報を耳にして、越後制圧に乗りださぬとは限らぬぞ」


「それは問題なかろう。貴殿はしばらく美濃より西国の制圧に釘付けになるはずじゃ。四国に一時退却したとはいえ三好勢の動きも封じねばならぬし、それに播磨より西には毛利も控えておる。その上、東には武田、北条も虎視眈々と上洛の期を狙っておるわ。東国制圧など当分の間は無理であろう」


「ふっ、はっきり言いおるわ。貴公、嫌われておるであろう」


「大いに嫌われておるぞ。まぁ嫌われついでにひとつ提案するが、もし越後の上杉輝虎殿と同盟を結ぶ気があるのなら仲介してやってもよいぞ」


「上杉との同盟か… …、それは悪い話ではないな。時期が来たら願うこともあろう」


「うむ。いつでも言ってくれ。チカラになるぞ」


「チカラ… …か。貴公は己が持つそのチカラを何に利用するつもりなのだ」


「聞きたいかな? 信長殿」


「聞かせたいのであろう。ワシには話したくて、うずうずしておるように見えるぞ」


「おぉ、お見通しであるか。では聞いてくれ」



 前久は目をキラキラさせ、まるで子供のような顔になった。

 このような性格では、朝廷内に本音で話せる者などいなかったのだろう。前久がはるばる越後の国まで下向したり、大名同士の諍いに自ら出向いたりするのも、朝廷内に本当の居場所を見いだせずにいたからだ。

 しかし、大名だからと言って誰でも良かったわけではない。真の武将を探していたのも事実。その最初の出会いが越後の上杉輝虎であり、今また胸襟を開ける男と出会えた喜びに、少年のように心をときめかせていた。



「信長殿は異国人を見たことはあるか?」


「異国人? ないな。そういえば数年前に都に訪問したという話があったな。前久公はその時会ったのか?」


「会ったぞ。異国人と言うのは肌の色が白いのだ。髪の色など金でも塗り込んでいるのかと思いきや、生まれた時からその色ならしい。体も一際大きく、まるで神話の世界に出てくるような鬼を連想させたわ」


「鬼? 異国人は鬼なのか」


「まぁ角は生えていなかったようだが、鬼と見間違うような巨人族よ。実際にそのような人間もいるものよ。信じられるか?」


「それは興味深い。会ってみたいものよ」


「そのうち直に会うことになるであろう。いや、是非会ってもらわねばならぬ。でなければ、麿が関白などというつまらぬ役職に留まっている理由がないからな」


「貴公はその異国人とワシを会わせて何を企んでおる」


「企む? それは人聞きが悪い。麿は信長殿が彼ら異国の者に会った時、どのような反応を示すか楽しみなだけよ」


「ワシを試すと申すか」


「その通りじゃ。麿はそのための関白ぞ。昨今のこの国は小さき領土を取り合って、殺し合い、支配権を奪い、逆賊や民を虐げ、その者らが反乱を起こしては領土を奪い返すの繰り返しじゃ。この連鎖は誰かが断ち切らぬ限り未来永劫続くであろう。もはや武力のみで押さえつけるのは不可能。武力で押さえつけられた者は、さらに強き武力を蓄えていずれ反逆する。戦の予備軍を生産し続けているようなものである。現に一向衆がそうであろう。ひとり一人は力なき農民の類だが、彼らも束になれば畿内を数日で制圧された信長殿でも手を焼く集団に生まれ変わるであろう。だからと言って野放しにもできぬ。彼らもまた力を持つようになれば、その中から権力者が現れ、新たな国ができる。さすれば負の連鎖をみすみす作り上げるというもの。まずは武力を持ってこれを制圧し、その後に彼ら民を導く『何か』が必要なのだ。信長殿は『天下布武』を掲げられたようであるが、その先にどのような世界を見ておるのだ?」


「天下布武をなし得た後の世界であるか。正直まだ考えもしておらぬな」


「そうであろうな。失礼した。まずは貴殿の掲げる世界を作り上げようぞ。麿もそのための協力は惜しむまい。その後の世界は貴殿が異国人と出会った時、見えるやも知れぬ」


「面白きことを申す者よ。明智殿が会わせたがった理由が今ようやくわかった気がするわい。しかし貴公は関白と言う安定した役職に就きながら、なぜそれほど下界に興味を示すのだ。命狙われるやも知れぬぞ」


「既に狙われておる」


「ほう。相手は誰ぞ」


「う、む……」


 この質問に対しては、それまで饒舌に話していた前久も口ごもった。


 つづく


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