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本能寺での密会①

見事に上洛を果たした織田軍。信長はいよいよ光秀のいう「ある者」に面会する… …

養華院はここまで話し終えると少し疲れたのか、「これより先のお話は天海様、引き継がれますか?」と、天海に入洛後の話の続きを譲った。


話の流れを引き継いだ天海は、「入洛と同時に、光秀には自身が約束した最大の使命が待ち受けていたのじゃよ」と切り出したが、深海が割り込むように疑問を呈した。



「これから話されようとされている上洛の条件として明智殿が交わした約束の件ですが、その者、朝廷内の人間であることは容易に推察されます。いかがでしょうか?」



「如何にもその通りじゃ」



 天海は答えた。



「だとすれば納得がいきませぬ。信長公も明智殿も将軍家の立て直しが目的ではないと合意済みでの上洛戦だったはず。なにせ将軍という称号自体、すでに乱世では傀儡化されており地に落ちていたのでしょうから。信長公ならず、どんな有力大名のチカラを借りても、将軍家の復興はあり得ないというのはお互いの認識事項として間違いないですよね」


「うむ」


「ともすれば、それでは利害関係が合いませぬ。将軍職に復権したいという野望のある足利義昭公なら織田家と手を組み、織田信長という地方大名を上洛させて、幕府内に取り込む利点はありますでしょう。しかし朝廷や公家衆にとって地方大名を都に招き入れることは、治安の悪化と都の品位を落としかねず全く利益がありませぬ。金品財宝の寄贈だけなら手のひらを反して受け入れましょうが、それ以外では接点すら持ちたくないと思うのが、都に住まう人々の心理と心得ます」



 天海は深海の言葉をかみ砕くようにしばらく考えた後、ゆっくりと口を開いた。



「確かに、普通の価値観を持つ洛中の人物なら、そのように考えるだろうな。ただ一人だけ、そんな地方大名を好み、そして擁護し、さらに接点を持ちたがっていた変わり者がいたのだよ」


 雨が滴る音を背に、天海はこの続きを回想した。



―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・



 足利義昭を奉じて入洛した翌日、早速信長は光秀の手引きにより『約束の者』に会うため本能寺に向かった。


この面会は非公式であったためお忍びでの外出となる。

 信長は光秀に連れられ彼の地に赴いた。なぜ本能寺で面会なのかというと、約束の者の居住地がその近くだという理由だけである。


 本能寺敷地内に広がる庭園には、夏を満喫した木々の葉が初秋の気候に早くも赤く色づき始め、緑、黄、赤の色とりどりの色彩を奏でていた。


 そして約束の者は既に本殿にて待ち構えているという。


 早速本殿に入ってみると、横になって堂々と寝ている男の姿が目に入った。身なりの衣からして公家、それもかなり位の高い身分であることは宮中事情に疎い信長でもすぐに想定できた。ひ弱な印象がある公家にしては体つきが引き締まっており、鍛えていることは明白だった。

 『何者なのだ?』というのが信長の最初の感想である。すると光秀が寝ている男の傍に近寄り跪いた。どうやら約束の者で間違いはなさそうである。



「起きてくだされ、織田様が参られましたぞ」



 光秀がその者の耳元で声をかけると男は目を覚まし、その後あくびを一つしながら起き上がった。この予想外の出迎えに、紹介者である光秀もさすがに動揺を隠しきれない。当然ながら信長の二つ目の感想は『なんとも失礼極まりないやつ』である。



「おお、これはこれは。ようお越しなされたな、信長殿」


「何者なのだ、お主は。それに昨今の京ではそのような出迎えが流行しておるのか」



 信長は眉間にしわを寄せつつも、限りなく低い声で詰問した。明らかに怒っているのは明白だ。



「いやいや、まさか京の都広しといえども、面会時に寝て待つような者はおるまい」


「では、故意ということでよいな」


「如何にも。聞けば織田殿はうつけものと言われていたとのこと。だとすればこのようなもてなし方が心通わせられるかと思いましてな」


「良い度胸をしておる。切り捨てる前に名を聞こう」



 信長の左手が鞘に触れた。



「おおそうであった。名乗り忘れるとは失礼した。麿は近衛前久と申す。以後お見知りおきを」


「近衛… …前久だと? 現関白の近衛であるか」


「如何にも。麿が関白・近衛前久、本人である」


「そうであったか。昨今の朝廷ではお主のようなうつけもの者でも関白になれるのだな」


「良く言われるわい。少なくとも適任ではないと自分でも感じておるところよ。まぁ、麿も朝廷内では異端児。お互いうつけもの同士という馴染みで、先ほどの無礼は許されよ。麿なりの織田殿の度量を見極める演出である。同時に麿のことも知ってもらう演出と受け取ってもらいたい」


「命拾いしたな。弁解が今少し遅ければ切り捨てておったぞ」


「それは恐ろしいな。以後気をつけるとしよう」


「そうされよ」


「ふっ」


「はっはっはっ」


 本能寺の本殿内に二人の笑い声が響き渡る。つい先ほどまで一触即発かとひやひやしていた光秀だったが、二人の笑い声が出たと同時に脱力したように肩を撫でおろした。


 つづく


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