岐阜の夜宴②
重治の誘いで夜宴に出向いた光秀。そこで待ち構えていたのは信長夫妻だった。
「すまぬな、明智殿。不愉快な想いをさせてしまったかもしれぬ、許せ」
「いえ、滅相もありません。奥方様のお言葉、大変嬉しく感じております」
「うむ。そうであるか」
信長はそう言った後、盃を手に取り酒を飲み干し、一呼吸おいてから次のように語った。
「帰蝶に先を越されてしまったが、明智殿、わしに仕える気はないか。我が家中にはお主の血縁である帰蝶や弟子の重治、それに西美濃三人衆を初めとするお主の顔なじみも多くいるようだ。肩身の狭い思いをすることはあるまい。どうであろう」
思いもよらない仕官勧誘に呆気にとられた光秀であったが、すぐさまその場で平身低頭して返答した。
「某しにはもったいなきお言葉、有りがたき幸せにございまする」
「では、承知してもらえるか」
「いえ、この話しばらく猶予をいただきとうございます」
「朝倉殿か。朝倉殿への義理ならばもうよかろう」
「いえ我が主の関係ではございませぬ。残念極まりないことではありまするが、義景様ではこの乱世、終わらせることはできませぬ。それはこの十年お仕えをして身に染みて分かり申した。某しが義景様に仕えさせていただいたのは、某しの野望を叶えるためでございます」
「お主の野望とな? それは何であるか」
「はっ、それは… …」
「遠慮はいらぬ。申してみよ」
「では恐れながら申し上げます。それは民が平穏に暮らせる天下泰平の世の礎を築くことであります。まさしく織田様の目指す『天下布武』に相違ございませぬ。織田様が天下布武を唱え動き出したと知ったとき、失礼ながら某し、我が事のように鳥肌が立ちましてございます。目指すべき道は同じ。ただ某し自身は人の上に立ち、民を導ける器量はござらぬゆえ、しかるべき主の元でその目指すべき野望を達成したい思いにございます。十年前、その野望を胸に越前に渡りましたが、その野望を実現できるどころか、義景様は此度のような義昭公と言う手札を手中に入れながらもそれを活用しない有様。幾たびか意見具申致しましたが石のように動かず。最近では煙たがられる有様になり申した。義景様ではこの乱世を終わらせることは不可能と悟りましてございます」
「天下布武に興味があると申すか」
「大ありでございます。もし織田様の天下布武の道を微力ながら手助けできれば我が本望にございます」
「うむ。理由は全て揃っておるではないか。なれば直ぐにでも助力せよ」
「いえ、それは今ではないと判断しております」
「時期があると申すか」
「はい。某しが天下布武の道でできること、いや某しにしかできぬ役目を果たし、その後仕官したく思います」
「… …! 兄様、もしや兄様がやろうとしていることは… …」
光秀がいう役目がなんであるか気づいた重治だが、信長は咄嗟に手で遮った。
「聞かずともよい。その役目とやらが京で会わせたい者というわけであろう。それは織田の家名ではなし得ぬこと。そうであるな」
「左様であります。天下布武の道にお役立てできるものと考えております」
「それが明智殿の矜持であるな」
「見破られておりましたか」
「分かるわい。重治の時とおなじであるからな。明智殿も重治と同様に手土産を持参して、我が家中入りを希望しておるのであろう」
「はい。恐らくこのまま家中入りしたとあれば何の実績もないゆえ、縁故だけで取り入れられたと後ろ指を指されるが必定。妬み、嫉みは受け入れられますが、実績なき臣下というのは某しの自尊心が保てませぬ」
「ふっ、明智殿も重治も似た者同士、律儀な奴らよのう。美濃の男はこうであるのか、帰蝶よ」
「ご覧の通りであります、旦那様。美濃の男衆は強者ぞろい。頼もしいでありましょう」
「ぬかせ。尾張とて捨てたものではないぞ」
竹中邸での夜宴の最後は、信長と帰蝶のお国自慢となってお開きとなった。
つづく




